総合力と多様性

北村 隆行

いきなりであるが,図1の移行表をご覧いただきたい.旧4専攻から新3専攻へ構成が大きく変化していることがおわかりいただけると思う.名称変更がなかった航空宇宙工学専攻においてもメンバーが入れ替わっており,このグループとして大きな決断をしたことを示している.ここでは,その新しい専攻群に関する我々の検討過程を含めて,専攻群の概要を紹介する.

機械工学専攻と機械物理工学専攻は運営を合同で行なってきたが,旧専攻の運営は実質的に3つのグループに分かれていた.今回の改組では,それらが大きなひとつのグループを形成したことがもっとも大きな特徴である.組織運営における適切なグループの大きさには模範解答はなく,端的に言えば,小さなグループは機動性に優れ,大きなグループは総合力に優れている.大学法人化や大学評価等,大学を取り巻く環境変化が大きく変化しつつある中で,我々のグループは後者(総合力)の要求にも十分の応えうる組織を持つ必要性についての認識を共有した結果による改組である.事実,講義や学会活動といった教育・研究における基本的事項は言うに及ばず,国際交流・産学連携・競争的資金獲得・社会貢献等にまで大学・専攻に求められる事項は多彩になってきており,国際的リーダーである京都大学の教員といえども,個々人がすべてに卓越することは不可能であろう.そこで,グループとしての総合力が求められることとなるとともに,それに必要なグループの大きさ・広がりも決まるものと考えている.

一方,小さなグループには機動性以外に,大胆な独創性・個性の発露が期待できる.たとえば,旧航空宇宙工学専攻は応用力学を基礎とするユニークな研究集団として知られ,優れた人材を輩出してきた.機械工学はカバーする領域が広い学問であり,大きなグループを形成したとしても,多様性の確保はその発展のために必須である.この小さなグループの長所を,改組後の大きなグループの中にも保持する工夫が必要と考えた.すなわち,個性を強調しながら,無駄を省いて総合力・協調性が発揮される体制を目指している.

と理想論を並べたが,実際の道程が平坦でなかったことは,協議が始まってから改組に至るまで気の遠くなるような時間を要したことからも明らかである.ざっと編年的に振り返ってみると,その過程は以下のようにまとめられる.

2001年度
機械工学・機械物理工学・精密工学専攻(3専攻)において,改組についての合同委員会設置.航空宇宙工学専攻はオブザーバーとして委員会に参加.実質的進展なし.

2002年度
4専攻においてワーキング・グループを設置.中期計画・目標の検討,物理工学科外部評価,3専攻外部評価を通じて,総合的観点からの組織見直しの機運が高まる.

2003年度
ワーキング・グループにおける新専攻群に関する検討が本格化し,4専攻全体の会議等を通して骨格が固まる.とくに,前年度終盤から21世紀COEプログラム(情報学研究科複雑系科学専攻および国際融合創造センターとともに実施)に関して応募・審査・採択・実行の各段階で共同作業を行ったことが,互いの理解を育む上で大切な経験になった.

2004年度
4専攻メンバー全員からなる合同会議を定期的(毎月1回)に開催し,運営の詳細について課題ごとに順次決定した.改組に関する学内審査に追われながらの審議であった面も否めないが,「人事」「カリキュラム」「大学院入試」「研究室配属」「就職」等の重要事項について具体的ルールを決めた.

しかし,「協議をした」と簡単に言っても,28基幹分野+8協力講座の構成員の数は多く,慣例・習慣も旧専攻ごとに大きく異なっていたため,全体の方向性を決めてゆくことは容易ではなかった.その相違を乗り越えて実際的な方針を固めてゆく妙薬は,意外にも辛抱強く話し合うことのみであり,折衷案ではなかった.個々人が考えていることを正直に表明しなければ,如何に互いの誤解が大きいかを知ることはなかった.何度も顔を合わせるという原始的コミュニケーション手段が,折り合い不可能と見えていた難題に知恵を与えてくれた.逆に言えば,誤解や不信が組織的運営を阻害している部分が大きいことを多くの構成員が体感したことが,今後の運営に対する最大の財産となったと感じている.その上でこそ,共通運営部分と独自運営部分を織り交ぜることが可能となるだろう.

