光と色で世界を変える

柳原 直人

柳原 直人1983年に工業化学科4回生となった私は野崎研究室の扉を叩き、内本喜一朗先生に直接ご指導を賜りました。猛烈に鍛えられましたが、現在私が研究活動に喜びを見出しているのは先生のご指導のおかげと感謝しています。修士論文はパラジウム触媒を使った新しい炭素- 炭素結合生成反応の開拓に関するものです。2010年のノーベル化学賞により子供でもクロスカップリングという言葉を知るようになりましたが、学生時代に有機金属反応剤を用いた研究に関わることができたのは非常に幸せなことだったと感じています。

修士課程2年を経て富士フイルム株式会社(当時の社名は富士写真フイルム)に入社、現在の有機合成化学研究所に配属されました。刺激(熱、圧力、光など)に応答する機能性色素、フォトポリマー、マイクロカプセルなどを20年間研究し、特に色素化学の虜になりました。幾つかの新素材を世の中に出しましたが、特に、自宅で簡便にカラー写真が得られる方式の開発に携わったことは誇りです。一方で、世界はアナログからデジタルへと予想以上の速さで変遷し、富士フイルムの主力をなす写真事業もその影響を受けました。富士フイルムにとって写真がなくなるということは、自動車メーカーにとって自動車がなくなるということに近く、写真市場縮小は富士フイルムが迎えた未曾有の危機でした。結果、写真関連だけにとどまらない事業分野へ拡大していくことになるのですが、2006年には社名から“写真”という文字がなくなったのです。

事業分野の変遷に伴い研究ターゲットも多様化しました。その中で私が一貫して研究してきた有機素材は「光と色が関わる分野」で必要とされる高機能素材であり、その開発を写真素材で培った基盤技術(分子設計、合成、機能評価)が根底から支えてきました。現在、私の部署が担当している円盤状液晶は智慧と知識の結集された高機能素材の代表例と言えるでしょう。液晶ディスプレイの光学補償フィルムに使われて富士フイルムの事業を支えています。

現在、光と色が関わる技術を概念として整理し始めています。「光と色」は学術用語としてレベルが合わず対も成しませんが、一般の方にもわかりやすいので気に入っています。キーメッセージとして「光と色で世界を変える」を中心に据え、周囲を6つのキー技術(例えば、色相制御技術や屈折率制御技術などから6つを選定)で互いに結び繋げて正6角形の曼荼羅を頭に描きました。実際に作図してみると面白いことに、有機化学者なら何のことはない、正6角形の曼荼羅はまさにベンゼン環の形をしていることに気がつきました。「光と色で世界を変える」概念図を曼荼羅􀫖(マンダラベンゼン)と名づけ、6つの技術があたかもベンゼン環の置換基のように相互作用し影響を及ぼし合うことができると素晴らしいと思うようになりました。変なことを言う人だと周囲には訝しがられているようですが、このような世界観を持ち、軸がぶれない研究を続けることは大切なことだと信じています。これからも光と色で今以上に豊かな世界に変えていきたいと思います。

(富士フイルム株式会社・R&D 統括本部・有機合成化学研究所・研究部長)