高大接続と大学入試

副研究科長 鉾井 修一

hokoi.jpg1.はじめに

この一年間運営会議メンバーとして工学部・工学研究科の活動に携わってきました。ガバナンス、高大連携、GPA、GSC、SGU、URA、年俸制など、会議ではこれまでたまに耳にしてはいても自分にはあまり関係無いものと思っていた用語と略号が飛び交い、今でもまだ十分についていけていない状態です。そのような運営会議の活動の中で私が主として分担することになったのは教育関係で、主に教育制度委員会を通して種々の問題に対応することになりました。現状では次から次へとやってくる(大学本部経由の)文科省からの要求に対して、教育制度委員会・副委員長の北村先生のご指導の下にいかに対応すべきか悪戦苦闘しているところです。

教育制度委員会では、第2期中期目標期間での実績づくりと平成28年度からの第3期中期目標・中期計画の策定へ向けて、卒業率の改善、単位の実質化、シラバスの活用、学習成果把握のための授業評価、卒業生の状況把握などを中心とした検討を行っています。また、博士課程進学率の改善、ディプロマポリシーなども重要な検討課題であり、これらは一昨年のミッションの再定義とともに、国立大学法人に要求されている項目(平成25年11月の国立大学改革プラン)の中で教育に直接的に関係する課題です。特に改革加速期間であるH25~H27年度には、大学の運営改革、ガバナンス機能の強化、グローバル化、イノベーション創出、人材養成などが大学に強く求められているということがやっと分かってきました。それらを念頭に工学部・工学研究科としての方向性を見定める必要がありますが、以下では大学教育に特に影響の大きい入試システムの変更に関して昨年出された中教審答申について私見を述べてみたいと思います。

2.中教審答申-新しい時代に相応しい高大接続

2.1新しい大学入試システム(大学入学者選抜)

新聞でも最近頻繁に取り上げられていますが、昨年12月22日に中教審答申「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体化について(答申)」が出されました。私にとっては突然降ってわいてきた話でしたが、平成24年に設置された高大接続特別部会で検討が進められてきたもので、教育再生に関係して2006年に設置された教育再生会議、その後継として2012年に設置された教育再生実行会議の流れの上にあるものと思います。近いうちに教育制度委員会でも議題で取り上げられことになると予想されます。

答申案では、大学入試センター試験を廃止し、これに替えて、「高等学校基礎学力テスト(仮称)」、「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」の2種の新テストを毎年複数回実施することになっています。大学入学試験では、学力の3要素(「基礎知識と技能」「思考・判断・表現力」「学習への主体性」)を踏まえた評価をすることが謳われています。H26年度を目処に大枠を決め、H31、32年からの実施を想定しています。

2.2高大接続の目的

この中教審答申には、以下のような目的が掲げられています。「生産年齢人口の急減、労働生産性の低迷、グローバル化・多極化の荒波に挟まれた厳しい時代を迎えている我が国においても、…中略…、そうした変化の中で、これまでと同じ教育を続けているだけでは、これからの時代に通用する力を子供たちに育むことはできない。」「今の子供たちやこれから生まれてくる子供たちが、十分な知識と技術を身に付け、十分な思考力・判断力・表現力を磨き、主体性を持って多様な人々と協働することを通して、喜びと糧を得ていくことができるようにすること。」「将来に向かって夢を描き、その実現に向けて努力している少年少女一人ひとりが、自信に溢れた、実り多い、幸福な人生を送れるようにすること」。また、このような子供たちは、最終的に「国家と社会の形成者としての十分な素養と行動規範をもてるよう」になる(ならなければならない?)というフレーズが頻繁に登場します。

2.3 高大接続を実現するための具体策

以上の改革を実現するための具体策として、答申は「国は、下記のような各大学が取り組むことが求められる事項について、どのような手段(法令改正、大学入学者選抜実施要綱の見直し、評価、支援策)によってこれらの取組を…中略…促進するかを明らかにした上で、具体的な取組を推進することが必要である」と、強く国にその実現を求めています。

3.新入試システムと高大接続について思うこと

3.1新入試システムで何をどう評価するのか

答申案では、点数のみによる選抜を「公平」であると捉える既存の意識を改革し、高校生が積み上げてきた多様な力を多様な方法で「公正」に評価し選抜することが必要であるということを前提に、大学入試は学力の3要素を踏まえた評価をするために、「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」とともに、高等学校からの推薦資料や活動報告、本人面接を行い、また主体性・多様性・協働性を含む学力を高い水準で評価するように求めています。

