計算による構造健全性評価の高度化を目指して

松本 龍介

松本 龍介構造物(各種の機械や電子機器も含む)の破壊を予測/予防することは極めて重要な課題です。現在、計算力学や破壊力学といった学問を駆使することで、構造物に対して形状と、それを構成する材料の力学特性が与えられれば、任意の荷重のもとでの挙動を多くの場合に計算できるようになっています。しかしながら、計算に用いた条件が実際に従っているかどうかが問題であり、往々にして大きな誤差を生じます。例えば、マクロな材料定数については構造と密接に関連しており、決して定数として扱えないことがよくあります。鋼材の組織は、材料が受けた熱や変形の履歴、僅かな添加物や不純物によって変化し、それに伴い力学特性も複雑に変化します。また、金属棒をねじると径が小さいほど面積あたりの強度が増します。したがって、真に予測的なシミュレーションを行うためには、構造物を含む系やミクロな材料組織の発展も同時に考えるマルチフィジックス・マルチスケール的な視点が重要になります。さらに、より基本的な課題として、材料が持つ様々な力学特性が、よりミクロな材料組織との関わりで、あるいは材料内に含まれる原子の性質や原子運動の結果として、どのように決まるのかについて理解を深める必要があります。

近年、地球規模の環境問題などを背景に水素を有効利用しようとする動きが積極的になってきていますが、水素が金属材料の力学特性を劣化させる水素脆化現象が古くから知られています。したがって、水素貯蔵高圧タンクなどでは、使用期間中に水素が材料内に徐々に侵入して破壊を起こすことが危惧されます。また、腐食環境下でも水素脆化は生じます。現在、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)からの受託研究費、及び、科学研究費補助金(若手研究(A))を受けて、このような水素脆化に関する研究を実施しています。多くの金属でppm オーダーの僅かの水素濃度で影響が現れること、材料内の水素の拡散速度が非常に速いことなどから、どこに存在する水素が、どのように破壊に寄与しているのかは未だ明らかではなく、破壊の予測は困難です。そこで、電子・原子レベルから実構造物に至る様々なスケールのシミュレーション手法を用いて、水素の侵入と拡散、材料組織の変化、構造物の挙動に関する解析を行っています。個々のシミュレーション手法には扱える問題に様々な制限がありますが、複数の手法を組み合わせたり、それぞれの方法で理想的な系を取り扱うことで、構造物内で生じる複雑な現象の裏にある普遍性を的確に捉え、高精度な構造健全性評価に貢献できると思い日々研究に取り組んでいます。

計算による構造健全性評価の高度化を目指して2年前に京都に来てからは時間を見つけては管理釣り場に通っています。管理釣り場というのは、一種の釣り堀で、ニジマスやイワナ、時にはイトウなどを、ルアーやスプーンと呼ばれる金属片などを使って釣ります。細い糸と返しのない針を使うのが特徴で、糸を張りすぎると簡単に切れ、糸が緩むとすぐに針が外れるためテクニックが必要になります。最近では、糸の動きだけで魚のアタリを取れる自分が怖いときがありますが、糸の劣化と破断もなかなか予測できません。

(助教・機械理工学専攻)