巻頭言

変化の激しい時代に

副研究科長 林 康裕

林先生写真はじめに

今年度より、北村隆行研究科長の下、工学研究科の運営委員のメンバーとして、活動させていただくことになりました。評議員の大嶋正裕副研究科長が実質的に教育を取り仕切られているなか、博士進学率の向上という難しいミッションを頂いています。ただ、4ヶ月経っても、慣れないことばかりで、各系・各専攻の専攻長・学科長の先生方や事務の方々のお名前と顔を一致させることに四苦八苦している状況です。そのような状況で、工学広報の巻頭言の原稿を依頼され、正直、困惑の色が隠せません。そこで、私の思い出や日頃から考えている事について、記述させていただくことでご容赦いただくことにしました。ご批判・ご教示を頂けましたら幸いです。

企業研究者時代を振り返って

私は、京都大学大学院工学研究科建築学専攻を32年余り前に修了し、スーパーゼネコンに16年間勤務しました。京都大学でお世話になって16年が経ちましたので、ほぼ同じくらいの期間、民間で研究職をさせていただいたことになります。私が研究職についた経緯と企業での研究環境についてお話したいと思います。私は、研究者は向いていない、その能力も無いと自己評価していました。大学教員になるなど思いもよらず、スーパーゼネコンで構造設計をするものとばかり思っていました。そんな私に、ある日、指導教授に希望就職先を聞かれましたので、名前を告げると、2~3日後には、「◯◯常務に、電話しといたから、、、」と告げられました。私の就職活動は、ほぼこれでおしまいという、非常に大らかな時代でした。ただし、部長面接時に、研究発表と質疑応答を行った後、研究職はどうですか?と聞かれました。当時の私は、給料を頂いて働く以上、社命には従って、降ってきた仕事を拒むべきではないと思っていましたので、勢い、「配属されれば、一生懸命やらせていただきます。」と、答えてしまいました。後日、部長からお聞きしたところによると、その時の一言が、私を研究者にしてしまったようです。といっても、それだけでは企業の一研究員で終わったと思います。私が現在の立場になれたのは、研究環境が素晴らしかったおかげと感謝しています。

入社後、配属された部署は、大崎研究室というところでした。大崎研究室は、東京大学名誉教授の大崎順彦先生が副社長に就任され、副社長直属の研究室としてスタートして間もない頃でした。後に、全国の主要大学に数多くの教授を排出することとなります。大崎研究室のどこが恵まれた研究環境であったかというと、a) 35歳以下の若い研究員が社内から集められ、優秀な先輩や同期に囲まれた競争環境でした。b) 自由に研究テーマを決められましたが、厳しい議論に耐えられる研究成果が求められました。特に、研究室内の議論は、社外での議論よりもかなり厳しい緊張感のあるものでした。最悪の場合には、研究者としての資質を疑われ、大崎研究室に居づらくなるケースすらありました。プレゼンテーションを行う時に、とても緊張したことが今も忘れられません。そして、大崎順彦先生の訓示で印象深かったことは、c) 研究は社内に向かってするのでなく、社会に役立つ研究をしなさい。そして、国際的にNo.1の研究成果・研究者を目指しなさい、d) 受託研究と自主研究の比率は50:50を目指しなさい、です。私は、社内に貢献することを考えなくて良いというお言葉の意味を、当時は理解できていませんでした。大崎研究室には、修士出て間もなくの研究員から助教クラスの研究員までが、実務という社会のニーズに触れながら、自分たちの発想で新たに研究テーマを設定し、最先端の研究を目指してお互いにしのぎを削る姿がありました。そして、目先の成果を求めて雑務に振り回されるのではなく、長い目で優れた人材育成を志された大崎先生の卓抜したリーダーシップがあったように思います。

多様性と運鈍根

企業の平均寿命は30年と言われ、企業の栄枯盛衰が指摘されたのは、私が京都大学で大学院生活を過ごしていた頃でした。当時は、第二次石油危機を経て「景気が底」、「建設業冬の時代」などと言われた時代でした。その後、日本は景気が回復してバブル期とその崩壊を経験するわけですが、名だたる企業の合併・買収・倒産が繰り返されていきます。最近では、時代の変化を反映してのことでしょうか、企業の平均寿命は25年に減少したとも言われています。

短命化は、企業だけでなく大学も例外ではありません。第2次ベビーブーム世代の18歳人口が205万人に達した1992年頃、地方分権と規制緩和の方針の下、1991年に大学設置基準を大幅に大綱化したことが私立大学の大幅な増加を招きました。その後、18歳人口は減少を続け、2009年には121万人に減少しました。現在は、概ね横ばい状態ですが、2018年には再び減少に転じ、15年後には100万人を割るとも言われています。このような状況が故に、大学入試や大学教育などの「高大接続改革」、KPI(Key Performance Indicator)などの指標で大学の活動を測り、IR(Institutional Research)を行った上でPDCAサイクルを回すなど、生き残りを模索しようとする動きが盛んになっているようです。

一方、人口減少と国際化の波の中で、ビジネスの世界では多様性(ダイバーシティ)が重視されています。人種、国籍、性別、年齢を問わず、人材を活用することで、ビジネス環境の変化に柔軟かつ迅速に対応できると言われています。しかし、教育・研究の場にも、多様性が必要ではないかと思います。もちろん、18歳人口の減少で、外国人・女性の力を活かさなければ、今後の大学の活力を維持出来ないことは明白です。しかし、単に人口減少に対応する戦略として多様性を考えるのではなく、世界をリードする教育研究機関を目指す大学であるがゆえに、多様性を重視すべきです。

