グローバルCOEプログラム「物質科学の新基盤構築と次世代育成国際拠点」

拠点リーダー 澤本 光男

澤本 光男●はじめに

制度の概要 文部科学省「グローバルCOE プログラム」(GCOE)は,「産業界を含めた社会のあらゆる分野で国際的に活躍できる若手研究者の育成機能の抜本的強化」を目的とし,「国際競争力のある大学」と「国際的に卓越した教育研究拠点」を確立する制度である(日本学術振興会,公募要領)。並列して実施される「世界トップレベル国際研究拠点形成促進プログラム」が研究に,また「大学院教育改革GP」が教育を主眼とするのに対して,GCOE プログラムは,その意味でこれらの中間にあり,「世界最高水準の研究を基盤」とする「高度な研究能力を有する創造的な人材育成」を目指している。本制度が「研究プロジェクトではない」と明記され,「研究教育拠点」ではなく「教育研究拠点」とされるのもその理由による。

領域の背景 科学の基幹分野のうちで,物理学と生物学が主として「観測」と「発見」に基づくのに対し,化学は,観測と発見に基づきつつ,新たな物質や材料を「創造」できる唯一の分野である,という指摘がある [P. Ball, Nature , Vol. 442 (2 August2006), pp 500-502]。時に誤解に基づき成熟したと揶揄される化学への一つの激励でもあるが,環境,エネルギー,持続的発展など,社会の根本的諸課題が複雑で多面的であり,全地球的規模におよぶいま,「創造する科学」としての化学の役割は,新たな局面からさらに重要になりつつある。

一方,他の基幹分野と同様に,化学は物理化学,有機化学,分析化学,…などの諸分野に分かれて発展し,大学の教育と研究も概ねこの分野に基づいて組織・運営されてきた。しかし,「学際分野」あるいは「周辺領域」という言葉に象徴されるように,これらの「古典的」分野は,その境界が消滅しつつ連携や融合が進み,新たな化学の潮流が加速しつつある。同時に,上記のような地球的諸問題に対しては,伝統的分野にのみ立脚した専門家ではもはや不十分であり,より幅広い学識と国際的視点をもち,同時に深い専門性を有する新たな人材が求められている。

● GCOE「統合物質科学」拠点形成計画

認識と提案 このような認識に立つと,京都大学は,化学・材料科学における新たな潮流を先取りし,地球的課題に対処しうる拠点であると考えられる。すなわち,本学には,基礎化学から材料科学までの化学のほぼ全ての領域にわたって,計100以上の分野・研究室が各部局にあり,国際的に高く評価される教育と研究が展開されている。

また,GCOE に先立つ21世紀COE プログラムにおいては,化学・材料科学領域で2つの拠点形成計画「京都大学化学連携研究教育拠点」(理学研究科・化学研究所)および「学域統合による新材料科学の研究教育拠点」(工学研究科)が採択され,それぞれ基礎化学と材料科学において,分野の連携と融合に向けた優れた成果が得られてきた。

これらの背景に基づき,今回のGCOE 募集に際し,本学では,これまでに培われた化学・材料科学の「統合」への胎動を基盤としつつ,さらに新たな視点に立って,「統合物質科学」という化学の枠組み(パラダイム)を創出し,これによる国際的教育研究拠点の構築と,競争力のある次世代の育成を基本目的とした(図1、図2)。

物質科学の新基盤構築と次世代育成国際拠点

図1 GCOE「統合物質科学」ロゴ: 基礎化学から材料科学まで化学の広い領域を統合し(黒四角)、そこから「統合物質化学」が生まれ、次世代人材がたおやかに育まれ、分野を超え、学を超え、国境を越え世界へ翔たいて行くことを象徴している(赤丸)

物質科学の新基盤構築と次世代育成国際拠点

図2 「統合物質科学」の概念と目標

そのために,工学研究科,理学研究科および化学研究所を拠点部局として,いわば「京都大学の化学の総力」を結集する単一の拠点形成計画「物質科学の新規盤構築と次世代育成国際拠点」を提案し,幸いにも化学・材料科学領域における重点配分拠点として採択された。

計画の概要 「統合物質科学」(integratedmaterials science)とは,従来の化学における伝統的分野間あるいは基礎と工学の境界を統合し,基礎化学から材料科学におよぶ広い領域を複眼的に包含する,いわば「シームレスな化学」を指している(図2)。すなわち,分野を超え(基礎化学から材料科学まで),次元を超え(分子から未来物質・材料へ),国境を越え(国際的視点,頭脳流入),学を超え(社会への貢献),さらに世代を超え(次世代育成),国際的で力強い人材を育成する国際教育研究拠点の構築を意味している。

本計画では, 上記の基本目的にたって,本学の工学研究科(化学系6専攻・材料工学専攻),理学研究科(化学専攻),および化学研究所(化学関連5研究系・3センター)に所属する,化学と材料科学に関するすべての研究グループが拠点を形成し,各部局から選ばれた計 19 名の事業推進担当者を中心に,拠点形成事業を実施する。事業は,大別して教育研究拠点の構築と次世代人材の育成の2つの柱からなる(図3)。

物質科学の新基盤構築と次世代育成国際拠点

図3 GCOE「統合物質科学」の実施体制

● 教育研究拠点の構築(分野・部局・国境を越える統合)

統合分野の設置(分野と部局を超える連携) 新パラダイム「統合物質科学」の創出のために,従来の分野・境界を横断的・有機的に統合した4つの「統合分野」(integrated core fields) を設置する:  物質変換・反応; 物質物性・特性; 物質高次機能; 物質相関科学

