No.53 (2010.4) / 巻頭言 / 工学研究科・工学部の当面の課題等について

工学研究科・工学部の当面の課題等について

工学研究科長・工学部長 小森 悟

小森 悟今年度から工学研究科長・工学部長の重職を拝命することになり気持ちを新たにしているところである。巻頭言では高尚なことを書かねばいけないと思うが、その素養もないので、この紙面を借りて、工学研究科および工学部として今後取り組むべきと考えられる課題について思うままに書かせて頂くことにした。

工学部・工学研究科が対処しなければならない最も重要な課題は、当然のことながら教育と研究を工学の各分野でいかに高いレベルに保ち続けるかである。要は、高度な研究の実施に加えて学部、大学院ともに優秀な学生を確保することと、社会で十分に通用し、高い評価が得られる京大工出身の有能な人材をいかに数多く輩出するかである。平成24年度から学部入試の学科間統一などの変更を行うが、資源やエネルギーの乏しい日本にとって科学技術の発展は不可欠であり、それを支える工学の役割を受験生に理解させ、受験生の心理を十分に読んだ入試制度や学科選択制度等をさらに推進することにより優秀な学生を集める必要があると思われる。少子化、医学部志向、センター入試の弊害等の問題の検討に加えて、入試の合格最低点が5割程度までに低下し、数学など少し問題が難化すれば全く解けない状況の中では、平均的な受験生レベルが昔よりもかなり低下しているとの認識に立つ必要がある。また、京大工が近畿地区の学生しか目を向けないローカルな存在ではなく、優秀な学部学生を全国から数多く引き寄せるだけの魅力的な存在になり続けることを常に考えなければならない。大学院教育に関しては、いろいろな教育プロジェクトや教育システムが走っているが、これらの目的は、中期目標の達成等に加えて、修士課程の学生定員の増員と博士後期課程学生の定員に見合う学生数の確保にあった。前者の修士課程学生定員の増員については幸いにも今年度から希望通りの定員数が認められ、後者の博士後期課程学生の学生定員充足率も留学生を含めれば工学研究科全体で毎年90%以上を維持している現在、現行の教育プロジェクトやシステムも実質的で無駄のないシンプルなものに整理していく必要があると思われる。しかし、博士後期課程学生の充足率については専攻間でのばらつきもあることから、日本の科学技術を支えなければならない京大工の役割を考えるとき、全ての専攻で博士学位を持つ優秀な若手研究者および技術者を欧米の一流大学並に育てる努力が、日本社会にとっても京大工の研究レベル維持のためにも必須である。このためには社会人博士に充足率を求めるのではなく、各教員が研究の魅力の伝授と国際社会における博士学位のもつ意味と価値を修士課程学生に説くことにより、他大学を含む修士課程の学生が博士課程に進学するよう啓発し続けることが重要である。このための推進策として、博士課程学生指導数を教育評価として教員の給料等に反映させることも必要であろう。その他にも留学生や女子学生確保の問題がある。留学生の場合は、避けられない少子化による近い将来の日本の労働力不足を如何に留学生の日本定着で補うかの問題であり、この問題に対して他大学と横並びの増員のためだけの方策ではなく、京大工がいかに関与するかを留学生受入れシステムの整備等をも含めて慎重に考えなければならない。女子学生の確保は、この少子化による労働力不足の問題に加えて、理工農系における女性教員比率向上に関する男女共同参画の問題が絡む。博士課程の学生が教員になるまでに要する年数が助教の場合で数年、准教授の場合で10年、教授の場合で15年程度と時間遅れがあるので当時の博士課程における女子学生の数を考えれば工学系で准教授、教授に占める女性教員の現在の比率が低いのは当然である。しかし、今後、女性優遇などせずとも男女対等の立場で女性教員の比率を高めるためには、女子学生の確保など将来の日本の労働社会をも考えたうえで京大工のとるべき道を考えなくてはならない。なお、教育については2年ほど前に、教育担当の評議員に就任したときに工学広報(No.50 2008年10月発行)にも書いたので参照して頂きたい。