機械工学分野の研究領域は社会的インパクトが強く,世界的なパラダイム変化のリード役であると考えている.その一端を担うべく改組した今回の新しい専攻群の仕上がりの様子を,各所に提出した資料を基にまとめると,以下のようになる.

総合力と多様性機械工学系関連専攻は,100年を越える歴史の中で常に社会の発展を先取りした研究・教育によって工学研究の中心を担ってきた.とくに,力学およびシステム設計に関する基礎学術を重視し,機械に関連する科学技術の体系的発展に貢献してきたことに本専攻群の特徴がある.一方,従来の高効率高性能のみを目標とした体系から人類の活力ある発展と環境との調和をもたらす機能に対応できる体系へと,パラダイムシフトが必要となってきている.このため,従来の小さな専攻に分かれた縦割り組織では,新パラダイムに関する合理的な教育・研究を行うことが困難になっている.そこで,本専攻群では自己点検を実施するとともに,その将来像について検討した.また,自己点検報告に対する外部評価を行い,外部委員から高い評価を得た.さらに,21世紀COEに本専攻を中心とする統合プロジェクトを提案し,採択に至っている.これらを基に,独立に運営してきた4専攻を「機械工学群」に統合し,新パラダイムに対応できる教育・研究体制を確立する(図2).「機械工学群」に中核を担う「機械理工学専攻」を設置して機械工学に関する基盤的研究・教育を行うとともに,将来分野に関する積極的な展開を目指す.また,社会から緊急的にその展開を要請されている2領域を「機械工学群」から抽出して重点専攻を形成し,機動的・重点的な研究・教育の進展を図る.ただし,重点専攻の分野は定期的(約6年)に見直し,その存続を含め激動する現代社会の要請に対応する形とする.今回の改組では,重点専攻として「マイクロエンジニアリング専攻」と「航空宇宙工学専攻」を設置する.とくに,修士課程のカリキュラムについて見直しを行い,広義の機械工学の基盤となるコア科目(3専攻共通)と各専攻の専門性を高めたアドバンス科目(各専攻独自)を作り,学生はコア科目と当該専攻のアドバンス科目からそれぞれ指定の科目数を習得することにする.

機械理工学専攻(中核専攻)
機械工学の対象はミクロからマクロにわたる広範囲な物理系であり,現象解析・システム設計から製品の利用・保守・廃棄・再利用を含めたライフサイクル全般にわたる.本専攻は,それらの科学技術の中核となる材料・熱・流体等に関する力学(物理)現象の解析および機械システムの設計論に関する教育・研究を行う.

マイクロエンジニアリング専攻(重点専攻)
微小な機械システムは,21世紀における人間社会・生活に大きな変革をもたらす原動力である.また,生体は最精密な微小機械の集合である.本専攻は,それらのシステム開発の基礎となる微小領域特有の物理現象の研究をはじめ,微小機械に特有の設計・制御論に関する研究・教育を行う.

航空宇宙工学専攻(重点専攻)
宇宙は21世紀における最大のフロンティアであり,自由な飛行は時代を超えた人類の夢である.その開発と実現を担う航空宇宙工学は,未知なる過酷な環境に対峙する極限的工学分野であり,機械系工学の先端知識を総合した革新的アイデアを必要とする.本専攻は,革新的極限工学としての航空宇宙工学に関する研究とその基礎となる教育を行う.

図1に示したとおり,本群は原子炉実験所,融合創造センター,再生医科学研究所(協力講座)と密接な協力関係がある.また,複雑系科学専攻と共同でCOE拠点形成を行っている.さらに,インテックセンターを通じた共同研究のほか,エネルギー科学研究科や情報学研究科等にも機械工学と関連する分野は広がっている.蛸壺に閉じこもることなくダイナミックな連携が大学運営に求められている昨今,機械工学はその展開における主要な要のひとつと思われる.基礎的な研究を大切にするとともに,緩やかな連携を模索して行くのが良策と考える.

(教授 機械理工学専攻)