複素環化合物の新合成方法論の開発を目指して

倉橋 拓也

倉橋 拓也有機合成化学を研究する科学者には、有用な物質を社会に供給する効率の高い反応方法論を開発することが望まれています。また、有機合成化学の飛躍的進歩を促す新概念や新現象の発見を含んだ反応の開発も重要です。遷移金属触媒を用いた環化付加反応は、複数の結合が一挙にでき、位置、立体の各選択性に関して高いレベルでの制御ができることから、極めて強力な環式化合物を合成するための手法です。遷移金属触媒を用いない従来法では不可能であった形式の環式化合物の合成が、遷移金属触媒を用いることで可能になることから、これまでにも精力的に開発されてきました。環式化合物の一つである複素環化合物は、天然有機化合物から合成医薬品、農薬などの多岐にわたる物質に内包される主要骨格です。その理由が複素環構造の多様性に由来するとも言えます。したがって、21世紀のライフサイエンスを支える観点からも複素環合成法はいくらあっても多すぎることはないと言えます。ところが、その重要性に比べれば、合成反応の形式は限られており、まだまだ十分に研究されてきたとは言えない状況です。そこで、新しい合成概念に基づき、遷移金属触媒を用いた環化付加反応による複素環化合物の新規合成法の開発を計画いたしました。後周期遷移金属の一つであるニッケルは、様々な反応に対して高い触媒活性を示すことが古くから知られており、有機金属化学の歴史の初期の段階に詳細に検討され、数多くの興味深い反応が見いだされています。しかし、その反応性の高さゆえに反応の制御が困難であり、他の後周期遷移金属と比べるとこれまであまり利用されていませんでした。ところが、昨今のニッケル触媒反応に関する錯体化学の進歩などにより、反応の本質を理解してその高い触媒活性を制御できるようになってきました。そこで、このニッケル触媒の高い反応活性を用いることにより、今までの手法では反応に用いることが困難であった結合、あるいは官能基の新しい活性化法を創製し、それを触媒反応に組み込むことにより、複素環化合物の新合成方法論を開発できるのではないかと考えました。実際に、ニッケル触媒を用いることで、合成入手容易な複素環化合物の一部分から分子を脱離させて、かわりに異なる分子を挿入させる、分子置換型の環化付加反応により、新たに有用性の高い複素環化合物が簡便かつ選択的に合成できる、新合成反応の開発に成功しています。これまでに見出した新しい概念・手法に基づき、この研究課題を積極的に展開していこうと考えています。

私は京都教育大学附属高校を卒業後、1994年に工学部工業化学科に入学しました。4回生の研究室配属では、有機金属化学における先進的な研究をされていた檜山爲次郎先生の研究室に入りました。先生からは学位を取得するまでの6年間に“研究のいろは”から、科学というものの奥深い面白さまで折りに触れて教えて頂きました。この春に定年退職されて中央大学に移られましたが、これからも益々のご活躍を祈念しております。私も、恩師にうけた“心を動かす”教育を次世代に伝えるべく、研究のみならず教育にも頑張りたいと思います。

(助教・材料化学専攻)