大学の国際化についての雑感

青木 謙治

青木 謙治3月末の定年退職を目前にして、工学広報への原稿執筆依頼を頂きました。差し支えの有無や執筆の諾否は聞かれていませんので、これは大学を卒業していくに際しての義務であろうという理解のもとに、標題のような雑感を書かせて頂くことにしました。

まず、国際化、グローバル化の意味についてですが、企業の国際化・グローバル化は明快で、例えばわが国の基幹産業である製造業(自動車、電機など)では、「共通の国際的な競争ルールのもとにグローバルな市場を対象にして、製品を供給し利潤をあげるシステムにその企業を組み込んでいくこと」と言えるでしょう。この際、その企業組織の盛衰は生産拠点が日本国内にあろうと、海外であろうと、また主たるマーケットをどこに求めようと、それはコンプライアンスをも含めた企業戦略と経営判断に帰するものであります。さらにこのようなシステムに適合できなかったプレーヤーは市場から退出することになります。

一方このような製造業とは異なり、海外現地での活動を基本とする業種について、プラントエンジニアリング分野では長く海外での実績を挙げてきております。しかしながら例えば建設産業などのインフラ整備に関わる分野では、必ずしも海外で成功しているとは言えないようです。日本の建設技術、たとえばトンネル技術は世界一であるとか、高速鉄道や原子力発電に関しては耐震技術と共に極めてその技術力は高いとか、言われて久しいようですが、最近の新興需要国で広く受け入れられているという現実は残念ながら少ないようです。誤解されることを覚悟で極言すれば、所管官庁による規制というより手厚い庇護を受け続け、日本国内でローカルルールのもとに十分生存可能であったなら、ガラパゴス現象ではありませんがあえて外に出て行く必要性も無かったし、逆に最近のように必要に迫られて、異質の環境下に出て行った場合、適応できないのは自明の理だとも思えます。このことは、最近よく耳にする我が国をアジアのハブ化になどというビジョンは現実的なのかということにも関連して、今は日本国内でのみ通用する優位性幻想から離れて、現実を直視すべきことを示唆しているようです。

さて、それでは大学の国際化、グローバル化とは何かということですが、学術の世界での国際交流は古くから進められてきている話であって、今改めて議論すべきは、最近のグローバルな社会的環境の変化と日本の置かれた現状及びその将来に対して、何を考え、何をなすべきか、ということでしょう。学術の世界の国際化・グローバル化は、企業の経済活動のグローバル化とは全く異なる次元の話であり、「人類および地球そのものが直面する課題を解決する為に、グローバルな協調のもとに、最大の成果を挙げられるようなシステムを構築していくこと」とでも言えるかと思います。その為の具体策として、例えば2008年1月にリリースされた「2020年までに30万人の留学生を受け入れる」という目標はそのひとつの施策ではありますが、私自身はこの種の問題は量で議論する話なのかという疑問を持ちます。何故なら一般に数値目標はあくまで数値目標にしか過ぎないのであって、明確なビジョンを欠いた目標は往々にして目的と手段の混在、混同、手段の目的化を招きやすいという危惧があるように思います。もちろんのこと、このような施策自体は全くもって重要であるし、実現化のプロセスにおいて得られるメリットも極めて大きいことは事実であります。余談になりますが、工学研究科の桂キャンパスは研究・教育の施設としては素晴らしい環境にありますが、若い学生の教育という面で、私は吉田、百万遍界隈に比べてクリーンすぎるかなという印象も拭えません。しかしながら、この場所に多くの留学生を受け入れることで、学生諸君が日常的に文化的多様性というものを実感しながら勉学を続けること、さらに優秀な留学生の受け入れは研究の一層の活性化をもたらすであろうことなど数多くのメリットが期待されます。

