複合材料研究40年

落合 庄治郎

落合名誉教授団塊の世代に生まれ、一クラス55名の大所帯で小学校、中学校、高校時代を過ごし、高度成長時代に金属系学生として大学に入学しました。金属系学科を選んだのは、金属をはじめとする材料は日常生活で直接見たり触ったりして親近感を持っていたこと、および、材料なくしては、生活も文化も成り立たない、すなわち、今までも、今も、未来も、文明を支える重要な科学技術分野であることからです。四十数年を経たいまも、材料への思い入れはますます深くなっています。

当時から高機能金属の創製に向けた組織制御や加工は大きなテーマでした。相分解を利用した時効析出、マルテンサイト変態、加工の基礎学問としての転位論などの講義を真面目に聴講したこと、また、卒論ではX 線で結晶粒界析出物と粒内析出物の格子定数を測定したのを思い出します。当時はコンピュータはありませんでしたので、チャート紙にイ ンクで描いた回折図から重要な情報を読み取っていました。計算は計算尺や手回しの計算機でやっていました。ちなみに計算尺は、大学院入試の計算用に 持込可の道具の一つでした。手回しの計算機は当時の新鋭計算機でした。いまでは科学博物館でのみ見られる歴史的遺物になってしまいましたが…。卒論の本文はもちろん手書きで、図は墨入れして作成しました。現在は卒論も修論も、実験も論文作成も、すべてコンピュータを使いますので、隔世の感があります。

私の研究上での大きな転機は修士課程一回生に進んですぐの時期に訪れました。恩師・村上陽太郎先生が、Antony Kelly 先生の単行本Strong Solids の和訳出版を通じて、 新規複合材料のコンセプトが出てきた歴史的由来と作動メカニズムを我が国に紹介され、村上研究室でも研究テーマの一つとして複合材料研究を始めることになりました。私の四回生時の卒論テーマは相分解・時効析出に関するものでしたが、このときから複合材料がテーマになりました。 村上先生のご指導の下、複合材料の研究を進めていくうちに奥深さが少しずつ分ってきて、もっと研究 したいと思うようになり博士課程に進学しました。 そして複合材料は終生のテーマになりました。この研究分野に導いてくださいました村上先生に心より感謝をしております。

複合材料の研究を進めていくうちに、古くからある複合系材料にますますの親近感を持ち、先人たちの努力に畏敬の念を持つようになりました。古代エ ジプトでは、建物の材料として日干し煉瓦が使われています。これは土を太陽光で乾燥させたものです が、そのままでは脆く危険すぎて使えません。そこで、切りわらと砂を入れて、現代風に言うと、複合化しています。現在の知識からは、き裂抵抗を繊維強化・粒子強化により大幅に改善した材料と言えますが、古代には破壊の知識も破壊抵抗を上げるためのコンセプトもなかったため、生活の知恵として編み出されたものです。同様な例は和風建築の壁にも見られます。土の中に切りわらを入れて、現在の知識で繊維架橋と呼んでいる現象を利用して、き裂の進展を止めています。やはり生活のなかから「強化理論」を見出してきたといえます。もちろん現在のように指導原理も定量化する術もありませんので、 安全性・信頼性確保に向けて、長い年月をかけて試行錯誤を繰り返して経験的に最適化を図ってきたといえるでしょう。複合材料を生活の知恵として生み出してきた先人の努力を身近に感じることができたのはうれしいことでした。

新時代の複合材料は旅客機や宇宙船に使われていることから、ドイツ宇宙航空研究所にフンボルト財団奨学生として留学したことはその後の研究生活において大きな財産となりました。留学時の私の研究テーマは積層型炭素繊維エポキシ複合材料の変形・ 破壊に関するものでしたが、これは旅客機の垂直尾 翼に使う計画において必要な研究の一端でした。新材料を実機に搭載する高揚感の中で、仲間となった研究者たちと共同研究・議論したのは何物にも代えがたい経験となりました。また、多くの先生方、同僚と知り合いになったことは、研究上でも、また個人的にも、ありがたいことでした。今でも国際会議等で再会すると、研究のこと、私生活のこと、話は 尽きません。さらに、研究所長のWolfgang Bunk 教授にはメゾ材料研究センターの外部評価に委員長として来ていただき、また後にハンブルグ・ハールブルグ工科大教授になったKarl Schulte 氏とは DFG-JSPS の日独科学協力事業を2 回実施するなど、 その後の仕事の上でもご支援・ご協力をいただきました。インターネットであらゆる情報が手に入る時 代になりましたが、人と人とのつながり・ネット ワークの大切さはいうまでもありません。長期間一緒に仕事をすることによって生まれる相互信頼が人的ネットワークにおいていかに重要かを強く実感しています。

人類は、空を飛ぶ、快適な生活空間を造る、健康で長生きする、豊かな文化を楽しむといった古代では夢であったことを一定程度実現してきました。いずれも材料そして材料を組み立てた器具・装置・システムが無ければ実現しなかったものです。一方では、環境・エネルギー・資源問題の緩和、真に安全な社会の構築、生体・福祉材料の開発など、人類が取り組むべき課題も次々と出てきています。これら の課題に応えるには、要求される機能を有する材料の開発は必須となっています。複合材料には様々な形態があり、様々な機能を生み出せます。これらの課題に、繊維強化複合材料、表面被覆金属材料、合金、 多元系セラミック、アモルファス、発泡金属、超伝導テープなどの新規複合材料の研究を通じて些かでも携われたことは幸いでした。もちろんどの研究においても知識・経験共に無い状態からの出発でした。なんとかやってこられたのは、工学研究科、研究室スタッフ、研究室卒業生、学内外の共同研究者、 学会や研究会での討論や交流を通じて情報や研究の ヒントを与えていただいた同分野の皆様のおかげです。定年になって、如何に多くの方々のご支援・ご尽力に支えられてきたかを思い出しています。感謝、感謝です。ありがとうございました。

(名誉教授 元材料工学専攻)

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ドイツ航空宇宙研究所留学時代(1979年)