学生時代の私と現在

松田 明広

松田 明広私は、1999年に京都大学に入学後、2003年に工学部地球工学科を、また2005年には工学研究科都市社会工学専攻を修了し、その後経済産業省に入省して6年間が経とうとしております。大学に入学してから早や12年、実に干支一回り分が経過し、今だに自分は若手であると自認する反面、もうそれだけ時が経ってしまったのかと思うと、感慨深いものがあります。学生の頃には、米国同時多発テロ、日韓W杯、イラク戦争やインターネット・携帯電話の普及など、00年代の大きな世の中の流れを学生の視線で見ながら過ごしてきました。

学部時代は授業もそこそこに体育会フェンシング部での活動に没頭する日々であり、あまり授業を通しては先生方に顔を覚えられる機会も無いような学生でしたが、4年生の研究室配属後は小林潔司先生のご指導を仰ぐことで生活スタイルも勉学・研究への姿勢も多少は改善し(?)、真っ当な社会人になることができたと感謝しております。特に修士2年の夏にはマレーシアへの2ヶ月間研究滞在の機会をいただき、日本人一人現地の方々と共同で研究を行うという貴重な経験をさせていただきました。その甲斐もあってか、専攻の優秀修士論文賞を受賞することができ、学生時代の誇りの一つとなっております。旅行も含めて初の海外滞在であった自分を快く送り出していただき、ご指導いただいた小林先生には大変感謝しております。

社会人として経済産業省での仕事をスタートさせた後は、石油政策、地球環境対策、マクロ経済政策などの部署を経て、現在は資源エネルギー庁にて省エネルギー政策に携わっています。具体的には、省エネ法(エネルギーの使用の合理化に関する法律)の担当として、企業の省エネ基準(業種別のエネルギー効率の目標である「ベンチマーク指標」の設定など)の設計や、ZEB(ゼロ・エネルギー・ビル)の実現に向けた建築物の省エネ基準の強化やラべリング制度の検討といった仕事をしております。(ちなみに、省エネ法とは、昨今世間を賑わせているエコポイントの基準やエコカー補助金等のベースとなる燃費基準など、およそ世の中で省エネ関係の基準の大元となっている法律であるとお考え下さい。)

学生時代の私と現在

(写真:あるパネルディスカッションで発言中の筆者)

さて、大学・大学院と同じ年数を霞が関で過ごしてきた中で、リーマンショックを始め社会の価値観を揺るがす出来事が起きていると感じています。こういう事を言うと、政治主導の名の下で「役人は政治に従って淡々と仕事をしていれば良い」という意見もあるでしょうが、最近の政治の動きを見ていても、「○○の抜本的改革を」といった掛け声だけは達者ですが、政策に魂を吹き込むためには大きな世の流れに対する認識と、そこで得た方向感を詳細設計に落とし込む手腕の両方が必要です。それは政治だけでも、行政だけでもなく、両者が上手くかみ合ってこそ成し得るのだと思います。こうした問題意識の下、この夏からは公共政策の理論と実践を学びに、英国に留学させていただく予定です。

京都で学生生活を送った6年間は、現在の自分の人生や価値観に大きな影響を与えています。学生生活で出会った皆様との出会いやそこで得た経験を大切にしながら、社会に貢献できる人間となるべく今後も自分を磨いていきたいと思います。

「※本稿は、東日本大震災前に書かれたものです。被災者の皆様にお見舞い申し上げると共に、一日も早い復興をお祈りしております。私も、現在は電力需給対策などの職務を担っており、今後の復興に貢献していきたいと考えております。」

(経済産業省 資源エネルギー庁 省エネルギー・新エネルギー部
省エネルギー対策課 課長補佐(制度設計・技術担当))