教育制度の変革

評議員・副研究科長 白井 泰治

白井はじめに

昨年4月から評議員を拝命し、教育担当となりました。科学者・研究者を目指して大学に残り、教育者になるという明確な自覚無しにこれまで過ごしてきましたので戸惑いましたが、工学部教育制度委員会の副委員長を仰せつかりました。

前任の伊藤紳三郎先生が大変熱心に教育改革を推進されてこられた直後で、とてもまねができないことは重々自覚しておりましたので、毎年必要なルーティーンワークだけを淡々とこなして勘弁いただこうと、秘かに決意しておりました。ところが意に反して、全学から矢継ぎ早に変革を迫る指令が次々と降り注ぎ、対応にアップアップする状況になりまし た。幸い、内容ごとにそれぞれに精通された工学研究科教授の先生方に全面的に助けていただき、何とか一年が過ぎようとしております。教育制度の問題は、全構成員に共通する重要事項ですので、紙面をお借りしてこの一年の教育関係の動きを紹介させていただきます。

教養・共通教育体制

平成21年11月に、研究科長部会の下に「学士課程における教養・共通教育検討会」(座長:大嶌幸一郎工学部長)が設置され、その検討結果は「京都大学の学士課程における教養・共通教育の理念について」として平成22年4月の研究科長部会で報告された。これを受けて、引き続き検討会(平成22年4月より座長は小森悟工学部長)および作業部会(部会長:赤松明彦文学部長)において具体的な科目群等が検討され、同年10月に「学士課程における教養・共通教育検討会報告書」として、研究科長会議で報告された。その後、平成23年12月、部局長会議において、「京都大学全学共通教育実施体制等特別委員会」(委員長:淡路敏之理事)の設置が決定され、実施体制の見直しについて議論が開始さ れた。

平成24 年度に入ると、教養・共通教育を担う「国際高等教育院(仮称)」の設置の話が俄かに持ち上がりました。当初の内容は、教養・共通教育に外国人教員100人を雇用するというもので、多くの弊害が予見されました。そこで、これに代わる工学部案を新たに作成戴き(WG 主査:引原隆士教授・電気工学専攻)、北野正雄工学部長に全学共通教育実施体制等特別委員会で提案していただきました。幸い 工学部案は多くの部局に支持され、その後は工学部案を核に全学で検討が進められ今日にいたっています。内容の骨子は、全学共通教育の企画、調整及び評価を一元的に掌握する全学責任組織(virtual ではなく実体のある組織)を設置して、各部局の協力を得ながら京都大学にふさわしい教養・共通教育の実現を目指すものです。この新しい「国際高等教育院(仮称)」の設置は、昨年末に部局長会議、教育研究評議会で決定されました。これを受けて、「国際高等教育院(仮称)」設置準備委員会(委員長: 北野正雄工学部長)が活動を開始しました。

平成3年に大学設置基準の大綱化が実施され、ほとんどの大学で教養部が解体される方向に進みました。結果として教養教育が軽視され、20年後の今日に至っています。例外的に東京大学には駒場の共通・教養教育組織が残り、その結果「共通・教養教育では東京大学が今や全国で独り勝ちです!」と豪語される状況になっています。その反対に、大阪大学等多くの大学では、旧教養部は完全に解体され、共通・教養教育はセンターやvirtual な機構が担ってきています。京都大学では、幸い人間環境学研究科・総合人間学部と理学研究科・理学部が実施責任部局として温存され、全国でも恵まれた状況にあります。

平成25年度に先行して設置される国際高等教育院(仮称)「企画評価専門委員会」における今後1年間の議論・制度設計を経て、平成26年から国際高等教育院(仮称)」が本格的にスタートします。 新たな組織は、共通・教養教育の企画・調整・実施・評価に対して一元的に責任を負います。実体のある新組織が毎年不断の改善を続けて、京都大学の共通・教養教育を常に最高の状態に維持していただきたいと期待します。

平成25年度全学共通科目の再編とそれに伴う卒業要件の見直し

上述の「京都大学の学士課程における教養・共通教育の理念について」及び「学士課程における教養・ 共通教育検討会報告書」を受けて、全学共通教育システム委員会のもとに「全学共通教育システム検討小委員会」(委員長:有賀哲也理学研究科教授)が設置され、科目群の再編に関して、提供科目の順次性・体系性の整備や、人文・社会科学に関する群科目の開講必要性・適切性等についての提言がまとめられた(平成23年9月)。

これを受けて、平成24年4月に全学共通教育システム委員会のもとに設置された「共通・教養教育企画・改善小委員会」(委員長:磯祐介情報学研究科教授)は、新たな科目群の導入、基礎的な授業展開、科目名の大括り化、内容の順次性・体系性の整備等を盛り込んだ「平成25年度以降の全学共通科目の科目設計等について(報告)」を作成し、システム委員会を通じて各部局に提示された。これにより、A群科目、B群科目、C群科目、D群科目と称 していた科目群が、  人文・社会科学系科目群 (略称:人社)  自然・応用科学系科目群 (略称:自然)  外国語科目群 (略称:外国語)  現代社会適応科目群 (略称:現社)  拡大科目群 (略称:拡大) に、再編された。

