地震被害の低減と構造力学の発展へ向けて

荒木 慶一

荒木 慶一―鳥取地震、三河地震、福井地震―これらは、第2次世界大戦中や終戦直後の混乱のさなかに起こった、最大震度が7と推定される巨大地震です。1948年の福井地震から1995年の阪神大震災まで約50年間、このレベルの地震は一度も記録されていません。そのため阪神大震災以前は「関東地方の一部を除いて大地震が起こる確率は極めて低いので、建物をもっと経済的に(弱く)作った方がいいのでは?」という声が専門家の中にもありました。しかし、6,400人以上の犠牲を出した阪神大震災を機に、状況は一変します。

近年、鳥取県西部・芸世・新潟県中越・福岡県西方沖・能登半島・新潟県中越沖などの直下型地震が頻発しており、一部の地域で甚大な被害が生じたのは記憶に新しいところです。さらに今後、東海・東南海・南海などの海洋型地震の発生が高い確率で予測されており、これらの地震は東京・名古屋・大阪などの大都市に数万人レベルの人的被害や数十兆円レベルの経済的被害をもたらすと言われています。日本全国のどこで巨大地震が発生してもおかしくない状況で、これらの地震に対する建物(特に既存建物)の耐震性を的確に評価し、耐震性が不足している場合には、その不足分を適切に補うことが強く求められるようになっています。

このような社会的要請の下、私達の研究グループでは「現行の建築基準法の想定を超える、最大震度7の巨大地震に対する建物、特に超高層建物の耐震性を明らかにする」研究を進めています。また最近は、文化財建物の地震被害を防ぐため、歴史的な木造や煉瓦造の建物の耐震性を評価する研究も展開しています。歴史的な建物では、その文化的価値、特に外観や内観を損なうことなく耐震性を高めることが要求されます。また阪神大震災を契機として、巨大地震が起こった際に建物が壊れないだけでは不十分で、地震後もすぐに継続して建物を使用できるようにとの要請が高まっています。そこで私達の研究グループでは、これらの「複雑で高度な条件を満たした上で、巨大地震に対する建物の耐震性を高める手法を提案する」ことを目指して、高強度材料や特殊金属などの新材料を有効に活用した、新しい耐震構造や制震構造に関する研究を行っています。さらに、横揺れに加えて縦揺れを抑えることのできる、新しいタイプの三次元免震デバイスの開発も進めています。これらの研究では、分野や国を超えた研究者との連携や産学連携を重視し、基礎研究の推進に加えて実用化や知的財産戦略を見据えた研究展開を心がけています。

地震被害の低減と構造力学の発展へ向けて以上のように、現在、比較的多方面に亘る研究を進めていますが、私の専門は一言で言うと構造力学です。私達の分野(建築構造)にたずさわる者の真価は、次の巨大地震発生時に厳しく問われるということを念頭に、構造力学を一番の基礎として「建物を中心とした構造物の解析・振動・材料などに関わる、世界的に見ても質の高い研究や教育の推進を通じて社会に貢献する」ことを目指しています。さらに研究活動を通じて、様々な現象の力学的なカラクリを明らかにし、真に新しい理論の構築や、本当に必要とされる技術の開発を行うことで、構造力学という歴史ある分野の発展に少しでも寄与したいと考えています。

(准教授・建築学専攻)