地球系専攻の国際化

副研究科長 大津 宏康

大津先生画像01昨今、大学を取り巻く社会環境は急激な変化を遂げつつあるとともに、大学への要請も多様化しつつある。「大学の国際化」は、その代表的な要請の一つとして挙げられるであろう。 ただし、現状で「大学の国際化」を推進する上での必要事項について、必ずしも共通認識が形成されているとはいえない。例えば、留学生の受入れ数を増加させること、英語講義数を増加させること、日本人学生の海外留学を促進すること等々が挙げられることが多い。しかし、これらはいずれも方策であり、実際に「大学の国際化」を推進する上では、構成員である教職員・学生が、どのような課題に直面するかを認識することが第一ステップとなるであろう。

地球系専攻は、これまでに国際化に関連する取り組みを積極的に推進してきた。ただし、内部で統一した認識が必ずしも共有されていないが、暗中模索しながら推進してきたというのが現状認識であることを付記しておく。

ここで、地球系専攻の取り組みの代表例としては、以下のプロジェクトが挙げられる。

  1. グローバルCOEプログラム「アジア・メガシティの人間安全保障工学拠点」(以下、GCOE プログラムと称す)
  2.  大学の国際化のためのネットワーク形成推進事業(以下、G30 プログラムと称す)
  3.  大学の世界展開力強化事業「強靭な国づくりを担う国際人育成のための中核拠点の形成―災害復興の経験を踏まえて―」

GCOE プログラムでは、融合工学コース「人間安全保障工学コース」を設立し、全科目英語での講義を実施するとともに、「徹底した現場主義」のコンセプトの下、アジア7ヶ国(中国・ベトナム・タイ・マレーシア・インドネシア・インド)に海外拠点を設立し現地に根差した共同研究を実施した。

G30 プログラムでは、工学部地球工学科に国際コースを設置し、留学生・日本人学生を対象に英語のみの講義を実施するとともに、大学院科目についても約40%を英語講義として実施している。

大学の世界展開力強化事業では、ASEAN 4ヶ国(タイ・ベトナム・インドネシア・マレーシア)6大学と協働教育コンソーシアムを設立し、ASEAN連携大学から15 名の大学院生を短期留学生(約4週間)として受入れるとともに、京都大学から15名の大学院生をASEAN 連携大学に短期留学(約4週間)のために派遣している。

上記の事業を推進する過程で多くの課題に直面してきたが、その内の代表的なものを、実施事業名と併せて以下に列挙する。

  • 日本人学生が英語講義を受講することのインセンティブ(GCOE、G30、大学の世界展開力強化事業)
  • 海外拠点の運営および共同研究/教育プロジェクトを実施するための事務機能の国際化(GCOE、大学の世界展開力強化事業)
  • 海外大学との競争環境下での質の高い留学生リクルーティングの困難さ(G30)
  • 外国人教員を含む教員組織の運営および教務体制の確立(G30)
  •  海外の大学との魅力ある協働教育カリキュラムの立案/構築/実施に関するネゴシエーション(大学の世界展開力強化事業)

現在まで、上記のような課題に直面しながら、国際化に関する取り組みを実施することができた理由は、他分野と地球系専攻の教育研究対象が異なることによる。すなわち、防災/減災、環境等地球系専攻が対象とする多くの課題は、日本のみならず世界規模での喫緊の課題である。また、これらの課題に取り組む上で忘れてはならないことは、その国に住む人の視点を取り入れることである。日本で実施されている施策は、あくまで日本の文化・風習に照らし合わせて最適手法であるが、他の国では必ずしも適していないということ知らなければならない。

ここで、「国際化」という言葉に対して、私は「地球上には日本と異なる宗教観・倫理観・価値観・風習を有する人間の方が多いことを認識し、その認識に基づき共同作業が可能となること」と定義している。したがって、防災/減災、環境に係る研究者・技術者を育成するためには、GCOE プログラムの基本概念として掲げられていたように、「徹底した現場
主義」の下で、それぞれの国、地域では、どのような課題が発生しており、またそれがどのように解決が図られているかを認識させることが不可欠である。

