工学研究科附属量子理工学教育研究センタ-

センター長 伊藤 秋男

伊藤秋男教授工学研究科附属量子理工学教育研究センターは、1999年(平成11年)4月設立の旧量子理工学研究実験センター(10年時限)を2009年4月に改組したもので、当センターの英語表記Quantum Science and Engineering Centerの頭文字をとって通常は単に QSEC(キューセック)と呼んでいます。QSEC設立当初の学内事情や意義等については初代センター長の今西信嗣教授(現名誉教授)の記事(工学広報No.38、2002年)に概要が記載されていますが、その後の改組等も含め改めてご紹介させていただきます。

本センターの主要なミッションは以下に述べるように粒子加速器および放射性同位元素や核燃料物質等を用いた教育研究と学内研究支援活動の二つに集約されます。このようなミッションを遂行するためには特殊な実験施設が不可欠となるため、加速器や放射性同位元素および核燃料物質の使用施設(文科省認可)である原子核工学専攻放射実験室(宇治キャンパス)をプラットホームとし、2004年8月に新設された宇治総合研究実験棟のQSEC実験室においても活動しています。センターの教職員は、センター長、教授1名、准教授2名、助教1名、非常勤事務職員1名、労務補佐員1名、研究支援推進員1名、から構成されます。

工学研究科放射実験室
工学研究科放射実験室

宇治キャンパス

住所 〒611-0011 宇治市五ヶ庄 京都大学宇治キャンパス
アクセス:JR奈良線黄檗駅または京阪黄檗駅より徒歩10分

宇治キャンパスには化学研究所、防災研究所、エネルギー理工学研究所および生存圏研究所の4つの大学附置研に加え工学研究科、農学研究科、エネルギー科学研究科、情報学研究科などのサテライト部局の研究施設があり、京都大学における理工系の教育研究を支える重要な役割を果たしています。キャンパスでは、工学研究科(295名)、理学研究科(139名)、農学研究科(133名)、エネルギー理工学研究所(120名)等を中心に約800名(修士499名、博士299名)の大学院生と学部生134名(内、工学部101名)が常時活発に研究を行っています(2013年7月現在の統計)。また、特にこの10年間は総合研究実験棟(2004)を始め「宇治おうばくプラザ」(2009年)や「宇治地区先端イノベーション拠点施設」(2011年)など大型の建物が新設されると共に古い建物群の耐震改修工事も進行しており、一昔前と比べるとキャンパス全体は見違えるばかりの新しさに変容しています。宇治キャンパスにあまり馴染みの無い教職員の皆様は是非ご来構ください。

量子ビームの科学

さて、今世紀は量子の時代であり、物質内の原子や分子の挙動や反応が支配しているナノスケ-ル領域での物質の性質を正確に理解することなくして真の科学の発展はおよそ不可能な段階にきています。現在、多様な研究が展開されている物質科学や生命科学、環境、農学あるいは宇宙科学の分野では原子分子レベルでの物質現象の解明が最重要課題の一つとして認識されています。電子やイオンなどの荷電粒子を高速度に加速する粒子加速器はヒッグス粒子発見などの素粒子研究や原子核反応の諸研究に代表されるように自然界を支配する基本法則を探る有力な手段として開発され、既に80有余年の歴史があります。電子や単原子イオン、クラスターイオンあるいはレーザー等の光子ビームなどの総称としての「量子ビーム」は、物質内の個々の原子と直接的に相互作用をするという特異な性質があるため、原子の性質を探る原子物理学などの基礎学問のみならず物質内の組成元素分析や結晶構造解析などの測定手法として、あるいは様々な元素のイオンビームを用いた注入・改質による高付加価値機能を備えた新材料創製の手法として、電子工学、材料科学、生物、医学、農学、地球科学、考古学、環境科学など非常に広範囲な分野で利用されています。更には、高エネルギーの陽子や炭素イオンあるいは中性子を用いた粒子線がん治療に代表される新しいタイプの放射線治療法が医療分野において広く実施されており、高いQOL(quality of life、生活の質)値の優れた実績を上げています。このように量子ビームは現代社会において必須不可欠な基盤技術のひとつとなっている反面、原子分子を主体として扱う学問的観点から見ると成熟した学問体系として確立している訳ではありません。各々の応用分野の現場では経験的知識を基に利用しているのが現状であると言えます。量子ビームと物質(生体も含む)との間に起こる反応メカニズムを理解してその奥にある原理や法則を究明すること、及びその学理を基礎とする斬新なアトムテクノロジー技術の確立が求められています。また、原子力エネルギーの利用については2011年に起きた東電福島第1原子力発電所の事故を受けて様々な議論がある中、特にアクチニド元素を含む使用済み核燃料の処理処分技術の確立を始めとする重要な課題の解決が望まれており、総合科学としての原子力学の大学における教育・研究の重要性が認識されています。

