したたかさとしなやかさ

副研究科長 椹木 哲夫

椹木先生写真本年4月から京都大学評議員、工学研究科副研究科長の役職に就いています。前任の大津宏康教授を引き継ぎ、工学研究科の中では研究担当副研究科長という役割を担う立場ですが、実際には教育以外の殆どに関わる役職です。桂インテックセンター、財務、図書、技術職員、等々、現在就任後3ヶ月を経たところですが、これまで見えていなかった、あるいは気づいていなかった誠に多くの懸案事案を目の当たりにするとともに、いずれにおいてもきめ細かく業務を進めてもらっている工学研究科事務組織の優秀さを改めて実感しているところです。

振り返れば、10数年前に教授に昇進した際に、先輩教授から「教授になっただけでは見えてくる大学組織の風景は何も変わらんけど、専攻長を経験したらよう分かるようになるわ」と言われたのを思い出します。その後はじめて専攻長を経験してその意味を実感しましたが、いままさに工学研究科の執行部に入って、同じことをより大きなスケールで感じています。

実は工学研究科の執行部を経験するのは今回が初めてではなく、西本清一研究科長在任時(2006 年~ 2007 年)にも執行部すなわち運営会議の構成員を務めました。そこで工学研究科として採択を受けた経産省・文科省による「アジア人財資金構想」『産学協働型グローバル工学人財育成プログラム』(2007年〜2011年)の実施責任者を指名されました。このプログラムは、大学と実業界が協働して実施する初の教育プログラムで、本研究科修士課程に世界各国から優れた資質と意欲を有する人を産学の協働でリクルートしてくるところから始まりました。履修生は専門的工学教育に加えて産学連携研究型のカリキュラム等を履修して修士学位を取得し、その上で日本の実業界にグローバル人材として就職するというプログラムでした。この実施・運営のために工学研究科のもとに附属グローバルリーダシップ大学院工学教育推進センターが新設され、その初代のセンター長(2007年〜2009年)に指名されました。プログラム終了後も、同センターはグローバル人材育成のための工学教育プログラムの構築と、大学院教育の実質化・国際化を促進するための専攻横断型組織として重要な役割を果たしてきています。

その後、私の中での大きな転機として、2008年から就任された松本紘前総長のもとで、大学本部に新たに設置された理事補の役職を2010年4月から兼任しました。2012年9月まで吉川潔理事・副学長(当時)のもとで研究担当理事補を、2012年10月から2014年9月までは三嶋理晃理事・副学長(当時)のもとで国際担当理事補を務めました。初めて大学本部の執行部の一員を経験しましたが、当時の松本総長が強いリーダーシップを発揮されながら進められる大学改革の意義と難しさの両面について多くを学びました。なかでも一番記憶に残っているのは、国際集会の懇親会の開会時の英語での短い挨拶の中で、決してスベルことなく聴衆の爆笑を取られる松本総長のユーモアのセンスでした。アドリブか即興であったでしょうが、ご自身の見せ方をよくご存知だなぁと感心しました。

また理事補との兼任で、2010年から2016年3月まで、国際交流推進機構の森純一機構長(当時)のもとで同副機構長と国際交流センターのセンター長を務めました。これらの役職を通じてさまざまな国際連携業務に関わる機会を得ました。本当にいろいろな仕事に携わりました。京都大学の国際戦略の策定、ジョン万プログラムの海外派遣プログラムの運営、世界的に著名な研究機関とオール京大で共同企画する京都大学国際シンポジウム・シリーズ、留学生を受け入れ日本語・日本文化を研修させる短期語学・文化研修プログラム、国際機関からのオファーによる奨学金プログラムの運営、バンコク・ハイデルベルグの京都大学海外拠点の開設、AEARU・AUN等の国際大学連合やHeKKSaGOn・RENKEI等の大学間国際ネットワークの構築、等々です。世界の中での京都大学のプレゼンスを高めるべく、さまざまな部局の先生と事務職員の方々が、教職一体で日夜惜しみなく尽力されている姿を目の当たりにして、そのような皆さんの努力をこの役職に就くまで知らなかったことを恥ずかしく感じました。

いま振り返るに、2004年の国立大学の法人化以降、大学の置かれている状況は大きく変わってきたことを痛感します。現状でも、運営費交付金の継続的な減少、研究のみならず教育においても、競争的資金を選択的集中型で配分するCenter of Excellence Policyが恒常化してきていますが、これまでこれらのプログラムにリーダー・サブリーダーとして関わりながら、大学における教育・研究とは、また大学改革とは何なのかを考えさせられてきた10数年間であったように思います。

ところで私の専門分野は機械工学の中のシステム工学です。機械工学はものづくりの根幹となる学術分野ですが、そのものづくりの戦略は「組み合わせ型」と「擦り合わせ型」に大別されます。組み合わせ型とは、標準化された要素を組み合わせて最終製品を製造するような構造・設計のスタイルで、部品やモジュールを外部調達して自由に組み合わせることができます。一方、擦り合わせ型は、構成要素が相互に密接に関連することから一部分の変更が他の箇所に与える影響が大きく、一部分だけ別の要素に置き換えるといった変更が難しいスタイルです。組み合わせ型の基本はトップダウンで、曖昧な部分や抜けを極力なくし、あらかじめ決められた仕様に沿って一気に開発を進めることで効率が高くなるのに対し、擦り合わせ型の方はボトムアップが基本で、開発現場が主導権を持って自分たちで状況を判断し、問題を見つけて対応策を検討し対処します。組織間での緻密な連携が不可欠となり、仕様変更や手戻りのための労力と時間がかかります。

