グローバルリーダーシップ大学院工学教育推進センター

センター長 椹木 哲夫

椹木 哲夫センターの概要

21 世紀に入り工学領域における大学院教育改革を促す社会・経済構造の変化が顕わになりつつある中で、21 世紀型産業の創出を支え、国際社会でリーダーとなりえる研究者・高度技術者を戦略的に育成しかつその需要拡大を推進することが強く求められています。平成19 年度に実施された、工学部・工学研究科の外部評価では、教育の国際化推進を促すコメントが数多く寄せられ、この課題を担当する専門組織の整備の必要性が議論されて参りました。

京都大学工学研究科では、教育内容の実質化(充実)と国際化を目指して大学院教育内容を大幅に改訂し、平成20 年度入学生から新たな大学院工学教育プログラム(修士課程と博士後期課程を連携する新教育プログラム:高度工学コース、融合工学コース)が実施されています。「高度工学コース」の実施責任母体は既存の系・専攻で、従来の教育プログラムを再編し、工学の基盤分野のカリキュラムを提供しています。一方、「融合工学コース」の実施責任母体となるのが平成20 年度に開設された高等教育院で、「融合工学コース」は、既存の系・専攻を横断して5分野が創設されており、平成21 年度からは更に2分野が追加される予定です。

新教育プログラムでは、各系・専攻での専門教育によって修得される深くかつ先端的な知識とともに、研究者・技術者が備えるべき幅広い専門教養や国際化対応能力を培う教育・指導によって、(1)[ 高度専門知識]、(2)[ 自立開拓能力]、(3)[ 広視野/ 指導力]、を合わせもつ人材の育成を目指しています。「工学研究科附属グローバルリーダーシップ大学院工学教育推進センター(略称:GL教育センター、Center for Global Leadership Engineering Education: CGLEE)」は、このような大学院教育の実質化と国際化に向けて、専攻横断で工学研究科としての責任を担う教育組織として2007 年12 月18日に創設されました。教育プログラムを提供する母体ではなく、プログラムを支援していくための教育センターで、従前の工学研究科にはなかった機能を担当する組織であると言えます。

本センターのミッションは、英語による大学院講義科目の増加・提供、外国人による講義科目の増加・提供、工学を取り巻く国際的諸課題に関する科目の企画・運営等を通じて、工学研究科修了生に国際的にリーダーとして活躍するための幅広い素養を備えさせることにあります。既存の専攻が担当する専門領域・融合領域の研究や教育とは全く異なり、工学研究科が研究科として新たに提供する「工学研究科共通科目」を運営・実施しています。また、国際化に向けては留学生支援のみでなく、日本人学生の留学支援等を含む国際交流を組織的・戦略的に推進するべく、そのための企画・立案も行っています。

本センターでは、センター長のもとに、外国人教員・科学技術外交の実務経験者・国内外の産業界における実務経験者を専任・兼任で任用し、国際化教育ならびに産学連携教育の企画・立案・実施を担当するとともに、各系から選任されている5名の留学生担当講師(センター兼任)が、留学生の支援や国際交流の業務に就いています。また本センターには、本学出身の名誉教授の先生が工学研究科特命教授として配置されており、国際化と学際化に向けた教育活動やプログラムへの助言を行っています。このほか工学研究科で組織されている産官学連携コンソーシアム(京大工学桂会)、ならびに工学部同窓会との連携協力により、大学における社会連携教育への協力・支援活動を本センター所属のキャリアアドバイザ職員が行っています。とくに外国からの留学生で日本での就職を希望する学生への教育指導と就職支援については、留学生一人一人に対する個別相談を定期的に実施するきめ細かな教育支援体制を整えています。修士課程学生の就職支援に加え、博士課程学生に対しても、企業等の教育・研究機関以外への就職支援を担当しており、今後は博士課程修了者・ポスドク生も対象として支援を拡大していく予定です。

現在工学部ならびに工学研究科では、組織全体としての取り組みによる競争的教育プログラムとして、以下のようなプログラムの採択を受け、実施しています。

  • 文部科学省・経済産業省『アジア人財資金構想(高度専門留学生育成事業)』「産学協働型グローバル工学人財育成プログラム」(平成19 ~ 22 年度)
  • 文部科学省『理数学生応援プロジェクト』「グローバルリーダーシップ工学教育プログラム」(平成19 ~ 21 年度)
  • 文部科学省の平成19 年度『大学院教育改革支援プログラム』「インテック・フュージョン型大学院工学教育(専攻融合・教育課程連携によるフュージョン型大学院工学教育)」(平成19 ~ 21 年度)
  • 文部科学省・振興調整費の平成20 年度『イノベーション創出若手研究人材養成プログラム』「京都大学・先端技術グローバルリーダー養成プログラム」(平成20 ~ 24 年度)。

また以上のほか、昨年度までの21 世紀COE プログラムやその後継となるグローバルCOE プログラムにおいて、本研究科が主幹部局として他研究科との連携による教育研究の拠点形成が複数件推進されており、いずれの拠点においても国際化と学際化に向けたグローバル教育の重要性が謳われています。さらに、すでに工学研究科で進行中の、JSPS先端研究拠点事業「Advanced Particle HandlingScience」、JSPS 拠点大学交流事業「環境科学」の「地域総合管理概念に基づくゼロディスチャージ・ゼロエミッション社会の構築」(京都大学、マラヤ大学(マレーシア))、同拠点大学交流事業 「都市環境」の「都市環境の管理と制御」(京都大学、清華大学(中国))の国際共同研究に対して、本センター所属の特命教授ならびに本センター兼任教員が、それぞれ研究代表者、コーディネータとして参加し、国際共同研究の遂行に関する支援・助言を行っています。