図4は,統合分野をその対象とする物質の大きさ(次元)を尺度として示し,同時に,従来の伝統的分野との相関を示している。各統合分野には,部局と分野を超えて事業推進担当者を配置し,統合分野リーダーのもとで,各統合分野を拠点内で確立する。

重点共同プロジェクト(統合分野を超える連携) 「統合物質科学」に即して,統合分野間での連携を図る。とくに分野を横断し,京都大学の化学分野を統合して「初めて実現する」課題を拠点内で競争的に採択し,経費を支援して強力に推進する。

「物質相関化学」の推進(学を超え社会のための化学へ) 環境,エネルギー,温暖化のみならず,電池寿命,ポリマーの劣化,橋梁等の腐食,文化財保護など,未解明の「超長期化学反応」を扱う物質ライフサイクルの化学という分野を開拓し,社会との連携を推進する。

求心力ある拠点の形成(国境を越えた連携) 国際的拠点構築のもっとも有効な方策は,世界が自ずと注目する先端的教育研究を推進することである。これにより,本拠点を目指して世界から優れた人材が集まる求心力(頭脳流入)が実現する。教育研究における国際連携(「国際レクチャーシップ」「, GCOEセミナー」など)も積極的に推進する。

物質科学の新基盤構築と次世代育成国際拠点

図4 「統合分野」の概念図

●次世代人材育成と支援(世代と国境を超える育成)

若手研究者(助教)および博士課程学生を対象として,「国境を越えて信頼・尊敬される」資質( 独自性,自立性,国際性) の育成を目標に事業を実施する。いずれもGCOE の趣旨に即し,単純な教育課程を超え,前項でふれた先進的研究拠点での「研究を通じた人材育成」(on-the-research training)が根幹となっている。

萌芽研究プロジェクト(競争的研究支援) 「統合物質科学」を目指す独自の発想による研究計画を募集・採択して研究経費を支援し,研究者としての自立を促進する。

研究立脚育成(Interfaculty On-the-ResearchTraining)(分野と部局を超えた育成) 「重点共同研究プロジェクト」(前述)を通じ,広範な領域を包含する本拠点の特徴を生かし,部局を超えて若手研究者や大学院生を交流させ,第一線の研究現場における教育と育成を図る。

若手海外短期派遣(International On-the-ResearchTraining)(国境を越える育成) 若手研究者や学生を海外の先端研究拠点へ派遣し,新たな環境での独自の共同研究を実施させる。これにより,研究の国際実践,海外滞在経験を充実させ,同時に人的国際ネットワーク形成,国際的競争力と国際感覚の育成を図る。

若手国際ワークショップ(若手自主開催) 世界から第一線研究者を招聘してワークショップを開催し,研究・人的交流を促進する。この会議の企画から開催までを,拠点内若手研究者や博士課程学生に担当させ,国際的感覚と人的ネットワークの形成を支援する。

分野・部局横断教育システム(分野と部局を超えた連携大学院教育) 「統合物質科学」の新しい視点から,拠点内の部局を横断する統合カリキュラムを新たに構築し,単位互換制度も導入して,幅広い専門的知識と能力を育成する。部局横断講義や海外招聘客員による英語講義なども実施する。

「物質相関科学」講義(学を超える社会のための化学へ) 社会の貢献する化学・材料科学,社会倫理,企業マネージメント,特許戦略等,科学者と社会の関わりを教育する講義を開講する。

●拠点形成計画の実施と運営

2007年の採択決定後,直ちに工学研究科,理学研究科,化学研究所を超えた各拠点幹事からなる「拠点運営委員会」を発足させ,事業推進担当者を中心として,様々な事業がすでに展開しつつある。たとえば, 
(1) 4つの「統合分野」構築および「重点共同研究プロジェクト」の策定 
(2)「 グローバルCOEキックオフシンポジウム」(2007年11 月)(拠点の構成員全員を対象とした拠点内会議)や「事業推進者全体会議」(2008年3 月; 表紙写真)(「重点共同研究プロジェクト」立案の戦略会議)の実施 
(3) 厳選されたリサーチアシスタント(RA)の採用 
(4)「 萌芽研究プロジェクト」,「若手海外派遣」,「若手国際ワークショップ」の採択と実施 
(5)「 GCOE セミナー」の多数開催( 招聘研究者による講演と討論) 
(6)「 分野・部局横断教育システム」の構築と実施 
学内にも「グローバルCOE 拠点推進委員会」が設置され,将来を見据え継続性のある全学的支援体制も整備されつつある。

化学は,「創造できる基幹科学」として,科学と地球社会に独自で根本的な貢献を果たすことが求められている。本GCOE 計画が提唱し目標とする新パラダイム「統合物質科学」には,そのような貢献への意志が込められている。採択に当たり審査委員会から,「GCOE 制度のための事業ではなく,将来を見据えた実のある拠点を構築してほしい」という意のコメントが寄せられたが,それはまさしく我々の意図に一致するとともに,責務の重大さを痛感している。関係各位の協力のもとに,本計画を真摯に誠実に実行することにより,本学を起点として,まさしく分野を超え,国境を越え,化学・材料科学の新たな潮流として「統合物質科学」が確立され,そこに幅広い視点と高度な専門性を合わせ持ち,真に国際的で力強い次世代が豊かに育成され,世界に羽ばたくことを期待して止まない。

(教授・高分子化学専攻)

文献(本GCOE プログラムについては,下記にも紹介記事がある。)
「楽友」(京都大学英文広報誌),2007 年第13 号
「学術月報」(日本学術振興会),2007 年第60 巻第12 号,p 71
「学術の動向」(日本学術会議),2008 年6 月号掲載予定
「第16回大学まるごと調査GCOE(京都大)」,ベネッセコーポレーション, 
<http://ex.fine.ne.jp/op/marugoto-chosa/>