このように内容が分かり易い呼称に変更すると同時に、各科目内容が精査されて、新たな科目群に分類された。人社科目では、理系学生にもわかりやすい科目名に大括り化され、各論や専門的な内容ではなく、大きな科目名にふさわしい教養教育的な内容に変更される。一方、自然科目群では、内容の順次性・ 体系性がわかるような科目命名ルールを設け、学生が積み上げ方式で体系的に基礎教育を履修できるように工夫されている。

とはいえ、全学共通教育システム委員会からの性急な卒業要件の見直し要求に対し、短時間で各学科の新しい卒業要件をお纏め下さいました各学科代表の工学部教育制度委員の先生方には、多大なご負担 とご苦労をお掛け致しました。

履修制限

昨年末に、高等教育研究開発推進機構長から、全学共通教育システム委員会を通じて、全学共通科目の履修上限の設定を検討するように、各学部に対し 要請が行われました。具体的には、平成25年度からの全学共通科目の履修登録の上限を、半期15 コ マ、もしくは半期30単位を上限とすることを求め、 翌月に回答せよとの要請でした。

工学部教育制度委員会の工学部A群・外国語教育小委員会(委員長:北村隆行教授・機械理工学専攻)で急遽ご議論いただき、「履修上限を検討するプロセスがあまりに拙速であり、平成25年4月からの上限設定には工学部は反対」との結論が得られた。平成25 年度全学共通科目の再編と卒業要件の見直しに伴う不都合や混乱等を十分見極めたうえで、次年度からの導入を検討するためである。翌1月の全学共通教育システム委員会で、工学部以外の各学部からは概ね上記ガイドラインに沿った履修上限数値設定の表明がなされたが、工学部については、新入生に対する適切な履修指導を条件に、平成25 年度4月からの上限数値設定は見送ることが認めら れた。

一方、1年生前期に時間割目一杯の履修登録を行い、結果的に多くの不受験・不合格科目を出して、早々にドロップアウトしてゆくパターンが、これまでのデータ解析で明瞭に表れています。各学科では、平成25年度新入生に対して、履修登録についての適切なご指導をお願い致します。

15 週問題

半期2単位の講義について、「きちんと15 回の講義回数を確保するように」という外圧が高まっています。しかし、実際に15週講義を確保しようとすると、たちまち試験室の確保や大学院入試の実施等に困難をきたし、今のところ妙案は見つかっていません。全学教育制度委員会(委員:伊藤紳三郎教授・ 高分子化学専攻)で継続的に議論が進められていますが、工学部でも独自に対応を検討するために、工学部教育制度委員会に15週問題検討WG(座長: 大嶋正裕教授・化学工学専攻)を設置し、精力的に検討いただいております。そこでは、「単位数を2単位から1.5単位に変更して時間的余裕を生み出す」 抜本的な案を含め、他大学の実施状況も参考に、幅広い検討を続けていただいています。

特色入試

先年秋に、全学で特色入試の実施を検討するWG が設置され、工学部から木本恒暢教授(電子工学専攻)と私が委員となりました。背景には、京都大学が後期入試を廃止したことに伴い、それに代わる受験機会の提供を京都大学が国大協から求められていること、東京大学が秋入学を提案したことに対し、 京都大学は入試制度の改革を挙げたこと等があると思われます。全学の特色入試実施検討WG からは、推薦入試、AO入試等の新しい特色入試を導入しない学部は、後期入試を復活せよとの厳しいお達しです。

WG では短期間に何度も情報交換が重ねられ、多 くの学科ではかなり具体的な特色入試案がまとまりつつあります。しかし、工学研究科・工学部は大変大きな組織であり、3か月程度で各学科のご意見・お考えをまとめて新しい入試方式を提案することは、非常に困難であると認識しています。それでも、各学科の教育制度委員の先生方には、年度末のぎりぎりまでご検討・ご尽力をお願いしております。 拙文がお手元に届きます頃には、各学部の特色入試 (平成28 年度入試から実施予定)案が、公表されていると予想しております。

終わりに

全学から性急な要求が来るたびに、工学部の教育制度委員会委員の先生方には、大変なご迷惑をお掛け致しました。教育制度委員会、各種小委員会、 WG、学科での教務委員会等々、月に何度も何度も ご議論いただきました。工学部のように大きな所帯で、短時間に各学科・コースのご意見をお纏めいただき、さらに工学部全体の方針決定をしていただくという、極限的なご尽力をいただきました。上述の 教育制度改革は、全委員の先生方の「学生にとって より良い教育制度を」、「拙速による失敗は、学生に 迷惑をかけることになり、何としても避けるべき」 との共通の熱い思いの賜物です。

(教授 材料工学専攻)