このような事項を踏まえ、私が事業推進者を担当している大学の世界展開力強化事業は、京都大学の学生を東南アジアに派遣し、現地での防災/減災に関して肌感覚での知見を得るとともに、将来的には日本および世界の課題を俯瞰的に認識できることを目的としている。また、同事業はASEAN 連携大学との協働教育プログラムを構築しているが、その連携先のほとんどはGCOE プログラムで海外拠点とした大学であることから、GCOE プログラムの後継事業としてとらえている。

ただし、前述の認識は、経済用語で言えば、あくまでサプライヤー(Supplier)サイドの認識であり、カスタマー(Customer)サイドの学生がそのような施策を望んでいるか否かが本質的な問題となる。昨今、日本人学生の内向き志向がマスコミで大きく取りあげられている。幸い、大学の世界展開力強化事業では、平成24 年度から京都大学生の短期海
外留学を実施しているが、補助金の定員15 名に対して、平成24 年度および平成25 年度で、それぞれ26 名および24 名の応募者を得ることができた。なお、応募者の内訳であるが、特定の研究室在籍者に集中する傾向があり、地球系専攻の内部でも温度差があることは否めない事実である。

さらに、次年度以降の海外短期留学の候補者となる学部生の意向を確認するため、平成24 年度後期に、私が担当した地球工学科土木コース3回生対象科目「社会基盤デザインⅡ」において、建設分野の国際化の現状について講義後にアンケートを行った。その結果を表-1に示す。3回生が対象で切迫感がないとはいえ、海外志向はないとは言えない状況にあると判断される。少なくとも準備量の多寡は別として、大学院の間に短期留学したいという意向は持っているようである。したがって、このような意向を持っている学生をどのように海外という「まな板」に載せるかは、我々教員の課題と言えよう。

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ここで、興味深いのは、海外で暮らすとした場合の不安として、第一位は言語・コミュニケーションの問題であったが、それ以外の多くは、前述の倫理観・価値観の相違に関する事項を挙げていることである。これらの事項は、プロジェクトマネジメント分野では、カントリーリスクと称されるものであるが、学生はそのリスクを認識している。問題は、その不安に尻込みするか、あるいはそれを体験して克服するという意思を持つか否かである。私の立場としては、後者の学生を増やすためにも、国際交流の場を提供し続けるべきであると考えている。

最後に、学生が不安に感じている言語の問題について私見を述べたい。

現在、大学での英語教育の是非について、様々な意見が出されている。私の意見は、以下の通りである。英語教育は、日本人としての個の意識の形成と並列して進められるべきであると考えている。繰り返しになるが、地球上には日本人と異なる倫理観・価値観を有する人間の方が多いと述べたが、その前段として日本の固有の価値観・倫理観を知ることなしに、俯瞰的に海外を理解することはできない。そのためには、人文科学的知識を習得することなしには不可能である。英語に堪能であっても、母国の知識無きスピーチは空虚である。多くの方が実感されていると思われるが、私の経験では外国人との付き合いの機会が増すに連れて、日本の事を知らないことを痛感してきた次第である。

たとえ話として、私は「語学能力はお金と同じである」と考えている。お金がなくても何とか生活できるのと同様に、語学力がなくても指さし会話でも海外生活は可能である。一方、お金があれば豊かな生活ができるのと同様、会話能力が高ければ、人的ネットワークも構築でき、多くの知識を得られるため豊かな生活が可能となる。しかし、お金儲けだけ
が自己目的化することは本末転倒であることと同様、語学能力のみを高めることは、一種マネーゲームに没頭することに似ていると考えられる。

このような観点から、私見として、現在本学において教養教育の充実を図る目的で国際高等教育院が発足したが、並列して英語教育の機会を増やすことは、極めて時宜を得た有益な試みであると感じている。

以上、地球系専攻の国際化を題材に雑駁な意見を羅列したが、我々の暗中模索の成果が「大学の国際化」を推進する上での一助となれば幸いである。

(教授 都市社会工学専攻)