これを実施するには多くの課題がありそうです。これについては、https://panda.ecs.kyoto-u.ac.jp/x/db50KDを参照下さい。公正かつ公平な大学入学試験が社会から強く要請されていますが、京大・工学部のように数千名の受験生の面接をどのようにしたら公正に行えるでしょうか。一人の面接員が同じ尺度で面接しようとしても、同じ心理状態で数多くの受験生を判断することはできませんし、まして複数の異なる面接員が面接すれば尺度が一致するはずがありません。面接員や試問内容で合否が左右されることを、受験生やその父兄、社会は許してくれるでしょうか?入試の具体については、時間をかけて慎重に検討・評価すべきと思われます。今回のようなドラスティックな変更を数年で実行しようという答申には大きな危惧を抱かざるを得ません。

また、「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」では、「合教科・科目型」「総合型」の出題をするとされています。しかしながら、理系の大学に入学する学生には、例えば数学では数Ⅱ・数B・数Ⅲのような上級数学の基礎学力が求められます。高校での必履修科目以外のこれらの科目を試験の対象としなければ、勉強が疎かになるのは当然であり、理系教育の空洞化が高等学校の段階から起こることになります。そのような状況になれば、日本の科学技術を支える人材の育成に大きな支障がでると考えられます。博士課程への進学率の低下が教育制度委員会の大きな課題の一つとなっていますが、これでは博士課程に進学する日本人学生は皆無になるかもしれません。また、総合型、合教科の試験問題を限られた短時間で回答させることになれば、瞬時の判断力に重点が置かれ、じっくり考えるタイプの能力、才能を評価できるのか懸念されます。

3.2入試システムと社会教育

高大接続と新入試システムの目的は、「生産年齢人口の急減、労働生産性の低迷、グローバル化・多極化の荒波に挟まれた厳しい時代…中略…、これからの時代に通用する力を子供たちに育むことはできない。」と、子供たちのためにとなっていますが、産業界からの要求に応えるためとも読めます。答申で示されているのはあくまでも入試システムの変更であり、「選抜性が高い大学」「入学者選抜が機能しなくなっている大学」という分類に見られるように、受験競争を前提としたシステムを否定していません。教育制度委員会で検討を続けている単位の実質化も、学生の夢の実現・豊かな生活の実現のためというより産業界、国益のためと考えると理解し易くなってきます。

また、答申が要求する「これからの時代に通用する力をもった子供たち」を育てる大学教育を想定することもそう容易ではありません。ひとは常に成長し変化し続けますから、社会に出た後のことを抜きに大学教育の善し悪しを判断できないからです。高大接続の検討だけでは不十分で、社会人になった後の生活も合わせて考える必要があります。大学への再入学や生涯学習がある所以です。ただ、そのためには社会、特に産業界に学生を受け入れ、適切に評価し育てていく態勢ができていなければなりませんが、そもそも本高大接続の提案は、労働生産性の低迷、グローバル化・多極化などの問題に関して、現在の企業にそれらに対応して社員教育をする余力が無いことが一因となっています。イノベーション創出を荷うことが期待されるドクターへの進学者が減少している問題は、企業による採用枠が少ないことと密接に関係しています。高校、大学だけでなく、企業も共に考えない限り解決の難しい問題と思います。

3.3将来へ向かっての夢と大学教育

「将来に向かって夢を描き、その実現に向けて努力している少年少女一人ひとりが、自信に溢れた、実り多い、幸福な人生を送れるようにすること」に対して反対するひとは皆無と思われますが、一人ひとりの充実感、幸福はどのようにして評価されるのか、答申には社会の将来像が明確に描かれていません。

昨年、伊藤研究科長から「工学研究科の学生の皆さんへのメッセージ」というメッセージが学生に出されました。これは残念ながら学生が突然自らの命を絶つという痛ましいことが以前より多くなっているためです。優秀で学校における活動においても何の問題も無いと傍目には見えていた学生もいます。将来の日本を担うことを期待されている若い人たちには、大学での勉学や研究をはじめとする様々な活動に励み、将来の夢を持って逞しく成長して欲しいと切望します。イノベーションへの貢献も自己実現の一つでしょうし、純粋に学問に楽しみを見出したり、大学での教育・研究経験を生かしてモノづくり、人・社会づくりに貢献することもありましょう。我々教員には、学生への慎重・適切な対応は勿論、学力の3要素の修得に加え、意欲を持ち前向きに生きていく学生を輩出できるような教育・研究システム、大学の姿を考えていくことが求められています。

3.4改革を実現するための具体策について

最後になりますが、今回の改革の実現へ向けて、答申は取組を促進するために国に強い態度をとるよう要求しています。現在の京大の物事を決める速度が遅いことは、部局間でGP(grade point)の統一化ができない状態でGPAの導入に踏み切らざるを得ないことからも明らかです。ただ、それは教育には個々の教員の真摯な思い入れがあり、教育評価はそう単純に統一できるものではないということのあらわれでもあり、答申が求めている多様性の重視と同じ考え方に基づくものと考えられます。教育に対してはじっくりと取り組んでいく姿勢が大切ではないでしょうか。

(教授 建築学専攻)