一方、2020年という期限そのものは大きな意味を持たないように感じております。すなわち、このような国際交流、国際的な学術、人的ネットワークの構築は持続的であることが必須でありましょう。持続性という観点からすると、今ひとつ重要なことは留学生の受け入れに倍して日本人学生の海外への派遣を大幅に増やすことが挙げられます。(ここでいう海外は欧米だけではなく、特にアジア諸国が重要なカウンターパートであります。)留学生受け入れに倍する派遣支援策の強化・拡大が語られないと、双方向という交流の意味が本来的に成り立たないようにも感じます。大学としての留学支援の仕組みは今でも十分機能し成果を挙げていることは十分認識していますが、釈迦に説法を承知で申し上げると、長期的な視点から見れば、カウンターパート国での拠点の設置という「点」と定期的な交流という「線」を例えば東アジア全域というエリアへの拡大を図りネットワークの維持・拡大を続ける為にも、日本人学生や若手教員の派遣拡大策もあわせて議論されるべきかと思います。

さらにシンガポール、マレーシアなどは、明確な国家戦略のもとに、アジアの金融、エネルギー、観光、学術の中心としての拠点形成を急いでおり、早晩大いなる機能を発揮するように思えます。我が国がグローバルな観点で、ポピュリズム、パフォーマンスから離れて現実的な国家戦略を早急に策定し、実現すべき理由もここにあると思います。幸い京都大学では古くからCSEAS やDPRI などの研究機関が東南アジアでの圧倒的なプレゼンスを構築されているのは大学としての大きなアセットであるでしょう。さらに国のレベルで考えてみると我が国のエネルギー安全保障と社会、産業基盤の維持の為のエネルギー、資源確保は緊急の政策課題のひとつであります。周知の通り、エネルギー、金属資源は最近とくに戦略物資としての位置付けが強まっており、その調達には相手国に対するインフラ整備も含めた国家の総合力をあげた取り組みが要求されております。この中で、我が国が果たせる大きな貢献としての高度教育・研究の交流という分野は、最も強力な手段のひとつでもありましょう。

私自身はここ10年近く、ASEAN 諸国での工学教育高度化プロジェクトやその他相手国政府からの要請で、アジア各国の学生、教員の皆さんと様々な交流を行ってくるなかで、上に述べたような必要性を強く感じ続けてきました。一例としてインドネシアGadjah Mada 大学で指導したベトナムからの博士学生の学位審査の模様を文末に添付しましたが、学位授与の絶対数が少ないこともありますが、3年間の研究指導と、最終段階でのひとりについて長時間にわたる審査を通して学術的には当然のこと、本人の哲学・見識を問い、学生は即座にそれに答える能力が要求されるという、ある意味でお互いにとってエキサイティングな場を数 多く持ちました。特にVLC & M と称される諸国からの留学生の、エネルギー、環境、防災、都市インフラなど広範な分野での国家的な視点での取り組みに対する強い意欲が印象的でありました。

GMU 博士学位審査の模様

GMU 博士学位審査の模様(2009.6)
(中央がGMU 工学研究科長、左端筆者)

また、アジア各国の若い学生、教員は「京都という土地に存在する素晴らしい学府としての京都大学で学びたい」という強い熱意には常に感じ入るものが有り、京都大学の高い学術レベルを支える基盤としての京都という街の歴史的・文化的な吸引力は代替不可能な資産であると思います。現実問題としては、受け入れた留学生の日本での研究生活の継続あるいは就労の希望に対しては障壁が有るようですが、これらのバリアを取り去り、また彼らが帰国したあとのフォローアップも含めた交流の持続性の維持が待たれるところです。

非才を顧みず雑感を述べさせてもらいましたが、40年前に京都大学を出てカナダバンクーバーで学び(今偶然にも冬季五輪がされていますが)、産業界での経験を経てキャリアの後半を教員として過ごさせてもらった京都大学において、多くを学び、考える時間を頂いたことに厚く御礼申し上げます。

(名誉教授 元都市環境工学専攻)