温室効果ガスの地球規模計測について

川﨑 昌博

川﨑 昌博 はじめに

工学研究科に在職中には皆様にお世話なりました。おかげさまで、教育・研究生活を長年続けられましたことに感謝しております。この30有余年の在職期間中に所属した機関は5つの大学、組織は理学研究科、工学研究科、独立研究科、附置研究所と転々としてきました。本学工学研究科を退職後は、理系を離れて文系である人間文化研究機構の研究所に所属しております。文系分野と比べて、今まで理系の研究をしていたときは社会とのつながりを積極的に考慮してこなかったと反省している次第です。私が所属している研究グループでは、シベリアの人工衛星データを解析するとともに、その地区を実地調査し、地球温暖化が人々の生活へ及ぼす影響を調べています。

この紙面をお借りして、最近の関心事であります地球温暖化の原因とされている温室効果ガスについての地球規模計測について述べます。良く知られているハワイ・マウナロア山頂でのCO2 濃度観測のような厳密な地上観測地点は世界中でも限られています。その理由は、濃度標準ガスによる恒常的な観測値検定に人手と経費がかかるからです。そこで、簡便な装置を使いCO2 排出量のより正確な分布測定を世界各地の数多くの地点で実施できれば、地球温暖化将来予測モデルの精度が向上します。その装置の一例を図1に示します。これは光ファイバー技術を利用して製作したもので、望遠鏡で集めた太陽光近赤外スペクトル中のCO2 吸収線強度からCO2カラム密度(注1)を計測するものです。

温室効果ガスの発生量と大気濃度計測

温室効果ガスの排出インベントリーは、発生源での個々の発生量を積み上げる「原単位積上方式」により作成されています。先進国では人為発生量の算出に必要な原単位や発生個所数などの統計データが整備されており、積上方式の誤差は小さいのですが、途上国などでは統計データが十分整備されておらず、原単位も標準値を使っているのが多く、さらに、事実と異なる政治的な改変も指摘されています。先進国を含め広く薄く分布する農業関連の発生量や、調査がしにくい化石燃料採掘や輸送にかかわる発生量、森林・泥炭火災など突発的な発生量などでは、誤差が30~50%もあります。

森林・泥炭火災によるCO2 発生

つい先頃にモスクワを覆った森林・泥炭火災の煙の様子はニュースでご存知と思います。赤道直下の熱帯にあるインドネシア・カリマンタン島では、泥炭地域を農地とするプロジェクトが失敗し、夏季に乾燥化した地中の泥炭火災が森林火災に伴って発生し、その煙はシンガポールやタイにまで達する国際問題になっています。この森林・泥炭火災によるCO2 排出量は、わが国総排出量の約40%という膨大な量と推定されてます。エルニーニョが発生したため世界中で森林火災が多かった年の全球平均CO2 濃度は数ppm 上昇しています。数千年かけて地面下に蓄積した泥炭の火災は化石燃料燃焼と同様に回復できない炭素放出です。火災を防ぐ最も実効性のある方法は、多数の小型貯水池を建設して泥炭地の水位を乾季でも高めることです。これらの貯水池の建設には、現地の人手や現場で入手できる木材などを利用することが有効です。

カリマンタン島の森林・泥炭火災を防止するには泥炭地の水位を上げることが最も現実的であり、その経費をCDM(注2)などの国際協力で実現するためには、国際協力の前提となるCO2 排出量を正確に計測する計測システムを構築し、CO2 発生量を抑える技術的援助プログラムが不可欠です。京都議定書におけるCDM は、森林火災の防止活動を含んでいませんが、上に述べたように地中にある泥炭火災は化石燃料の燃焼と同様であるという立場からCDM として、大きな発生源である泥炭火災を防止することは、地球規模の温暖化対策として意義のあることです。CDM 認定を実現するためには、森林・泥炭火災でどれだけのCO2 が排出されているかを正確に計測することが必要なのです。

炭素ストック(蓄積量)からのCO2 排出量の推定

森林の炭素蓄積量は、現場で樹木を伐採し、その重量を測定して乾燥重量や炭素量を算出する方法が、基本的で正確な方法です。伐採した樹木の葉・枝・幹・根を切り分けてそれぞれの重量を測定します。森林を大まかに分類し、地上探査による単位面積当たりの土壌炭素量の測定値に森林総面積をかけて推定する方法がとられています。樹種の少ない亜寒帯林や温帯林では、数少ない地上探査データでも総量が推定できます。

航空機や衛星からの遠隔レーザー計測で、森林の木の高さ分布が正確に測定できます。すると、火災の前後の高さ分布変化から、焼失した森林のバイオマスを推定することが可能となります。しかし、現実には火災で全ての樹木が燃えるわけではなく、幹だけが残った樹木や倒れた樹木を焼失したと間違って判断し、過大に焼失量を算定する危険性が残ります。ましてや、泥炭火災には有効な手法ではありません。そこで、現実にCO2 発生が起こっている場所とそのCO2 発生量を正確に評価するための別の方法が必要です。

水平フラックスからのCO2 排出量の推定

森林でのCO2 フラックスの計測は、主として渦相関法と呼ばれる微気象学的な方法が広く用いられています。これは1km 程度に均一かつ定常的な発生・吸収がある正常な森林には適用できますが、火災のように局地的発生に対しては適用できません。また、土壌からのフラックス計測には、地面に置いた箱の中にCO2 が蓄積する速度を測定するチャンバー法が広く用いられていますが、火災には適用できません。

森林・泥炭火災など、局地的なCO2 発生量は、大気中に放出後、風により水平に輸送される煙(プルーム)の観測が有効です。ある断面上での濃度と風速を掛け算したものがフラックスであり、プルーム全体のフラックスは、プルームの断面上で濃度と風速を図1のように測定し、その積を断面上に渡って積分することで計算できます。この方式は、森林の渦相関法による鉛直フラックスの測定に対比して、水平フラックス測定と呼ばれています。ここに、前述の小型装置によるカラム密度の遠隔計測が役立つと考えてます。なぜなら太陽光直達光スペクトルの分光観測は、図1挿入図のように地上から上空までの濃度の積算値を、森林の奥深い場所でも自動測定することができるからです。

おわりに

在職中は化学反応の研究を続けてまいりましたが、退職後はCDM が関係する環境問題にも取り組んでいます。「年寄りの冷や水」と言われないようにして、今後も活動を続けたいと願っています。

温室効果ガスの地球規模計測について

図1 太陽光近赤外スペクトル中のCO2 吸収線強度からCO2 カラム密度を計測する装置を地上に設置して、水平フラックス法により森林・泥炭火災における煙(プルーム)中のCO2 発生量を計測する。CO2 濃度の高度分布をあらわす挿入図は、プルーム中でCO2 濃度が高いことを表している。

(名誉教授 元分子工学専攻)

注1  CO2 カラム密度:地表から空を見上げた時、単位面積当り存在するCO2 分子の全量。

注2  CDM(Clean Development Mechanism): 途上国の排出量削減や吸収量増加に関する事業を行い、その事業によって生じた排出量の削減分の一部を認証排出削減量とし、先進国の温室効果ガス排出量の削減分に加えることができる制度。先進国が持つ温室効果ガスの削減技術や豊富な資金が、途上国に導入されるのを促すことによって、途上国の持続可能な開発を促進すること、世界全体での温室効果ガスの削減を促し、先進国の温室効果ガス削減をより容易にすることなどがその目的です。