桂キャンパスへの移転(建築学専攻)

渡邉 史夫

桂キャンパスへの移転工学研究科建築学専攻は、長年住み慣れた吉田キャンパスを離れ、平成16年(2004年)9月、桂に新設された総合研究棟Ⅳに移転した。それまでの狭隘な吉田キャンパスでの教育・研究環境が一気に改善され、すばらしい環境の下で新たな出発を迎えた。

吉田キャンパスの建築学教室建物(旧館)は、武田五一教授**(意匠・計画)と日比忠彦教授(構造)が設計し、大正11年(1922年)6月5日に竣工した鉄筋コンクリート造地上2階地下1階の建物で、82年のながきに渡り、教育・研究の場として、多くの先人たちを輩出してきた。また、建築文化遺産としての価値も高く、京都大学における保存建物の一つに指定されており、今後共に建築学科の歴史を語る証人とし存在し続けるであろう。

さて、桂キャンパスの建築学専攻建物の基本設計(マスタープランの作成)が始まったのは平成13年(2001年)12月であったと記憶している。予算措置がなされた後、実施設計に移ったわけであるが与えられた期間は約3ヶ月と短期間であるとともに種々の改善すべき問題を含んでいたため、基本設計の大幅な手直しが必要であった。この作業には、設計責任者である施設部の坂上定敬氏、大塚正人氏及び岩田幸三氏、日建設計の川島克也氏及び大谷弘明氏、建築学専攻の岡崎甚幸教授及び柳沢和彦助手が、また、建築学専攻の責任者として上谷宏治教授があたり、平成14年3月には実施設計の骨子が定まった。同年8月には、総床面積8638.56平方メートルの建築学専攻建物の建設が始まり、平成16年(2004年)3月に竣工し大学側に引き渡された。また、附帯設備や備品類の調達は竹脇出助教授が担当した。

桂キャンパスへの移転桂キャンパスの在るべき姿に関して、桂キャンパス作業部会の建築景観WG報告書は、「大学キャンパスに求められる研究及び教育環境とは、その立地する周辺環境と調和した格調高い景観及び整備された施設によって、そこに学び研究する人々に学問の崇高さと喜びを与えると共に教育・研究の場としての利便性を与えるものでなければいけない。また、社会に範を示すべき立場にある大学としては、利便性のみでなく、エネルギーの削減及び地球環境への負荷低減を考慮に入れたキャンパス計画を策定しなければいけない。一方、桂キャンパスは、周辺に数多くの名勝を持つ自然豊かな丘陵地帯であると共に、京都市民の住宅地が広がる閑静な地域であり、このような周辺環境との調和を十分に考慮しなければいけない。また、開かれた大学として地域に受け入れられるものとする必要もある。」と述べている。建築学専攻建物における基本設計の見直しと実施設計及び建設は、この基本理念に従って行われた。以下、どのようにして実際の設計が進められたのかを述べる。

桂キャンパスへの移転建築学専攻建物に関する当初のマスタープランでは、Aクラスターと同様、実験室の配置が主とされ、教官室など人が常時いる諸室が北側に配置されていた。この環境条件を改善するために、平成14年の正月休みを返上して岡崎甚幸教授及び柳沢和彦助手等が新たな案の策定を行った。

建築学専攻建物の建設されるCクラスターの敷地は北と西に向かって登り勾配と成っており、敷地南側と北側との高低差は20メートル近くにまで及んだ。Aクラスターと違って、敷地北側周辺には住宅が建ち並んでおり、大きな建物群をそのまま地表に出し住宅街から南の眺望を遮ることのないような建築計画が求められていた。従って、敷地北側を20メートル近く掘り込み、擁壁を構築してその南側に建築を建てることになるので、通常の研究室や教官室では北側の眺望が極めて悪くなる。そこで、教官室や研究室のある棟を南と東にL型に配置し、北には擁壁と反力壁を一体とした巨大な構造・材料実験室を配置した。地階のほぼ全面には機械室と環境実験室を配置した。棟の中心には中庭があり、その中にガラス張りの大会議室やデザインラボが置かれた。この中庭は大会議室やエントランスホールとガラス越しに一体化することにより、展示や学会などのイベントにも対応可能である。さらに各階の廊下はT字型に構成され、それぞれの突き当たりには大きなガラス面を配置し、外部への視野を確保した。西のガラス面からは、京都の町をはるかに望むことができ、これによって建物内での方位や位置を知ることができる。

このような室配置の見直しがなされるのと平行して、建築学専攻建物も含めたCクラスター全体のマスタープラン見直し作業が行われ、Cクラスターに建設される建物群を当初より規模の小さなものの集合に変更し、各居室がもっと多くの眺望や太陽や通風や植栽と有機的に交わる空間構成にすると共に、周辺地域への圧迫感が大幅に軽減された。

さて、建築学専攻の建物は、それ自身が研究や教育の材料であり、将来、歴史的建築物として保存されるに足る品格とその時代の記念性を備えなければならない。また研究の場にふさわしい雰囲気でなければならない。すなわち過度に表現的な建物ではなく、理性的で、建物がそこに生活する者に向かって、自分自身に問いかけることを促すような性格のものでなければならないと考えた。このためここでは様々な表現を切り捨て、素材の性質に即し、素材に照らされてのみ我自身が自覚される空間を理想とした。

外部空間は、桂キャンパスの全体計画で合意されていた調和の取れた色彩計画を満足するために、マスタープランのテラスと赤茶色のタイルの表現をそのまま踏襲した。一方、中庭や内部空間は、無彩色と素材の美しさによって構成した。エントランスホールやギャラリーの天井はプレキャストプレストレストコンクリート(以下PCaPC*)の素材の美しさを活かしたものとした。廊下の上部には情報ラックが走ることになっていたが、従来の箱型ではなくフラットなアルミパネルを宙に浮かせ、その上に情報ケーブルを配置するものにした。情報ラックをアルミパネルで隠しつつ、廊下天井のPCaPCの美しさが映えるような配慮によるものである。廊下のPC柱には燐酸処理亜鉛メッキの板で我々がデザインした照明器具を取り付け、照明の列がアルミパネルに美しく映えるものとなった。教官室の天井も美しいPCaPCの素材を活かしつつ、床やエアコン隠しのルーバーをPCaPCとよく調和する楢の木目とした。家具も楢材の木調の美しさを活かした。また建物自体が教材であるという方針から、天井を張らずに天井裏の設備類を全て見せる室も作られている。サインアドレス計画も白と黒を基調とし、単純、機能的かつ風格のあるデザインとした。実際の建物の建設に当たっては、施工者と設計者との間で常に綿密な協調体制を維持し、詳細部分の納まりから色彩計画に至るまで設計者の意図を十分に反映させた現場監理が実施された。

平成16年9月に入居以来、ほぼ半年が経過した。新しい環境の下での教育・研究も順調に行われており、今後更なる発展の拠点としての役目を長期間にわたり果たして行くものと期待している。最後に、本稿を作成するに当たって多くの情報と示唆を与えてくださった柳沢和彦助手(現:千葉工業大学助教授)、ならびに京都大学施設部を始め建築学教室の建設に当たって尽力くださった多くの方々に深く感謝いたします。

*PCaPC:高強度のコンクリートを用いて工場生産されるもので、部材が軸方向配置された高強度鋼材で締め付けられた構造形式。高耐久性と共に、大きなスパンと小さな断面寸法による軽快な形態を構築できる特長を持つ。

**本稿での教授等の職名は、すべて当時のものをそのまま用いている。

(教授 建築学専攻)