サイロからの大脱出

奥乃 博

okuno-20140225-Wandas.jpg東京に転居して3か月目の夕方.久しぶりに,銀座で以前からの友人と待ち合わせをした.約束時間の5分前に待ち合わせのカフェに到着した私は,急に降りだした雨で少し込み合ってきた店内の窓際の席に腰を下ろした.待ち合わせには遅れたことがなく,必ず10分前には到着し文庫本を片手に「久しぶり」と声をかける友人が遅刻とは珍しい,と思いながら待っていると,走ってきたのか,額にうっすら汗をかいた友人が入ってきた.
「まったく,お役所仕事っていうやつだな.」挨拶を済ませて,アイスコーヒーを注文すると,彼は待ちきれないかのように話し出した.待ち合わせの前に用事を済ませるために,彼は某所に立ち寄ったらしい.数日前にその某所にはすでに訪れており,そこで,ある手続きのために今日もう一度来るように言われ,立ち寄ったそうだ.そこで言われた言葉が「担当者が休んでいるので,わかりかねます.明日,いらしてください.」だったそうだ.
長年,第一線で働いてきた彼にとって,それは衝撃の一言であったという.彼曰く,
1) 先日立ち寄って,自分が今日来ることはわかっている.
2) 担当者が休暇なら,別のスタッフに引き継いでおくべきではないか.
3) そもそも,窓口に来た者に対して,担当者が休んでいるので明日来い,つまり応対できないというのは,プロ意識に欠ける.
「『お・も・て・な・し』の精神を学んでほしいね」と言うと,彼は運ばれてきたアイスコーヒーに口をつけた.

窓口にやってきた者に不快な思いをさせれば,一般企業なら「顧客の信頼を裏切る行為」として,企業存亡に対するリスクの一要因になりえる.その顧客の信頼を失うだけでなく,その顧客から別の顧客へと,つながる「口コミ」リスクである.SNSが発展した今日,この「口コミ」のリスクは企業にとって非常に大きい.現に,今回のケースも友人から私に口コミされている.この口コミ,すなわちreputation riskに加えて,今回彼が経験したサービスには,もう一つ重要な視点があるのではないか,と考えられる.

最近,個人情報漏えいに関する企業のコンプライアンス体制について,ニュースで取り上げられているのをよく耳にする.今回の彼の経験にもコンプライアンスの視点から,組織上問題があるとは言えないだろうか.
この某所では,①彼が依頼したサービスをできるスタッフはその日休暇をとった一人である,②そのスタッフが担当であり,自分がいない場合には他のスタッフはその仕事がわからない,すなわち③担当制度がとられている.この某所に限らず,このようなシステムや組織制度は「不正の温床」となりうる.担当者制度でそのたった一人の担当者が他のスタッフのダブルチェックを受けることなく,一つの仕事に最初から最後までとりかかる.別の視点から見ると,何か間違いがあっても隠すことが可能であるし,間違いがあっても他のスタッフが発見することができない.例えば,金融機関などではこのような温床を未然に防ぐため,スタッフが2週間ほどの連続した長期休暇をとることが義務付けられていると聞く.2週間の長期休暇は,スタッフにとってリフレッシュをする良い機会であると同時に,
1) そのスタッフがいなくても滞りなく業務が遂行される,すなわち顧客からの問い合わせにチームとして対応することができサービスの質を向上させる,また万が一そのスタッフが突然,病気等の理由で休暇をとった場合も,組織として顧客に迷惑をかけることなく業務を遂行することができる.
2) 万が一,不正等が疑われる場合,2週間の長期休暇でそれを発見する可能性が高く,また長期休暇制度をとることで不正の機会事態を回避する率を高める.
また,長期休暇制度以外にも,一人のスタッフが同じ仕事を長くこなすのではなく,ある一定の期間(2-3年)でローテーションするという制度もコンプライアンス上,組織においてはよく行われている.担当者制度を取り,他のスタッフがその仕事についてわからないことが,不正に直結するというのではなく,組織がリスクをコントロールするうえで,長期休暇やジョブローテーションは有効であると考える.

この3月まで,東京-京都間で何度も利用した新幹線.きびきびした乗務員の態度や親切な対応に「国鉄時代には考えることができなかった.民営化されてJRとなり『自分たちの給与が顧客の支払う乗車運賃で成り立っている』と理解することにより顧客を大切にするようになった」という声をよく耳にする.確かに,それも一理あるかもしれない.しかし,民営化すればすべてが解決されるわけではない.例えば,公共サービスの大前提である,サービスの公平性がその一つである.また,国鉄が民営化しJRとなったのは1987年4月1日で,今から27年前である.現在の従業員で国鉄時代を経験している従業員が多数いるのであろう,と勘案すると,私はどちらかというと従業員一人一人の「JRで働く誇り」が現在のサービスを支えているのではないか,と考える.今日,友人がおとずれた某所のサービスを向上するためには,まずは組織としてコンプライアンスを軸とした体制を整え,企業倫理を軸とする働く「意義」を従業員一人一人が知る必要があるのではないだろうか.そうすれば,「担当者がいないので対応できない.明日来てほしい」というような対応は自分の誇りにかけて,恥ずかしくてできないのではないだろうか.

窓口での不快な経験から,コンプライアンス問題へと論議を広げているうちに,外はすっかり日が落ちた.支払いを済ませてカフェのドアを開けると,「チリンチリン」と懐かしい音がした.「店に入ったときは,混み合っていて,気が付かなかったな」などと思いながら,「これから,どうするの.僕は丸ノ内線だからこっちだけれど,君はJRだった?」と聞いてみた.すると,彼は「それは個人情報だから」と言って,右手を振りながら,駅とは違う方向に歩いて行った.

(名誉教授 元情報学研究科知能情報学専攻)