宇治総合研究実験棟

おおよそ以上の主旨の要請から、先ず主要な研究基盤設備である加速器を原子核工学専攻からQSECに管理替えを行うと共に、加速器・RIおよび核燃料物質の使用施設を備えた工学研究科付属の研究センター新設の概算要求を行った結果、1999年に組織(1,2,1)が認められ、建物についてはQSECを含む宇治地区3部局のセンター(旧宙空電波科学研究センター、化研バイオインフォマティクスセンター、QSEC)の共同提案に対して予算措置がなされ、3センターを収める総合研究実験棟が2004年8月に竣工し現在に至っています。この実験棟は総面積が8,857㎡の地上5階建で、その内947㎡(居室・実験室:674㎡、オープンラボ:273㎡)がQSECの面積です。実験棟内の共通スペースとしてのオープンラボについては宇治地区全部局を対象にプロジェクト募集を行い総合研究実験棟連絡協議会で審議し実施プロジェクトを決定するシステムをとっており時勢に合わせた柔軟な運用をしています。実験棟はRI等の使用施設ではないためQSECではクラスターイオンビームを主とした研究プロジェクトを展開しているところです。

宇治総合研究実験棟
宇治総合研究実験棟

QSECのミッション

QSECは原子核工学専攻とエネルギー科学研究科エネルギー基礎科学専攻(エネルギー反応学講座エネルギー化学分野)との連携をコアに、「量子」と「エネルギー」の二つをキ-ワードとした核エネルギー・生命物質科学に関する連携共同研究推進のため工学研究科の他専攻および原子炉実験所との協力体制のもとに運営しています。本センターの専任教員は原子核工学専攻の協力講座として量子理工学講座を担当し、学部においては工学部物理工学科を兼担して大学院・学部の教育研究を行なっています。特に、平成20年度に開設した大学院博士前期後期連携教育プログラム「生命・医工融合分野(融合工学コース)」に参画し、医学研究科と連携して医学物理学に関連する専門科目・実習を取り入れた体系的カリキュラムの元に当該分野での幅広い視野と専門性を備えた人材育成に取り組んでいるところです。京都大学の他の付置研究所・研究センターと比較して教育の占める割合が極めて高いことが本センターの大きな特色となっており、法人化後の国立大学に求められている研究施設の在り方に合致した重要な使命を果たしているといえます。

