低炭素都市圏政策ユニットについて

低炭素都市圏政策ユニット長 谷口 栄一

谷口 栄一1.本ユニットのねらい

地球温暖化が全世界的な問題になっていますが、その原因とみられる二酸化炭素の排出量を削減することが求められています。我が国においては二酸化炭素の排出量のうち、交通部門が約19%を占めています。このような状況において、都市交通に焦点を当てて二酸化炭素の排出量を削減するとともに、街の活性化を図るような都市圏政策を立案し実行できるような人材を育成することが強く求められています。

平成21年度文部科学省科学技術振興調整費・地域再生人材創出拠点の形成プログラムとして、「低炭素都市圏の構築を担う都市交通政策技術者の育成」が採択され、京都大学工学研究科に低炭素都市圏政策ユニットが平成21年11月1日に設置されました。本ユニットでは、低炭素社会構築に向けての都市圏政策の立案と実施を担う人材を育成するため社会人を対象とした教育プログラムを実施しています。このプログラムは、地域連携プログラムであり、主として京都府域の都市交通に関係する人材の育成を目指しています。本ユニットの運営は、工学研究科と経営管理大学院が共同であたっており、工学的アプローチと経営学的アプローチの両方について考えています。

都市交通に関連して、自動車利用をできるだけ公共交通や自転車、徒歩に転換したほうが二酸化炭素の排出量が少なくなると考えられますが、交通機関分担の転換を図るためには総合的な都市交通政策が必要となります。また、都市交通政策を実施するためには様々な利害関係者が協議し、知識の共有、政策の立案、評価、モニタリングなどを共同で行うことが重要となります。そのために公民連携(Public Private Partnership)による合意形成やモビリティマネジメント手法などの新しい方法が開発されています。しかし、都市交通政策を具体的に実施するためには地方自治体やNPO、交通事業者、商店街などの人々が基本的な知識と方法論を身につけることが重要な要件となります。本ユニットは、これらの人々に低炭素社会を目指す都市交通政策に関する社会人教育を実施し、地域と連携しながら行う新しい大学の教育システムの構築を目指しています。

低炭素都市圏政策ユニットについて

京都市内御池通りの自転車道

近年の都市圏政策においては、自動車に対応した都市圏づくりが中心となっていた従来の考え方を大きく転換し、徒歩や公共交通を中心とした政策が重視されるようになってきました。都心部の道路構成を見直して豊かな歩行環境を創出する道路空間リアロケーション(Re-allocation)やペデストリアナイゼーション(Pedestrianisation)、新しい交通モードであるLRT(Light Rail Transit)やBRT(Bus Rapid Transit)の導入による公共交通システムの京都充実、効率的かつ環境にやさしい物流施策の導入によってトラック交通の削減を図るシティロジスティクス(City logistics)など、新しい都市交通政策が世界の多くの都市において普及しています。そして、これらの都市交通政策の成果として、都心に賑わいが復活し、魅力的で人が集う活力のある街が再構築されつつあります。

本ユニットは、このように世界の都市で起り始めている都市圏政策の大きなパラダイムシフトを踏まえながら、低炭素都市圏の構築を担っていく人材を育成するとともに、地方自治体などが立案・実施する政策を継続的に支援していくことを目的として設立されました。

2.これまでの活動

平成21年度においては、都市交通政策における近年の世界的な動向をよく理解したうえで、地域に密着した具体的政策を立案し、実行することができる都市交通分野の政策技術者を育成する「都市交通政策技術者養成コース」を開講しました。このコースにおいては、京都府、京都市、長岡京市、宇治市などの地方自治体、バス会社、鉄道会社、交通コンサルタント、NPO、商店街の人々が24名と工学研究科博士後期課程の学生2名の合計26 名が受講しました。「都市政策フロントランナー講座」、「低炭素都市圏政策論」、「都市交通政策マネジメント」の3つの講義を実施し、最新の交通計画理論、交通シミュレーション手法、公民連携、モビリティマネジメント、コミュニケーション手法、ITS(Intelligent Transport Systems)などの項目について講述しました。

それぞれの履修生は熱心に受講し、コース修了時には京都の実際の地域を対象とした都市交通政策について研究成果報告を行いました。履修生の反応は大変良好で、このような新しい知識に触れ、様々な業種の人々と一緒に勉強できたことに高い評価が得られました。

低炭素都市圏政策ユニットについて

「都市交通政策技術者養成コース」の講義風景

平成21年11月30日には、ユニット設置記念シンポジウムを京都市内の芝蘭会館で実施しました。世界交通学会会長、リーズ大学のアンソニー・メイ教授に基調講演「低炭素都市社会を実現するための都市交通政策の役割」を行っていただきました。その中でメイ教授は、低炭素社会を実現するための都市交通政策について、制度、経済、社会的な側面から論究し、英国におけるケーススタディに基づいて、評価手法、政策実施、フィードバックの手順について示唆に富む講演を行っていただきました。

低炭素都市圏政策ユニットについて

低炭素都市圏政策ユニット設置記念シンポジウム(平成21年11月30日)

3.今後の活動予定

平成22 年度は、政策担当者を対象とした「都市交通政策技術者養成コース」のほかに、「シニア都市交通政策技術者養成コース」を開始する予定です。このコースは、基礎的知識を有した相当レベルの人材を対象とした発展的育成のための教育コースと位置付けています。「都市交通政策技術者養成コース」を修了した方あるいはすでに都市交通政策について基礎的知識を持っている方を対象に、さらに高度なレベルの計画技術、シミュレーション、解析技術を習得することを目的としています。

さらに「トップマネジメントコース」を用意しています。このコースは、都市交通政策が専門外であっても地方自治体等における最高意思決定に関わる人材を対象とした都市交通政策の政策判断のための知識を育てる教育コースと位置付けています。たとえば財政分野が専門の方が、ある市の副市長の立場で都市交通政策のトップマネジメントに関っておられるという場合に、都市交通政策の基礎知識とともに都市交通に関わる利害関係者間のコミュニケーション、合意形成に関わるガバナンスについて学ばれることは、その副市長にとっても、また市にとっても有益であろうと思われます。トップマネジメントに要求される知識は単なる技術ではなく、交通計画、都市計画、環境、財政、情報、交通管理などの分野を総合的に考えて都市交通に関する意思決定を行わなければなりません。そのためには部分にとらわれることなく、戦略的に目標に向かって総合力を発揮できる計画を策定すること、リーダーシップを発揮すること、組織・制度の改変を勇気をもって実行すること、他機関と協調することなどが求められています。このような人材教育を実施し、各地域で必要とされる都市交通のトップマネジャーを育てようとしています。トップマネジメントに関わる地方自治体の人が都市交通に関わる基本的知識を欠くために積極的な都市圏政策が立案・実施できないという場合がよく見受けられますので、このようなトップマネジメントコースは実際に役立つものと期待しています。

また、本ユニットは、自治体等が立案・実施する様々な都市圏政策を支援するため、計画策定や政策実施に対する助言や調査・分析を行うなど政策シンクタンクとしての機能も果たしていくことを目指します。具体的には、都市総合計画や総合交通戦略の策定、LRT やコミュニティバスなどの公共交通計画の立案、電気自動車の普及計画、中心市街地活性化計画、共同配送などのエコ物流計画の立案、地域観光戦略など、低炭素都市圏づくりに貢献する政策の立案・実施の支援を行います。本ユニットは社会人教育を主たる目的としていますが、教育の基礎となる調査・分析の重要性に鑑み、京都府域のニーズに根ざした都市交通政策について、地方自治体等と共同研究を実施する予定です。

(教授・都市社会工学専攻)