このような「組み合わせ型」と「擦り合わせ型」の違いは、私がこれまで関わってきた大学における様々な事業にも当てはまるように思います。

国際業務は典型的な「擦り合わせ型」です。国際化はまさに「笛吹けども踊らず」という側面が顕著で、例え大学としての国際戦略が策定され、共通の目標に向かって旗を振られようとも、それを大学内でトップダウン的に展開して行くための手続きが確立されていません。すなわち、国際化に関してどのようなKPI(Key Performance Indicators)を現場レベルで意識しなければならないか、自分たちの活動やパフォーマンスは客観的にどう見えているのか、といった組織としてのフィードバックが働く仕組みがないのです。国際化は、現場からの地道な取り組みで、汗をかけるキーパーソンを中心として自主的に沸き起こる組織力に委ねざるを得ないところがあり、ボトムアップ的な調整や手戻りなしには進みません。

教育についてはどうでしょうか。近年の大学教育改革の試みの多くは、「組み合わせ型」が指向されているのかとさえ感じます。「教育の質保証」が盛んに叫ばれることからも明らかなように、教育プログラムの評価を受ける際には、国際標準や世界標準になっているかが必ず問われます。3つのポリシーの策定や、コースツリー・ナンバリングの整備、さらに複数学位・国際共同学位プログラムの推奨においても、教育のモジュールを効率的に組み合わせることで質の保証された人材育成を効率的に進めることが企図されているように感じます。しかし教育の難しさは、効率性の追求だけではなく、同時に多様性を担保できるものでなければならないことです。現在実施している博士課程教育リーディングプログラムや、その後継プログラムと目される卓越大学院プログラムでは、文理融合による学際教育や、複数部局、複数の大学や研究機関との連携による分野横断型教育の推進が求められています。これを忠実に実施に移すとなると、異なる組織や学術分野の間でのバリアが少なからず存在します。これらを一つ一つクリアしながら、かつその理念を根付かせて行くためには、教育現場での擦り合わせ抜きには実現し得ません。労力と時間を要することではありますが、共通するところを取り出し個別の差異を認めるという原則に立ったゆるやかな標準化の道を探らなければなりません。

同様の傾向は、産学連携研究においても見られます。包括連携協定に基づく産学連携研究というスタイルがありますが、従来の大学の一研究室と会社の一部門との間での「おつきあい型」から「包括的契約」と称するような形態、すなわち企業側の中でも一部門ではなく複数の部門を集め、また大学の方からも単一の研究室だけではなくて複数の研究室が連携して協力し合いながら、組織対組織という形での産学連携のスタイルが推奨されつつあります。しかし、このような産学連携が成功する鍵、少なくとも京都大学でこのようなスタイルが上手く機能するためには、企業側からの動機のみではダメで、またトップダウンの組み合わせ型でのプロジェクト編成では決してうまくいきません。大学の研究現場の側からの自主的な組織化とグループへの取り込みがダイナミックに進まないことにはプロジェクトは続きません。そこで求められるリーダー像は、トップダウンに研究開発のリーダーシップを発揮できるプロデューサー型ではなく、個々のベクトルがバラバラになりそうな場合にベクトルを合わせて目標達成に向ける役割を担えるディレクター型のリーダーです。海外でも、例えば私が20数年前に長期滞在した米国スタンフォード大学では、当時大学自身がいろんな分野に分化され、非常に幅広い分野が、個別に広いキャンパスの中で研究開発が進められてきていました。そこで専門分化とその閉鎖性に危機感を持った教員から、横断的に学際的な研究開発のプロジェクトをやろうではないかというのが発端でプロジェクトが開始され、そのためのファンドを企業から取ってきて集めておいて、そのファンドを大学の研究者が取りに行くというスタイルで進められていたことを憶えています。

いま私たちには、さまざまな大学改革の波が押し寄せてきています。これをピンチと捉えるのではなく、チャンスに変えられる知恵が必要です。昨年度から開始された学域・学系の教員組織の再編も、単純に定員削減への対応策としてではなく、基盤的な学術分野における教育研究を発展させつつも多様な学問的・社会的ニーズに対応した学際分野・新学術分野の創成に繋がる仕組みとして活用していかねばなりません。そのためには、擦り合わせ型と組み合わせ型の双方のメリットを生かせる組織・事業のデザインが鍵になるでしょう。

私が専門とするシステム工学の分野では、いま来るべき超スマート社会を実現する技術の基盤として、「システムのシステム(System of Systems)」という概念が注目されています。その定義は、

  • 構成要素のシステムはそれ自体が独立した機能を果たすための自律的な活動の機構をもつこと
  • 個々の要素システムは、全体システムの中での機能を果たしつつある間も、本来の自律的な機能を果たし続けること
  • 構成要素システム相互の間の情報の流通が可能で、その運用管理を共通に行えること

を満たす複合システムです。その特徴は、複数のシステムが組織的に集合することで、個々の構成要素システム単独では持ち得ないしたたかさ(強さ)が創発されることであり、さらに外部からの要求の変化に対してしなやかに適応できること、の2点に集約されます。

今後も、変わりゆく社会や大きな大学組織の中にあって、工学研究科・工学部がしたたかかつしなやかな部局であり続けられるように、学生・教員・専攻群・事務職員・技術職員の総合力が発揮できる部局運営を目指し、他の執行部の皆さんとともに研究科長を支えながら頑張っていきたいと考えています。皆様のご協力とご理解、ご支援を賜るべく、切にお願い申し上げます。

(教授 機械理工学専攻)