イオンビーム照射実験室
イオンビーム照射実験室

クラスター飛行時間型二次イオン質量分析装置
クラスター飛行時間型二次イオン質量分析装置

QSECの主力装置である加速器が設置されている放射実験室は1963年の竣工以来ほぼ50年を経ており老朽化が著しいため、2013年8月~11月にかけて耐震改修工事が行われました。放射実験室についての概要は工学広報今号の内藤正裕技術職員の紹介記事をご覧下さい。内藤氏の紹介文に記載されているように、重イオン核物性実験装置(バンデグラフ型加速器、1969年)やイオンビーム分析実験装置(タンデム型加速器、1988年)は設置以来現在に至るまで学内の強力な共同利用実験装置として多数の部局(工学、エネ科、理学、農学、医学、原子炉実験所、RIセンター等)における教育研究に多大な貢献をしてきました。イオンと物質内原子との間の相互作用力、言い換えるとイオンが物質に及ぼす様々な衝突照射効果は数メガeVのエネルギー領域で最大になるため、MeVエネルギーの粒子ビームを作り出せる加速器は極めて重要な研究用機器であり、それ故に産業界の様々な先端分野(エネルギー、計測、材料、デバイス、バイオ)で活用されています。一方、高エネルギー加速器機構やJ-PARCなどにある高エネルギー加速器とは異なる中程度エネルギー領域のMeV加速器や関連設備が整った大学は我が国には殆ど無く、京都大学工学研究科QSECの加速器施設は我が国における先導的な教育研究拠点としての役割を果たしてきています。その長年にわたる教育研究の成果が認められ、2009年度文科省施設整備費と京都大学重点事業アクションプラン2006-2009の支援を受けて、新鋭の加速器「マイクロイオンビーム解析実験装置(量子ビーム生体分子動態解析実験システム)」が2010年3月に設置されています。この装置を含めた主力3機の重イオン加速器は各機とも年間8000時間を超える稼働率で学内外の多くの研究者・学生が利用しています。特に、教育設備として加速器等の大型設備を利用していることは他大学では行い得ない大きな魅力ある特長となっており、実際にも大学院入学試験では他大学からの受験者数が年々増加しており、今後とも維持すべき重要な役務の一つとなっています。更に、プロセステクノロジーとしてのクラスターイオンビーム応用に対する我が国の科学技術施策と産業界の強い要望を受けたNEDOやJST-CREST等の大型外部資金により先端加工・計測技術基盤研究を総合研究実験棟で展開しています。量子ビームによる加工・計測・分析技術の革新的なブレークスルーを目指しているところです。

学内研究支援活動としては加速器の共同利用に加え環境安全保健機構の業務の補完活動として、電子顕微鏡などの染色剤として使用されている硝酸ウラン等の昭和52年の法改正以前の未登録核燃料物質の保管管理をエネルギー科学研究科との協同体制で行なっています。

QSECの教育研究活動の中心舞台である放射実験室は加速器・RIや核燃料物質の使用施設としての特殊研究環境を活かした様々な研究が展開しています。それら全体の教育研究のアクティビティをまとめたQSECアニュアルレポート(英文)を毎年発刊し学内の関連部局と文科省を初めとする政府諸機関、全国の関連諸大学および海外の研究機関に配送しています。QSEC独自の研究成果としては、過去10年間の年間あたりの平均で、英文ジャーナル誌発表論文約30編、学部卒業論文10編、修士論文12編および博士論文4編を数えます。

また、毎年秋に開催される宇治地区オープンキャンパスにおいては一般人を対象とした「放射線を見る」・「放射線で見る」と題したテーマで日常生活の中での放射線やイオンビームの優れた特長を体感してもらっています。さらに、高大連携活動の一貫として宇治キャンパス近くにある京都府立莵道高等学校の地域教育プログラム「UJI学」に協力し、放射線とイオンビームを用いた実験実習を2006年から毎年行なっており好評を博しています。

量子理工学教育研究センター2
京都府立兎道高等学校の実験実習

以上、QSEC=量子理工学教育研究センターの活動の概要を紹介しましたが、生命科学を初めとする多くの分野に共通する量子ビーム・核エネルギー・放射線を主軸テーマとする原子力・放射線科学は研究面および人材育成の教育面において今後ますます根幹的に重要な学問になります。それに直接携っている本センターの果たすべき役割と責務は極めて大きいと考えます。

本センターの改組ならびにその後の円滑な運営はここ3代の工学研究科長(大嶌幸一郎教授、小森悟教授、北野正雄教授)をはじめ、工学研究科およびエネルギー科学研究科の各専攻の教職員ならびに工学研究科事務部のご理解とご支援に支えられております。当センター関係者に代わりここに厚く御礼申し上げますとともに今後とも更なるご支援ご指導を賜りますようお願い致します。

(教授 原子核工学専攻)