すでに脚光を浴びている先端の研究も良いと思います。しかし、現在の先端分野は、恐らく30年後の先端分野では無いでしょう。現在、時流に乗って持続的発展を支えるイノベーションは、遠くない将来に普通の技術となるでしょう。研究分野の栄枯盛衰はつきものですし、時流が変われば研究分野も寿命を迎えかねません。若い研究者や技術者が、時流を追い求め続けることも良いのですが、それだけでは不安です。学生がリーダーシップをとる年代になったとき、時流は変わっている可能性が高いのですから。未来の先端技術や未来の持続的発展を支えるイノベーションにかける勇気を持つことも重要に思います。さらに、時流とは関係なく継承・発展させていかなくてはならない研究領域もあります。つまり、研究領域に多様性が必要です。そして、時流に乗り続けるにしても、新たな時流を創りだそうとするにしても、時流とは関係なく研究を続けるにも、運鈍根(根気と鈍感力)が必要に思います。変化の激しい時代だからこそ、多様性と運鈍根が必要ではないでしょうか。

英語学習と博士進学のすすめ

学生が就職活動を行っているのを見て、どのようなキャリアパスや仕事が企業で用意されているのか、正しく理解していないのではないかと感じることが少なくありません。しかし、そもそも入社していない企業の実状を正しく認識することは容易でなく、限界があります。また、入社する前に正しく把握できている事がそれほど重要であるとも思えません。学生が理解出来ていたところで、企業においては、キャリアパスや仕事内容に対するこだわりが強すぎれば、その人材を求めないと思います。また、企業を取り巻く環境は厳しく、現時点でのキャリアパスも空手形となる可能性も否定できません。むしろ、社会の変化や企業・所属部署の置かれている状況を適切に分析し、ブレークスルーに繋がる課題を設定できる力(問題発見力)や、臨機応変に対応できる柔軟性や問題解決力が必要と考えています。人口減少が進む中、優れた人材はどの企業でも欲しいものです。また、変化の激しい世の中で、どの組織に所属するかが重要ではなく、所属組織が如何様になっても、生きていける技術や存在感を持つ人材でいつづけられるかが重要であると思います。より良い会社を選ぶために悩む時間を費やすよりも、30年後にリーダーシップをとれる人材となれるように、まずは自分の能力と付加価値を高めるためにより多くの時間を費やして欲しいと思っています。具体的には、英語学習と博士進学です。

ICTに伴って国際競争力を有するグローバル人材の育成が重要となっています。文部科学省が定義するグローバル人材の要素は、(要素I)語学力・コミュニケーション能力、(要素II)主体性・積極性、チャレンジ精神、協調性・柔軟性、責任感・使命感、(要素III)異文化に対する理解と日本人としてのアイデンティティー、だそうです。要素IIやIIIについては、いろいろな考え方がありそうですが、少なくとも、これからの学生や教職員には、語学力やコミュニケーション力が必要となりそうです。運営会議の国際化対応WG(主査:三ヶ田均教授)では、京都大学の工学部生や工学研究科大学院生を対象とした、外国語スクールによる学内での実践英語スキルトレーニングQUESTを10月から開講しようと準備されています。グローバル人材としての最も基礎的な要素である語学力・コミュニケーション能力向上の取り組みが始められているのです。学生諸君には、是非、積極的に取り組んでもらいたいと思います。

今ひとつは、博士進学です。現在、大学が抱える課題は、我が国が抱える財政難、経済の低迷、人口減少に起因し、特に、後者は、経済の持続的発展をリードする人材の育成や新たな産業の創出を行うイノベーションを、経済界が大学に対して求めるようになったからであると理解しています。先端研究だけでなく、技術・社会・経済などをリードする人材の育成は、大学こそが担っています。しかし、企業は経済情勢の急激な変化に対応して生き残っていくために、長期的な視野に立った基礎研究を持続しにくくなっています。このため、若手の企業研究者は地道な基礎研究が続けにくく、研究実績も積み重ねにくくなってきています。そして、将来の先端研究は、企業から生まれにくくなってきており、イノベーションは大学が主体的に担っていく時代が来る可能性があります。企業の中で中心的に活躍するにしても、将来のイノベーションを大学側から支えるにしても、まずは、博士進学を通じて基礎的な研究力・技術開発力を向上させてみては如何でしょうか?以前よりも受け入れ可能な企業は増加していると認識しています。

さいごに

社会も企業も大学も不確かな状況ではありますが、学生が前向きに立ち向かっていけるように、学生に勇気や喜び体験を与えることこそが重要であると思います。時には、社会に出てからでは出来ないような失敗経験も必要でしょう。学生達は、しっかりと教員を見ています。雑務に疲れ果てている教職員を見て、その世界で生きていこうとは思わないでしょう。まずは、教職員が、生き生きと活動できている所を見せられるかどうかが重要に思っていますので、私なりに取り組んでいきたいと思います。ヒントは、近江商人のポリシーである「三方よし」にあると思っています。三方よしは、世界的ベストセラーであるスティーブン・R・コヴィーの著作「7つの習慣(1989)」などで広く知られる用語「Win-Win」にも通じる考え方です。つまり、教職員よし、学生良し、社会よしの立場に考えていきたいと思います。

(教授 建築学専攻)