No.47 (2007.4) / 随想 / 退職雑感

退職雑感

増田 弘昭

増田 弘昭私は学部、修士は広島大学で学んでおり、京都大学には研究生、ドクターコースの学生として、昭和43年(1968 年) からお世話になり、本年3 月末に定年退職いたしました。

京都大学に移った当時は激しい大学紛争があり、逆封鎖という騒動に巻き込まれた思い出があります。泊り込みで、学生にもおむすびが配られました。闘争で首をいためた学生もあり、一緒に研究していた学生諸君も何とか卒業しましたが、全体に結構優秀で、活気があったといえます。数学の(故)池田峰夫教授が、にこにこしながら「学生との団交の後では、頭の回転が良くなって研究がすすむ」といっておられたのを思い出します。多分、先生方は紛争の中でもご研究を進めておられたものと思います。吉田キャンパスの時計台を入って右にある歴史展示室の中に「ニュース映像で見る大学紛争」というのがあります。一度見て置かれることをお勧めします。

昭和43 年に研究生として化学工学教室を訪ねてから、すでに39 年という歳月が過ぎました。この間、無事幸せに過ごさせて頂けたことは本学の皆様のおかげであると感謝しています。私は1 年間の研究生と、博士課程の単位取得退学後9 ヶ月間学術振興会の特別研究員をしていまして、普通の人より在職期間は少し短いのです。しかしそれでも、助手に採用されてから34 年と3ヶ月になります。その内10 年間は助教授・教授として広島大学に在職しました。広島大学に赴任する直前の1 年2 ヶ月はドイツのフラウンフォーファ研究所(大気エアロゾル研究所、シュマーレンベルグ)にフンボルト研究員として留学させて頂きました。自然豊かな環境の中で、高性能バーチャル・インパクターの設計・製作と研究を自由に行うことができました。京都大学での私の恩師(故)井伊谷鋼一教授が「僕の在職中に留学させたのは君だけだ。広島へ行ってから留学させれば良かったな。」と冗談まじりに言われたのを思い出します。研究室出身の多くの人達が転出された後、先生のお世話で留学されたことを考えると、冗談でもなかったのかも知れません。

その後、再び化学工学教室のお世話になり、早いもので18 年が過ぎました。

私は学生には出来るだけ自分で考えさすようにしました。「普通の人が考えることは全部考えなさい」というわけです。普通の人というのは専門分野を習ったことのない人です。また、研究は恩師の井伊谷先生の口癖の通り、「人のやっていることはやるな、人のやってないことを研究せよ。」という方針でやってきました。おかげで、二~三十年前の仕事が最近になって必要とされ始めました。同郷で大変お世話になった池田峰夫教授が「頭の中に図書館を作るな」と、にこにこしながら言っておられたのを思い出します。学生諸君は卒業して専門が少々変わったぐらいで動じないこと。「考え方と、閃きと、粘り強さ」を鍛えることが大事だと思います。世の中には、大学入試とは違い、誰も答えを知らない問題がたくさんあります。もちろん、基礎は頭の中にないと、新しいものも生まれません。在職中に、たくさんの卒業生を持てて、その人達が企業や大学で活躍していることは本当に良かったと喜んでおります。今になって思うと、大学の教員(法人化の前は教官といっていました)としての最大の特典は若い学生諸君がまわりにたくさんいて、その成長を一緒に経験できたことであったと思います。

ただ、最近では研究環境も変化してきており、「人のやっていることを、誰よりも早く優れた成果を得るようにやること」が生きていく上で必要になって来たような気がします。それが、京都大学として良い事かどうか、私には分かりません。いずれにしも、私の哲学には合わないので、丁度良いときに退職できるものだと、このめぐり合わせを不思議に思っています。産学連携は恩師の井伊谷先生が大学紛争の頃から言っておられたことで、「実際に役立つことをやる」というのは大いに歓迎すべき変化です。しかし、すぐに役立つこともあれば、当分して役立つこともあります。いつまで経っても役に立たないのは人も資源も無駄使い、ということになるでしょうが、それでも京都大学には多様な研究者が居ることが大事でしょう。

さて、この辺で専門について少し触れますが、私は化学工学専攻において粒子系工学という分野を担当しました。最近は微粒子とかナノ粒子という言葉がテレビのコマーシャルにも見られるようになって、大分一般的になって来たようです。このような粒子の集まったものを粉体といいます。微粒子やナノ粒子も1 個だけを扱うのでは殆ど役には立ちません。従って、その集団を扱う工学が必要なわけです。井伊谷教授は「21 世紀は粉体の時代」だと口癖のように言っておられましたが、それでも先生の時代には公害防止に大いに役立ったものです。それが現在、粉体・粒子そのものを役立てる方向にどんどん広がって来ています。私はこの4 月から神戸学院大学のライフサイエンス産学連携研究センターにお世話になることになりましたが、その申請書に「医薬は人類の生活に欠かせないものであり、その60%以上が粉体プロセスを経て製品となっている。」と書きましたら、担当の薬学教授は「80%以上」と修正されました。粉体はコピー機のトナー、化粧品、調味料、小麦粉、新幹線のブレーキ増粘剤など、従来からも生活に役立っていますが、粉体・粒子は思わぬところに利用されているし、その実用範囲はますます広がっているのです。基礎は粒子であり、粉体です。しかし、粒子が非常にたくさん集まった粉体は、流体とは異なり、いかに多くの粒子が集まっても個々の粒子の特性が関係した離散的なものです。多くのいわゆるノウハウによって実用されていますが、その体系化と基礎現象の発掘は研究対象として非常に興味深いものです。

最後に、私の在職中には安保粉砕から、改組、法人化、移転など、いろいろな事がありましたが、これらに対しては、「普通の人が考えることはすべて考える」、とは到底いきませんでした。どうも自分では納得できないまま、事がどんどん進んで行ったように思います。若い人達の研究時間が、書類作りに費やされるのは、世界的にも無駄ではないかと危惧していますが、世の中の流れで仕方のないことでしょうか。少々遊ぶ人間がいても、評価・評価ではなく自由に研究させる方が全体としては世の中のためになるような気がします。この辺は迷うところで、しっかり考えた方がよいと思います。最近ようやく時間にゆとりが持てて「フェルマーの最終定理」という文庫本を読んでいますが、研究者の姿勢が良く出ているように思います。そういえば評価機構というからには、評価対象の資料も評価機構みずからで調査・収集して、自由に評価してほしいものです。予算は掛かるでしょうが、それでもいまの無駄より少しはましなような気がします。

このような変化の中、先生方には大変でしょうが、京都大学の将来についてよろしくお願いいたします。世の中はいろいろな遊びや興味の対象が多くなって、学生達だけの責任とはいえない状態ですが、勉学でも生き方でも迫力が多少希薄になって行きつつあるような気がします。もちろん、それぞれの時代でそれぞれ優秀な学生諸君はいました。若い学生たちと研究やいろいろの話ができるのは教員の特典です。後悔のないよう、できる限りの力を出してやっていただきますよう先生方には再度お願いいたします。ただし、学生諸君の能力を損なうようなお節介は不用です。

(名誉教授元化学工学専攻)