研究に関して京大工は幸い高い評価を得ており、教職員の皆さんの多大な努力により数多くの研究プロジェクトが走っている。このようなプロジェクトの確保は運営費交付金の部局への配分額が減少し続ける中で間接経費等を通した学部・研究科の運営への貢献に欠かせないため、教員の皆さんには大いに獲得に務めていただきたいと思う。ただ、プロジェクトによってはテニュアトラック問題、若手教員および職員を含む学部や研究科の膨大な事務量負担などの問題が発生するものもあるので、プロジェクト採択後の負担をよく見据えたプロジェクト応募を心がける必要があると思われる。また、プロジェクトは継続でない限り3~5年程度で終了するが、いずれ10~20年先になって研究面で評価されるのは、これらプロジェクトの確保実績ではなく、工学の各分野で世界一流の教員がどれほど数多く京大工に存在しているかどうかであると思われる。学問の府として工学の各分野の研究レベルを最高レベルに保つためには、なれ合いではなくしっかりとした教員人事を行うことが必要であり、特に京大工の将来を決定する教授の人選については公募等も含め優秀な人材を国内外から抜擢するものでなければならない。最近、大手企業の執行役員クラスの後輩から、「国立大学教授の給料は我々の半分以下であり、いろいろな名前のついた教授や准教授職が大学に氾濫している状況で学問の府とはほど遠くなりつつある大学の教授職には何の魅力も感じなくなった」との耳の痛い話を聞かされた。これに加えて、大学院重点化や法人化後のものもゆっくり考えられない慌ただしい状況では、若い優秀な博士課程学生も大学教員に魅力を感じなくなるのではと危惧している。政治家等と同様に教員二世でない限り大学の教員になろうとしない状況は避けなければならない。京大工だけではいかんともしがたい問題かもしれないが、将来の学問の府としての大学について真剣に考えるべき時期にあると思われる。

もう1つ大きな喫緊の課題に物理系等の桂移転の問題がある。この移転に関しては本事業が認められた段階でいくつかの検討事項が明らかになった。1つは建物面積不足の問題であり、もう一つは、この物理系等の移転は、従来の京大におけるPFI 事業とは異なり総事業費の半額程度を大学が負担することやレンタルスペースを設けるという新たな方式を取り入れたことである。これらについては、昨年度、工学研究科と、財務担当および施設担当理事らの大学本部との間で協議を重ねたうえで事業を受け入れるに至り、平成24年秋に移転が完了する予定である。今後、桂への移転費の確保等の課題に加えて、吉田の本部キャンパスにおける学部教育および大学院の一部の教育研究をどのように効率的に行うのかについての吉田キャンパス再配置計画にも積極的に取り組まねばならない。この工学研究科の桂移転は、現在のように老朽化した建物が次々と耐震化されることなど予想できなかった約10年前に、吉田キャンパスの狭隘化の問題を何とか解決せねば京都大学の将来の発展はあり得ないとの大学の強い要請に応えて工学研究科が犠牲的精神で移転を決断したものであった。したがって、工学研究科の跡地が次々と他部局等で使用されていく中において、この桂移転の経緯を時の経過と共に京都大学の皆さんが忘れられないように工学研究科としては他部局等の方々に伝えていかねばならない。

いっぽう物理系等の移転の推進に加えて、桂キャンパスの環境整備をさらに進めなければならない。桂キャンパスの自然環境と研究設備は優れているが、それだけで研究教育活動が活性化するものではない。キャンパスの近くに飲食店や商店等の憩いの場や交通の利便性があってこそ落ち着いて独創的な研究が出来るのである。実験を要しない文系等の部局ならばともかく工学研究科のような部局では深夜や土日に及ぶ実験等が日常的に行われている。しかし、現在の桂キャンパス付近は1種住宅地のため学生の住む場所はおろか深夜や土日に食事をとれる場所すらなく、一度、桂坂を下り下宿に戻った学生がもう一度、坂を上って研究室に戻り夜遅くまで研究する、あるいは土日に研究室に出てきて研究をする気にはなりにくいのが現状である。これでは研究のポテンシャルが下降する可能性もあり、前述の研究力の向上どころか京大の大きな損失にもつながる。大学本部および京都市、周辺自治会の協力を得て、桂キャンパスで研究をする大学院生が強く求めている生活環境の改善に努めなければならない。さらに、この桂キャンパス内にゲストハウスや学生用の宿舎がほしいところである。いずれも大学外の組織に絡む相手のある難しい問題ではあるが、これらを実現していかない限り、工学研究科から上記の桂移転に対する犠牲的精神は消え去らないであろうし、すばらしい研究成果も生まれにくいであろう。

政権交代による国立大学法人の見直しが噂されている中、この他にも工学部および工学研究科として対処しなければならない課題がいろいろ出てくると思われる。最近の急増するトラブル処理等に労力を使うのではなく、教職員の皆様方と議論をしながら上述のような教育研究の向上のための課題の解決に力を注ぎたいものだと考えている。

(教授・機械理工学専攻)