我が研究室の小さき国際化、小さき国際交流、そしてカントリーリスク

副研究科長 大津 宏康

大津 宏康この10 年来、東南アジアの国々、特にタイ・ベトナムとの学術交流を推進してきた。私が東南アジアの国々との関わりを持ったきっかけは、1998 年5月~1999 年5月の1年間国際協力事業団JICA(現国際協力機構)の長期派遣専門家として、アジア工科大学AIT(Asian Institute ofTechnology、以下AIT)へ派遣されたことである。AIT は1959 年にタイ・バンコクに設立された国際高等教育機関で、タイのみならずアジア諸国を中心とした世界各国からの学生が学んでいる大学院大学である。AIT のWeb1)によれば、現在在籍する2,300名の学生の国籍は50 ヶ国以上、また18,000 名を超える卒業生の国籍は80 ヶ国を上回っているように、多国籍の高等教育機関である。私は、派遣期間に講義を担当するとともに、4名の修士課程の学生(タイ国籍3名、ベトナム国籍1名)の修士論文、および2名のタイ国籍の博士課程の学生の博士論文の指導を担当した。

1999 年の京都大学に帰任以降、AIT で構築した人的ネットワークを通じて、東南アジアの国との学術交流を開始した。その具体的な交流内容としては、現地の大学・研究機関と共同でシンポジウム・ワークショップを継続的に開催することから始めてきたが、ここ数年は京都大学グローバルCOE プログラム「アジア・メガシティの人間安全保障工学拠点」(2008 年~ 2013 年;以下、GCOE-HSE プログラム)に関連して交流を推進している。同プログラムの基本思想は、「徹底した現場主義」であるため、現地のニーズに対応した共同プロジェクトを実施している。現在進行中の研究プロジェクトは、昨今日本で頻発しているゲリラ豪雨と呼ばれている局地的集中豪雨と、熱帯性豪雨のスコールとの降雨特性の類似性に着目して、豪雨時の斜面崩壊メカニズムを原位置での計測結果により解明するものである。実際には、このプロジェクトは2007 年9月より、GCOEHSEプログラムに先立ち、AIT およびカセサート大学(タイ)と共同で、タイ・ナコンナヨックの道路斜面で原位置計測を開始した(写真- 1参照)。2010 年2月からは、共同研究として西日本高速道路株式会社の協力も得て、タイ・ナコンナヨックでの原位置計測を継続するとともに、2011 年5月からはタイ・プーケットのタイ運輸省道路局DOH(Department of Highways)が管理する国道に隣接する斜面での原位置計測を開始している。

我が研究室の小さき国際化

写真-1 ナコンナヨック原位置計測サイト

2007 年以降、本プロジェクトは、タイの大学との共同プロジェクトであるため、自分の研究室の修士課程・博士課程学生の多くを現地計測に派遣し、現地との学生との共同作業を実施してきた。現在までの学生の派遣実績は、延で10MM2)を上回っている。

昨今、「日本人学生は内向き志向でひ弱」であると指摘されることが多い。このような状況を踏まえて、周囲からはこのような海外、特に開発途上国への派遣を、学生は嫌がるのではと質問されることが多い。しかし、これまでの所、私の研究室の学生は、喜々としてタイでの現地学生との共同作業を実施しているようである(写真- 2参照)。

我が研究室の小さき国際化

写真-2 タイの学生との共同作業の状況写真-

このような現地作業に際しては、学生の安全を図るために、私を始め研究室のスタッフが同行するように努めている。このため、現地滞在中には、学生と色々な話をする機会が増える。その際に、私は現地で作業する自分の学生は十分逞しいと感じているので、学生に「本当に京大生は内向き志向でひ弱か?」ということを問うことが多い。これまでに得られた学生の意見を集約すると、次のようなものであった。すなわち、「確かに内向きで安定志向の学生もいるが、その一方でリスクを恐れずチャレンジングな学生も多く、2極化している」ということである。そして、チャレンジングな学生は、将来職を得て、海外へ赴任することも厭わずという。もちろん、学生の経験不足の勘違いと切り捨てることは簡単である。しかし、このようなチャレンジングな学生の志を損なうことなく、実際の海外での経験を与えることで、その進路を広げていくことも、我々教員の使命であると感じている。

私の所属する地球系専攻の土木工学分野では、昨今政府主導でインフラ施設の海外輸出が促進されつつある。また、国内建設市場の収縮により、海外建設プロジェクトへ参画する機会が増加しつつある。なお、こうした土木部門の海外進出のターゲットは、欧米等の先進国ではなく、東南アジアに代表される開発途上国であることは言うまでもない。周知のように現状での我が国の土木建設部門の海外進出は、苦戦していることが多い。その主要因としては、日本人が苦手とする契約システムの違いに起因することが多いとされている。もちろん、これも一つの要因ではあることは間違いないが、私の経験では最大の要因は、カントリーリスクであると思われる。ここで、カントリーリスクとは、海外でプロジェクトを実施する際には、その国あるいは地域に固有な政治的状況およびマクロ経済状況に加えて、文化的および宗教的な習慣等の違いが支障となる要因を総称するものである。言い換えれば、日本人の特性として、日本固有の文化的習慣に固執するあまり、他文化および他国・地域の価値観には歩み寄れないという課題があると言えよう。高度経済成長期に物心がつき、“Japan is No.1”という固定概念が身に染み
ついた世代が、開発途上国を対象とする場合には、この傾向が特に顕著であるようである。

これに対して、現在の学生は、物心が付いた時がバブル崩壊後の失われた10 年と呼ばれる時期であり、“Japan is No.1”を実感したことがない世代である。その意味では、現在の学生の方が、異文化および日本と異なる価値観・倫理観に馴染むことに適していると考えられる。また、「鉄は熱い内に打て」ではないが、若い時代に泥臭い現地経験の機会を与えることは、本当の意味での国際交流ではないかと思うに至っている。

まさに、本年3月11 日に発生した東日本大震災は、復興に数年の時間を要すると推定されている。誤解を招く表現を敢えてすれば、これから日本は以前に比較して、確実に「貧しい国」になることは間違いない。

このような状況を踏まえて、我々京都大学の教員は、次世代の逞しいリーダーとなるべき京大生を育てるためには、規模・レベルの高は問わず、京大生に国際経験を与える国際交流の機会を作り出すべきであると考えている。英語能力を高めることの重要性は否定しない。国際学会で発表する機会を増やすことの重要性は否定しない。しかし、今我々に問われていること、すなわち国際競争力を有する学生を育成する上で問われていることは、英語でプレゼンテーションできるだけではなく、質疑応答すなわちディベートの能力を有する学生を育てることである。さらに、言葉は文化である。ディベートを行う上での、日本と異なる文化の背景を理解できる素養を習得させることである。

以上に述べた、東南アジアの国々との学術交流の推進は、10 年間という時間を要して実現させてきた、我が研究室の小さき国際化、そして小さき国際交流と位置づけられる。この交流を第一フェーズとして、今後の発展を目指して継続するとともに、その活動範囲を拡大させていきたいと考えている。特に、カントリーリスクという概念について、身を持って理解できる学生数を増やしていきたいと考えている。

(教授・都市社会工学専攻)

1) AIT のWeb ページ:http://www.ait.ac.th/about( 平成23 年7 月現在)

2) MM:Man-Month(人・月)は、国際プロジェクトで用いられる投入資源数を表す単位