着任のご挨拶―工学の課題と歩む道―

工学研究科長・工学部長 伊藤 紳三郎

伊藤研究科長平成26年4月より2年間、工学研究科長・工学部長を務めることになりました。まず始めに、工学研究科長・工学部長の重責に鑑みて微力ではありますが、各課題に真摯に向き合い最善を尽くしてまいりますので、どうか教職員の皆様からのご支援を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

皆様よくご存じのように、最近の大学を取り巻く状況は大変厳しいと言えます。残念ながら、大学でのこれからの教育研究について楽観的な考えでいられる状態ではありません。その根本には、「少子化」と「グローバル化」という日本の社会が置かれている現実があります。

昨年秋、京都大学工学分野のミッション再定義という文書が文部科学省から公開されました。その前半部分には私達が共感できる正論が多く書かれています。その文面からは、「世界も認める独創的かつ先導的な基礎学術研究を推進するとともに、産業への応用が期待できる革新的な技術開発を通して社会に貢献し、さらに国の将来を支える優秀な人材を養成する教育を担う」という趣旨を読み取ることができます。これこそが京大工学が社会に対して果たすべきミッションであり、また私達にはその実績があるとの自信があります。全ての施策の判断基準は、この趣旨に沿ったミッションの達成と発展にあると言っても過言ではないでしょう。しかしこれまでの実績と自信は、将来を約束するものではありません。

1992年から始まった18歳人口の80万人減少(205万人[1992年]から121万人[2009年]へ40%の減)に引き続き、2018 年より15 年間で、さらに第2次の波として35万人(30%)が減少します。20 年も前から分かっていたにもかかわらず、このような事態を招いた政治の怠慢・無策には呆れるばかりですが、現実問題として、大学は社会という海に浮かぶ一つの船ですから、水位の低下は当然のことながら運営に重大な影響を与えます。つまり現在の学生定員を維持するならば、入学者の質的低下は避けられず、教育制度や教育内容の改訂が必須になるでしょう。初年次教育を始めとして、各教員にも学部教育に対する一層の努力が求められます。これまで通りのやり方を踏襲していても、「できる学生はついてくる」、「学部で遊んでいても、研究で鍛えたらできるようになる」というような楽観的な発想は、もはや通用しなくなるでしょう。その傾向はすでに第1次の人口減で現れています。

学力低下とともに、最近の社会現象の一つとして学生の精神的な未熟さがあります。私がこの悩ましい問題を強烈に実感したのは、8年前に学科長をしたときでした。多数の過年度生や不登校学生を一人づつ呼び出し、ときには、本人と親、事務主任を加えて4者面談をしました。すでに修学年限が間近になって卒業が不可能になった学生に対して、大学以外の進路を考えるように言い渡す際のつらさは忘れられません。塾講師のアルバイトなのに、いつのまにかクラス担任のようなことまで引き受けている。自然科学の真理を学ばずに、どこかの誰かが唱えた教義を一字一句まで覚えようとしている。ネットやゲームのバーチャルな世界に生きがいを見出してしまった。いずれのケースも、無垢で未熟な心につけこまれ、貴重な才能を消耗する上に生活を破壊され、夢多き道を放棄せざるを得ない結果を招いています。20歳を超えた大人なら自己責任でしょうが、18歳の新入生であれば、大学が無策でいることはできません。初年次教育の充実は、単に勉学の面だけでは済まされないのが現実です。

これらの現象は、これまでのように受験勉強で偏差値の高い学生を入学させるというモデルが破綻しつつあることを示唆しています。工学部がアドミッションポリシーで掲げる「2.既成概念にとらわれず、自分自身の目でしっかりと物事を確かめ、それを理解しようとする人、3.新しい世界を開拓しようとする意欲とバイタリティーに満ちた人」をいかに入学させるかを真剣に議論し、実行することが、今後の教育研究の発展に欠かせないと思います。

またグローバル化にも現実として対応する必要があります。社会という海に浮かぶ大学がグローバル化の波を受けるのは当然です。人的な国際交流の促進や教員・学生の海外派遣、授業の質保証、教育・研究レベルの国際的評価などです。しかし国際化のためと称する様々な方策には、現実を軽視した無理な提案もあるので注意が必要です。例えば一昨年、東京大学が国際化のための「秋入学」を表明したのにもかかわらず、1年後には撤回せざるを得なかったのは、社会システムの中にある大学という視点をあまりにも軽く見たためと思われます。小学校から続く春入学の教育制度、官公庁の会計年度や人事制度、企業の採用など、すべてのことが繋がっているという現実があります。また、大学を変えることにより社会を変えようというのも暴論です。大学の授業を全て英語化すれば学生が国際的に活躍できるようになる、外国人教員を多く雇用すれば国際化するというような短絡的な発想があるとしたら、それは誤った政策でしょう。大学が先遣部隊として試行実験の場にされると、現実の在学生や新入生が大きな被害を受けます。やはり、義務教育である小学校時代から英語基礎教育を充実することからスタートして、日本のしっかりとした教育体系を確立するべきでしょうし、その中に大学教育を位置づける必要があります。

工学部・工学研究科では、約 90%の学生が大学院に進学し、研究活動を通じて大学院生の国際的感覚を涵養しています。実際、今も多くの大学院生が国際会議や海外の研究機関に派遣されています。工学のような理科系の教育システムは修士課程を含む6年一貫教育と考えるならば、国際化の方策は、基礎教育・専門基礎教育が必要な学部学生よりも大学院生に重きをおいて施されるべきでしょう。工学部・工学研究科の教育研究の質的向上を図るという基本に沿って、国際化を進めるための政策を現実に即して一歩一歩、道を踏み固めつつ実施していくことが重要であると思います。

私達の日常業務として教育研究に精進し、上述のミッションに沿った成果を世に示すことは当然大切なことです。しかし、その教育研究を守るためには、今、大学で何がされようとしているか、さまざまな政策や大学を取り巻く社会状況を注意深く観察していただく必要があります。提示されるさまざまな施策が、大学が果たすべき本来のミッションにとって良い方向に歩む道なのか、社会の変化に対応するための適切な方策なのかを検証する。そして、現状の問題点を把握して何をどう改革するべきなのかを自問しつつ、なすべき改革については柔軟かつ積極的・能動的に行動して、目に見える形にすることが大切なように思います。たとえ一部の改革にせよ、京都大学が本来目指すべき GP(Good Practice) の姿を、工学から全学や外の社会に示すことには大きな意味があると思います。

かつて豊かな学問の府を優しく包んでいた保護膜がなくなり、教育研究の現場が荒波に晒されるようになれば、私達自身が見識をもって判断し、私達自身が守り、そして育てるしかありません。2年という任期は、私にとり長い長い道のりですが、一つの仕事をなし遂げるには短い時間です。教育・研究の向上のために必要と思われる施策は、積極的に提案し進めて行きたいと思いますので、どうぞ温かいご支援を賜りますようお願い申し上げます。皆様の良識により、工学研究科・工学部そして京都大学が良き方向に向かう2年間でありますように願うばかりです。


(教授 高分子化学専攻)