歳を取るということ

久保 愛三

久保 愛三歴史を勉強してみると、人間は自分が馬鹿であると言うことに気づけないほど馬鹿であることに気がつきます。そして、ほとんどの人が、自分が感じられない、自分に見えない事は、存在しないことと理解してしまう様です。ダーウィンは種の起源で、自然淘汰されずに、適者として生存してゆくのは、優秀な種ではなく、環境に適応してゆけた種であると述べています。我々に常に求められている事は、現在の状況変化から、将来の状況の平均値が現在のそれに比べてどうなるかを予測する事で、投機以外においては、変化の高周波成分 rippleは関係ありません。人間は世の中の変化を認識しながら生きているつもりですが、人が通常認識できるのは、状況変化の勾配であって、変化過程の絶対位置は認識不能です。また、認識できている時間幅は極く短く、通常、状況変化の高周波成分のみが認識されます。しかし、長期的結果を支配しているのは、変化の低周波成分で、現在の状況変化の高周波成分を補外しても、先々の状況を示さないのは自明の事ですが、一般にはこのことに思いを致す人は極めて少ないのが実状です。

太平洋戦争時の日本陸軍を見てみても、また、現在の政治、会社、娑婆を見てみても、大学をも含め、古今東西、自分は勾配の大きい高周波成分しか認識できていない、と言うことすら分からない知性の持主であるが、蛮声と押しと脅しで周囲を圧倒してゆく者が、高周波成分を補外して、世を間違った方向に流してゆくのも歴史的事実です。しかし、まあ、今に始まった事ではなく、人間の本性に関わる事なので、仕方がないですね。

人には、どうしようもない、限界があると思います。すなわち、

  1. 人間の全ての活動の motive force は欲望の充足である、
  2. 人はすぐに現状に慣れ、それを当たり前の事として、その価値を認識出来なくなる、
  3. 人は自分の経験枠を超えては理解できない、
  4. 情報の与えられ方で理解基準が混乱する、
  5. 思っている事は決して意図通りには相手に伝わらない、
  6. 人には認識できる周波数に大きな差がある。

これらの限界の中で人は、孫悟空がお釈迦様の手の平から出られないように、色々な事をあくせくとします。

株式投資において、会社を発展させるための長期的視野での投資は、低周波成分に着目したものでしょうし、儲けるための短期決戦的投機は、儲かれば会社なんてどうなっても良いという投機家が高周波成分に着目したものでしょう。会社経営でも、雇われ社長の任期中の業績向上策は明らかに高周波成分に着目したものでなければ、株主に評価されないでしょう。イソップの寓話の蟻とキリギリスの話は、低周波成分と高周波成分に着目しての差を取り扱ったものであり、古典的映画の俺たちに明日はないや、心理学の分野で言う、青年期の若者の心理の Sturmund Drank と言うのは、世の中の変化の状況の高周波成分にしか着目出来ず、自暴自棄になる事を言っているものと解釈できます。一方、エシュタブリッシュメントの専制は、常に、低周波成分に着目しようとしているようですが、なかなかうまくゆかないものらしい。

このように見て行きますと、大衆の声と政治が言っているのは何なのでしょうか。また、帝王学とは何を学ぶ事なのでしょうか。恐らく、どんな酷い事があっても、高周波成分は無視し、低周波成分をいかに認識し、それに対応した諸策を実行して行く事、その為の不屈と忍耐する事と、理解できます。今、日本の教育が危ない、このままでは大変な事となる、時代の要請にあった教育改革をとしながら、それに対する具体的施策の内容は、世の変化のどの様な周波数成分を認識しての行動なのでしょうか。

歳を取ってきますと、人間、鈍感になります。頑張りは利くが後がひどい、疲れても、その時はわからず、後で来る、高い音は聞こえない、素早い動きは出来ない、なんて事になります。若い時には想像も出来ないことです。そして、思い出せない、すぐに忘れるなんて、記憶力の減退は明瞭に認識できます。これが、老化、ボケと言う事でしょう。これに対処しようと努力をしても、どうしようもない、人間の本性の限界ですから、逆らってもろくな事はありません。早い状況変化には、対応出来ないので、戦術的実務からは引退すべきです。でなければ、世に老害を与えることになります。歳を取るに従い、肝に銘じておくべき事だと、自戒します。一方、努力を続けると、ゆっくりしたものは良くわかることもあります。即ち、歳を取っても、低周波に対する感度は落ちないようですし、経験の集積から、状況の中に於ける現在位置は良くわかる様になっている面もあります。恐らく、良い歳の取り方とは、我を張らないで、意見をぶつぶつとつぶやくことかなと思っています。しかし、ボケた人は、言っていることが正しいか否かも分からないので、老人の話を聞いたとき、現役には、自分の頭で判断できる聡明さが必要です。役に立つ事があればうまく取り込むのは直接利害に関わる若い世代の人で、年寄りは関係なく消えて行くのが摂理ですから。

(名誉教授元機械理工学専攻)