数学者への道のり

千葉 逸人

chiba物心ついたときには部屋に宇宙関係の図鑑がたくさんあり、暇さえあれば眺めていた。昆虫図鑑などもあったが、眺めていて飽きないのは宇宙に関する本だけだった。高校生になるころには宇宙関係の仕事に就きたいと思うのは自然だったと思う。実家が福岡ということもあり、高校1 年のときには九大の航空学科に行こうと思っていた。宇宙飛行士の若田さんの出身ということで有名だったが、受験の前年に機械と合併して名前を機械航空学科と変えたとたんに偏差値は九大の普通の水準に落ちたことなどもあり、志望を京大工学部の物理工学科(中に航空宇宙コースがある)に変えたのである(2001 年度入学)。

そんな僕が今、なぜか数学者をしている。そこに至る経緯を振り返ってみたい。

確か僕が2 回生のときが、前期試験を9 月に行う最後の年だったと思う。9 月全体が試験期間であるその頃のシステムでは2 重、3 重登録が可能だったので、1 回生のときから2、3 回生の講義を取ることができた。記憶に鮮明に残る数学の講義が2 つある。1 つは物理工学科の谷村省吾先生(現 名古屋大学教授)の授業。シラバスでは特殊関数論ということになっているのだが、主に体とガロア理論の紹介と、トポロジー、特に曲面のオイラー数の講義だった。数学科のようなガチガチの講義ではなく、あくまで考え方の紹介のみなのだが、やはり工学部の1回生には衝撃的な内容だった。もうひとつは情報学科の野木達夫先生(現名誉教授)による複素関数論とフーリエ解析の講義だ。数学科の若い学生は抽象代数に憧れがちだが、僕は物理に起因する問題を具体的に解くほうが好みだった。そんな僕にとって、フーリエ級数を使って熱方程式を鮮やかに解く様が感動的で、夢中になって計算を楽しんでいた。

もう一つの転機は、3 回生のときに「工学部で学ぶ数学」という本を出版する機会をいただいたことだ。何がきっかけか覚えていないが、1 回生のとき、自分が勉強した数学のことを自分なりにまとめて、PDF にして自分のweb page にup しようということをやり出した。2 回生の夏だったか、微積から始めてフーリエ級数くらいまで書いたころ、幸運なことにそれがプレアデス出版の目に止まり、纏めて本にしないかと声をかけていただいた。自分で本を出すとなると、すでにある教科書の内容を分かりやすく再構成したり、新しい証明や例題を考えたりする必要がある。そのおかげでかなり地力がついたと思う。

それ以降は純粋数学にどっぷりはまり、大学院からは情報学研究科数理工学専攻の岩井敏洋先生のもとで力学系理論を学び、2009 年からは九州大学に赴任して主に力学系理論・微分方程式の研究を行っている。純粋数学をやっているとはいえ、具体的に計算可能な問題、物理や工学に起因する問題が好みなのは変わっていない。これからも工学部出身「らしさ」が光るような数学の研究を続けていきたい。

(九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所 准教授)