変化の中で何を守るか

工学研究科長・工学部長 大嶋 正裕

OhshimaPhoto.png 最近、よく夢を見る。悪夢である。妖怪や宇宙人に追いかけられるのだ。ググってみると、だいたい想像はついていたが、そういう悪夢は将来や人間関係に対する不安を象徴しているらしい。
 私は、元来、人見知りであり、社交的な性格でもない。「週休2 日はどうした!」という妻の厳しい視線に耐えながら、土曜日や日曜日に実験室にこもり、一人で、あるいは学生たちとデータを取りながら過ごしている時間が至福という人間である。
 運営会議のひとりの委員としてこれまでの数年間研究科長のハードワークを間近で見聞きし、これからの2 年間は実験に当てていたその間さえも取れなくなるかもしれないと思うと、いよいよ妖怪の数が増すような気がする。しかし、そんな私がこのたび工学研究科長・工学部長に選ばれたのには、皆様の期待や、何かしらの意味があるのであろうから、微力ではあるが、それぞれの課題に真摯に取り組み前向きに責務を果たして行きたい。
 取り組んでいかねばならない課題は山積しているように思う。どういうわけか、毎年新たな課題が生まれてくる。学部に関してすぐに思い浮かぶ課題だけでも「吉田カレッジの学生の受け入れと教育体制の確立」、「平成32 年から導入される新センター入試の活用の在り方」、「第一志望・第二志望の制度」など、また、研究科においては、「桂図書館(エリア連携図書館)の建設と運用の在り方」、「材料工学専攻の桂移転」、「留学生の宿舎」「財政問題」、「卓越大学院申請」、細かいところでは「留学生の内数・外数に絡む留学生の受け入れ・教育体制の整備(寮も含む)」や「単位の実質化」などなどがある。化学系と工学基盤教育研究センター(旧グローバルリーダーシップ教育推進センター)で進めてきた1.5単位化は、各系の理解を得て、可能な限り展開できればと考えている。これは、教務課の方々の労力を増やして、大変な迷惑をかけると思うが、教員と学生の活動の自由度は確実に上がると信じている。
 北村先生(前研究科長)が取り組み始められた教員や学生へのメンタルケアも学部・研究科を通じて重要な課題である。また、「住みよい桂キャンパスの中長期施設計画の策定」にも積極的に取り組んでいきたい。「京都大学の特長をさらに伸ばす取り組み」をしていきたい。ふと、今まで、学部の教育制度委員会で議論してきた問題とその問題解決のための努力を考えてみると、“落ちこぼれの学生を可能な限り少なくする”ため、“学生の平均的な成績を上げる”ためのルールや施策づくりであったように思う。その努力の必要性・重要性は、今後も変わるものではないが、しかし、本学には優秀な学生が多く入学してきており、それらのトップクラスの学生をもっともっと伸ばすことに注力しても良いように考える。私は「卓越大学院」構想をその一つの試みとして位置づけたい。国からの予算の獲得も大切だが、それを第一義とするのではなく、夢多きいろいろな可能性をもった後世(学生)を、いかに育てるかということに理念をもった自発的な取り組みとして動きたい。
 伊藤先生(元研究科長)が、4 年前の工学広報の巻頭言で述べておられるように、大学を取り巻く環境は大変厳しい。4 年の間にその状況は変わらず、運営予算は削られ、定員も削減が続く。一方で、教職員の業務は増える。大学で生きる我々にとっては、状況は、決して、楽な方向には向かっていない。昔、「大学教授は3 日やったらやめられない。だから教授目指して頑張るように」と激励をされたことがある。最近では、3 日もやったらやめたくなるようなときがある。また、緊張で教壇に立つことが苦であった私に「授業は、お経をあげているようなもので、その対価としてお布施(授業料)をもらっている」と、励まし(?)の言葉をかけてもらったこともあるが、今思えば暴言ととられかねないような表現である。今や、アクティブラーニングや反転授業とかの時代である。事実、高校でアクティブラーニング形式の授業を受けてきた学生たちが、大学に入ってきて、旧態依然とした、お経を聞くスタイルで授業に満足するはずがない。しかし、一方で、クリッカーを授業に導入してクイズ形式で授業をすれば、それがアクティブラーニングだと言えるのかというと甚だ疑問である。我々も教授法を勉強していく必要がある。
 課題解決のために何かを変えようとしたとき、また、新たな取り組みをしようとするとき、やはり、そこに注がなければならない我々の時間とエネルギーは必要となる。変えようとしなければ、そのエネルギーや時間が不要なため、当然、楽である。しかし、“祇園精舎の鐘の声…”ではないが、世のなかは常に変化している。その変化のなかで、何もしないで現状維持でよいはずはない。何もしなければ退化という変化が待っている。その変化に応じて我々も変化(進化)していかねばならないのも現実である。ただ、現場を知らない一部の評論家のほんの思い付きの理想論や、改革することが先にありきの施策や、軽佻浮薄な社会の大学感に迎合するかのような変化はすべきでない。“進化することを前提に何を変化させないか、守るのか”をしっかり議論し皆で考えるべきだろう。
 やはり、我々、工学研究科・工学部とっては、一流の研究を行い、一流の人材を育てること、研究の辛さ、楽しさや喜びを学生に伝え、後世を育てていくことが一番大切であろう。すこしでもそのために工学研究科長・工学部長として貢献できるようにしたい。
 そして、“京大の工学研究科・工学部の今の○○な状況は、平成最後の年度に始まった変革のお蔭なんだよ”と後世の人たちに言ってもらえるようなことを一つでも残せればと思う。そのために「理想を目指して最善を尽くしたい。」しかし、一人では、なにぶん非力であり、やれることにも限界がある。皆様のご協力とご支援を深くお願い申し上げる次第である。

(教授 化学工学専攻)