グローバルリーダーの育成教育に向けて

成熟段階にある工学の諸分野は、数多くの研究領域に細分化されて深化が進む一方、関連する知識の統合化からは離れる傾向を呈しており、活発な領間対話に基づく有機的連携が困難な状況に直面しています。いま大学教育に求められているのは、自らの専門分野にとじこもるような蛸壺的な専門性ではなく、周辺の専門分野や全く異なる専門分野を含む多様なものに関心を有し、既存の専門の枠にとらわれないものの見方をしながら自らの研究を行っていく能力の養成です。とりわけ、グローバルリーダーとしての資質としては、高い専門性とともに変化への柔軟な対応力が求められます。工学に関連する課題の解決には、高度な専門知識に加えて、幅広い識見と柔軟な思考力が必須であることを学生に理解させ、民族・言語・文化・経済など新しい国際社会の多極化・複雑化から生じる社会問題についても、自ら考え、討議できる能力を養成していかねばなりません。

グローバルリーダーシップ大学院工学教育推進センター

一方、「工学離れ」が進行する現状は、わが国のみならず、欧米をはじめとする全世界的な傾向となってきています。図1は、米国科学財団(NSF)による Science and Engineering Indicators-2002 (http://www.nsf.gov/statistics/seind02/)に掲載されているデータで、「工学」がどのように一般社会から捉えられているかの意識調査の結果(1998 年にAmerican Association of Engineering Societies により米国で実施)です。ここでは、科学者(scientist)、技能者(technician)、エンジニア(engineer)の3つの職種について、同図左欄の質問項目で挙げられているような特徴を提示し、その特徴を有する人として想起されるのはいずれの職種ですか、という質問への回答を収集した結果です。この結果からもわかるように、工学は、経済成長やセキュリティへの寄与は広く認識されているものの、地球環境保護や生活の質の改善への寄与、地域や社会的関心事との繋がり、女性やマイノリティに対して開かれているか、といった質問項目に関しては、否定的見方が目立っています。さらに、Science and Engineering Indicators‒2006 では、各国別に科学技術に対する意識調査の結果が図2のように示されていますが、わが国における意識調査結果は、諸外国に比べても工学をはじめとする科学技術全般に対する社会的認知が総じて低いことがわかります。

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これらの結果は、工学の社会に対する寄与や魅力といったものが一般には極めて「見えにくい」(invisible)ものとなっているという現実を表しています。当然この不透明さは、初等・中等教育を受ける子供達にとっても、またその進路決定に多大な影響を与えることになる教師や両親にとっても同様であるはずで、若い世代の工学離れを加速する一因になっていると思われます。

工学が生み出しているものは、工業製品・エネルギー・食品は勿論のこと、生産管理や健康管理、サービス、教育、安全にいたるまで、人類を含む地球規模での幸福に繋がる機能を創造するためのプロセスがすべからく含まれてきます。「工学=ものつくり」で言い尽くされてしまうような、モノを作ることと使うことに限定されるような狭義の概念としてではなく、社会における関係や価値、そして文化までをも変え得る学術分野であること、そして、人間観、自然観、という言葉があるように、「人工物観」とも呼ぶべき工学に固有な概念を学生に理解させ、現在の人類の生存を脅かす諸問題の解決に向けて、新図しい知の連携が必要になることを、学生自らに自覚させていかねばなりません。領域を超えた俯瞰的視点から、工学と社会、工学と人間、工学と自然、工学と文化の関係を捉えられ、エンジニアとしての自己像をより確かなものとして築き上げさせるための教育機会を提供していくことも、本センターに課せられた重要な責務であると考えています。

現在工学研究科では、国際化に対応するための工学研究科共通科目として、

  • 現代科学技術の巨人セミナー「知のひらめき」
  • 21 世紀を切り拓く科学技術(科学技術のフロントランナー講座)
  • ICT の最前線
  • アントレプレナー概論
  • 科学技術国際リーダーシップ論
  • 産学連携研究型インターンシップ
  • 実践的科学英語演習「留学ノススメ」

等を提供していますが、これの科目の一部は、本センターの所属教員がその企画・立案とともに講義も担当しています。さらに、上記の他18 科目の英語による大学院講義科目の開設を支援しているほか、留学生に対しては、全学組織である国際交流センターとの連携によって、ビジネス日本語講座と日本語中級・上級講座を開設しており、高度な日本語・日本社会文化の知識の習得のための教育を実践しています。また本センターでは、多様なキャリアパスを育てるための産学連携教育のあり方についても検討を進めており、今後産業界が大学との適切な連携・役割分担を踏まえた上で、必要とする人材像や工学全般で必要となる教育課題について、工学部同窓会委員会の協力を得て、継続的な議論の場を設けて意見交換を進めていく予定です。

今後とも本センターに対する教員各位のご協力とご理解、ご支援を賜るべく、切にお願い申し上げます。

(教授・機械理工学専攻)