工学部長、工学研究科長の職をはなれて

大嶌 幸一郎

大嶌 幸一郎工学部長ならびに工学研究科長の職をはなれると同時に定年退職を迎えることとなった。この工学広報が発行されるのは10月と聞いているが、その頃には記憶が薄れてしまうのでないかと思い退職してすぐにこの原稿を書くことにした。まず最初にこの二年間工学部ならびに工学研究科の運営にご協力いただき支えていただいた先生方ならびに職員の方々に御礼を申し上げたい。平成15、16年度に辻文三先生と荒木光彦先生のもとで工学研究科の評議員を務め勉強させていただいた。ところが、そのあと平成17年度から三年間は環境安全保健機構長として全学の仕事にかかわることとなった。そのため工学部、工学研究科からは少し距離を置いていたところ思いがけず工学部長、工学研究科長に選ばれとまどいながらスタートを切った。わからないことが多いなかでご指導いただいた橘邦英先生と森澤眞輔先生には特に感謝申し上げたい。

法人化以降、教員ならびに職員が一層忙しくなったと感じていた。そこでできるだけ会議の数や会議の構成メンバーの数を減らし、さらに会議の時間を短くするということを念頭に置いた。運営会議のメンバーを12人から6人に減らし、ここに職員の方々のなかから事務部長ならびに5人の課長の合計6人に加わってもらって教職員が一体になって運営にあたることとした。教員が加わらなくてもいい議論については職員の方々だけで結論を出していただき自信を持って実行してもらいたいという思いであった。事務職員の方々は意識を変えていただきたい。教育、研究をサポートしていただくに際して積極的に意見を出してもらい、自分たちが京都大学を運営しているという自負をもっていただきたい。この思いは今もかわらない。京都大学をいい方向にもっていくには教員と職員が同じ思いを共有しなければいけない。

工学研究科における当面の大きな課題は、修士課程の入学定員の増員を文科省に認めてもらうことと物理系の桂キャンパスへの移転に道筋をつけることの二つであった。修士課程の入学者数については過去30年以上にわたって文科省定員の1.5倍の人数を入学させてきた。ここ数年においても文科省の認める定員466人に対して666人を募集定員として入試を行い、実際この数の学生を入学させてきた。この数字は社会的な要請、すなわち企業側からこれだ
けの数の修士課程の修了者が求められてきた結果である。ところが最近文科省において入学定員の遵守という方針が打ち出された。そして平成20年8月に実施した入試においては、文科省の強い指導もあって募集要項には入学定員466人と明記することとなった。そうしておいて実際には666人を合格させるというあまり適切とはいえない方法をとらざるを得なかった。そこで対応策として博士後期課程の学生数を減じ修士課程の学生分にあてるということ
も一時は考えたが、幸い文科省のご理解を得て博士後期課程の学生数を減じることなく、修士課程の過去5年の入学者数の平均の人数である688人を正式な修士課程入学定員として認めていただくことができた。これで平成22年8月の入試からは晴れて募集要項に688人の数字を載せることができることとなった。もう一つの課題であった物理系の桂キャンパスへの移転の道筋についても新しい形のPFI事業として建物の建設が認められた。入札が済み施工業者も決定し平成22年の秋から工事が開始され24年秋には建物が完成し移転が開始される予定になっている。従来の方法とは異なり建設費用を国と大学の両者で支払うという方式であり、その決断をしていただいた大学本部に厚く御礼申し上げたい。そして今後ともご支援をお願いする次第である。

この二つの課題以外にも建物については留学生の寮や外国人共同研究者の宿泊所の建設、また福利厚生の面では食堂のスペースや質の問題などが残ったままである。船井記念館の体育施設は開放して二年近くになりかなり利用されるようになった。これに対してグラウンドのほうは整備して一年と少しになるが、狭くて使いにくいこともあって充分に活用されていない。その存在を周知していただき利用してもらうように勧めていただければ幸いである。

二年前、工学部長、工学研究科長に就任した時にも書かせていただいたが、大学の使命は教育と研究である。これらがおろそかになれば、後で大けがをする事になる。法人化後、社会的責任という名のもと環境安全や情報管理など従来なかった業務が増えさらにここに大学評価に関する作業負担が大きくのしかかってきた。前者については多くの法が関係しており粛々と対応しなければならないし、後者についても運営交付金との関わりから手がぬけない。これらの業務をいかに効率よくこなして教育、研究にむける時間を従来どおり確保するかが大きなポイントである。幸い工学部、工学研究科は一番大きな所帯でそのスケール効果から一人一人にかかる負担は小さな部局に比べると少ない。とは言っても教育、研究以外にかかる業務量は増加の一途をたどっており教職員一人一人が常にこれらを振り払う努力をしていただかなければならない。

運営交付金が年々減っていくなか研究室の運営にあたって教授の先生方は日々研究費の獲得に頭を悩ませておられる。お金で研究が買えるわけでもないが、必要最低限のお金は必要である。現在、工学研究科で管理している経費の内訳は運営交付金と科研費、共同研究、受託研究などの外部資金であるが、これらの比は1:2となっている。後者の割合が今後はさらに増えていくことになる。学生の教育研究費として外部資金を獲得しようとすれば対外的な活動も必要で出張も多くなる。その一方で学生の教育に費やす時間が短くなる。ジレンマである。先生方一人一人が身の丈にあったところで科研費による研究、共同研究、受託研究を実施していただいている現在の形を今後とも進めていくのが良いかと考える。ほどよいバランスで教育と研究を進めていただきたい。このバランス感覚こそが工学部、工学研究科の先生方のもっておられる優れた能力である。教育と研究とくに教育については100人が100人とも異なる意見をもっておられる。各人が信念をもって学生と向きあっていただくということが京都大学の自由の学風、自学自習の精神に合致しているのだろう。しかしながら、その向きあい方は時代とともに変っていかなければならないのではないか。社会も大きく変化し学生の気質も年々変化している。もう一度、京都大学工学部、工学研究科の教育についてゆっくり考えていただきたい。定年退職したが今しばらく環境安全保健機構長として大学のお世話になることになった。教育、研究の現場からは離れるが裏方として先生方のサポートが出来ればと願っている。

二年間に交換させていただいた名刺が600枚。随分多くの方々とお会いした。そして一人では何もできないことを痛感させられた。充分なことはできなかったが、多くの方々に支えられ何とか工学部長、工学研究科長の任を果たすことができたと思っている。支えていただいた方々にもう一度感謝の意を表しつつ筆をおきたい。

(名誉教授 元材料化学専攻)