機器共同利用の遺伝子

光藤 武明

光藤 武明昭和48 年から平成18 年3 月に定年退職するまで、京都大学工学部・工学研究科にお世話になったことを深く感謝している。この間、学内の機器の共同利用について考えさせられることがあった。研究費の効率的運用法の中に機器共同利用が謳われているが、効果的に運用されている例は必ずしも多くは無いのではないかと思う。この小文は、筆者が関わった、高効率な機器共同利用の例であり、今後のご参考に供したい。

京都大学工学研究科化学系には「ミクロ機能集合体構造解析実験設備」(以下ミクロと略称)という化学系共同利用の実験設備がある。この設備は、石油化学教室乾智行教授を中心とした概算要求により、昭和63 年から平成5 年に亙り化学系の共同利用設備として吉田キャンパス工学部9 号館地下に設置された。現在は、桂移転に伴い、桂A2、A3 棟1、2 階に移設されている。

ミクロは、高分解能固体NMR(溶液測定も可)、単結晶X 線回折装置、表面総合解析装置、ESR、電子顕微鏡、コンピュータグラフィックス等の当時の最新鋭の機器群を備え、主に化学系の研究の推進に寄与してきた。筆者は、初代の乾教授の後を引き継いで、ミクロの運営委員長を平成9 年から8 年間務める機会を頂いた。

ミクロは、化学系教室をはじめ関連の研究室によって利用され、特にNMR、表面総合解析装置、単結晶X 線回折装置の使用頻度は極めて高く、そのほかの機器と共に化学系の研究基盤を支えている。その使用状況は隔年で発行された成果報告書に詳しい。

これらの機器群は、平成16 年度までは専任の技術職員が不在で運営された。それぞれの機器を担当された教員の献身的なご努力によりメンテナンスが行われ、きわめて高い水準で維持管理されて研究推進の基盤となった。ここに、これらの機器の運営に当たられた教員の方々に敬意と感謝を改めて表したい。

ところで、これらの機器の維持管理費は維持費と利用者の受益者負担分でまかなわれてきた。この利用者の受益者負担のシステムは、それ以前に石油化学教室で別のNMR で運営されたモデルがほとんどそのままミクロに導入されたが、共同利用機器の運営に有効であった。

発端は昭和52 年ごろ、武上善信教授が、当時としては最新鋭の高分解能FTNMR JEOLFX100 を導入された。このNMR 運営にあたり、武上教授はこの機器を研究室に取り込むことなく、石油化学教室の他の研究室にも実質的に広く利用できるようにされた。他の研究室にも安全に使用できる技術を持った責任者を養成し、その責任の下での使用を許可されたのである。武上先生のこの方式での共同利用の考え方は当時としては画期的で、多くの研究者がその恩恵に浴した。筆者は当時助手であったが、武上教授と鈴木俊光助教授(現関西大学教授)のご指導の下にこの運営に当たった。場合によっては他教室や他学部の研究者からも新鋭機の性能に引かれて測定依頼があった。この場合は、責任者養成ができないので、筆者が測定をしたが、ここで、思わぬ交流があった。依頼してこられた方には、お返しにその研究室の機器による測定をして頂いたり、また、いろいろと別の世界の研究のお話を伺う貴重な機会を得た記憶もある。

武上教授は機器の導入に当たり、余裕があるのであればできるだけ機器は多くの人の研究に役立つ方法を考えるのが良いし、それぞれの研究者が特質ある機器を持って維持管理して、相互に利用しあえば、大きな力になるとのお考えであった。

この考えかたは、ミクロの機器運営にほとんどそのまま受け継がれた。それぞれの機器を各研究者が維持し、相互に使用することになった。機器には専従の技術職員が必要な場合が多いが、どうしても研究支援体制が整わない場合は、他に方法が無く研究者が維持管理することもある。ミクロは長年にわたり教員だけで維持運営されてきた。

このような設備が身近にあると、さまざまなプラスの効果がある。まず、それぞれの研究者が多様な機器群を効率よく使用できることである。また、メンテナンスの負担も、運営の体制にもよるが、利用できる機器群の多様さを考慮すると、相対的に少なくすることができる。利用する側から見ると、機器導入とメンテナンスを行っている人たちへの敬意と感謝の念を持ちながら利用し、また、機器導入とメンテナンスに当たるものは、全体のことも考えてバランスをとりながら、他の研究者の利益も考えることになる。

利用者の数と質が適切で、講習がうまく行くことがこのようなシステムの円滑な運営に不可欠である。ほとんどの場合うまく行くのであるが、場合によっては、一部の無理解な利用者による重大な機器の故障や運営上の支障が無かったわけではない。しかし、そのためにこのシステムをやめてしまうのは、全体の不利益が大きすぎる。筆者が退職するまでにも、いろいろと機器の故障もあったが、教員各位の献身的なご努力により、高い精度を維持しつつ共同利用が継続されてきた。

昨今の大学院生の気質として、そこにある機器はあるのが当然で、メンテナンスも十分されているのが当たり前と考えているものも多い。また、故障に遭遇したときこれを責任者に報告するのを故意に怠るものも出現する。さらに、考えられないようなミスをして、大きな故障を招くものも出るようになってきた。特別な解決策は無く、適切な講習と教育で、技術の向上と人間性の充実を図るほかは無い。

現在は、研究資金は一部の研究室には潤沢にあるが、必ずしもそうでない研究室もあり、研究室の格差が大きくなってきているように感じられる。たとえある研究室の経済状態が良くても、世代交代のときにまた格差ができる可能性もある。大学の経費の効率的運用は、機器の共同利用によってももたらされる。適切な機器の共同利用の遺伝子がさらに受け継がれ、加えて研究支援体制の充実により、研究がより推進しやすい環境が整うことを願っている。

(名誉教授元物質エネルギー化学専攻)