教育担当評議員としての想い

教育研究評議会評議員・副研究科長 米田 稔

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 今年度から教育担当の評議員を仰せつかった。これまで私は、あまり執行部での仕事をしてこなかったことから、まったく新しい世界に放り込まれたような感さえしている。大学院の教育制度委員会にはGCOE「人間安全保障工学拠点」が始まったころから参加しているので、10年ほど連続で務めていたことになり、大学院の教育システムについては、かなり理解しているつもりだったが、今年度からは学部の教育制度委員会副委員長として、学部教育にも深く関与することとなり、高等教育院との関係など、工学の中だけで検討していても解決できない問題も多いことから、学部は大学院よりもやっかいだと感じている。このようなやっかいごと(と言ってはいけないのかもしれないが…)の一つに各種評価制度への対応の問題がある。学校教育法において規定された自己点検・評価、同法に規定された評価機関による大学機関別認証評価、そして文部科学省に置かれた国立大学法人評価委員会による国立大学法人評価への対応を考えなければならない。私自身の誤解が存在する可能性を恐れずに書くならば、このうち、自己点検・評価は、平成3年に大学の組織改革等についての規制が緩和され、大学の組織改革を以前より容易に行えるようにする代わりに、大学が自らを点検・評価しその結果を公表せねばならないとして導入された制度であり、いわば、常に自らの立ち位置を見失わないようにするためのものと考えている。一方、外部評価としての大学機関別認証評価と国立大学法人評価の違いについては、一昨年度、工学研究科及び工学部の外部評価委員会に加わるまでは、まったくわかっていなかった。二つの大きな違いは、大学機関別認証評価の方は認証評価機関が、自らが定める評価基準に基づき、教育研究、組織運営、施設設備の総合的な状況について評価し、評価基準に適合しているかの判定を行うのに対し、国立大学法人評価の方は、文部科学大臣が定める6年間の中期目標に基づき各国立大学法人に策定が義務づけられている中期計画、年度計画に対して、教育研究活動や業務運営、財務内容等の総合的な達成状況について評価し、中期目標の各項目の達成状況が段階判定されること、そして大学機関別認証評価の方は各教育機関における教育研究の質の保証と改善向上を目標として実施され、評価結果は直接資源配分には反映されないが、国立大学法人評価の方は運営費交付金等の算定に直接反映されるということなどだと認識している。このため、中期目標、中期計画の達成は切実な問題となるが、これらの各種評価制度においての連携も明文化されつつあり、どの評価への対応が最も重要だといったことは言えなくなっているのが現状である。このような違いとその重要性は、研究室や専攻の運営にだけ注力していた頃にはまったくわかっていなかったことであり、私と同様な理解レベルにある先生方も多いのではないかと思われる。
 工学の分野においては、このような評価制度としてもう一つ、非政府系組織である JABEE(日本技術者教育認定機構)による認証・評価制度がある。JABEEは各教育プログラムを技術者に必要な知識と能力、社会の要求水準などの観点から定められた基準に基づいて審査し、認定する制度であり、各教育プログラムの質の保証と改善を目的としている点で、大学機関別認証評価と似ている。この二つの大きな違いとしては、大学機関別認証評価は大学など各教育機関を対象として実施されるがJABEEの方は各教育プログラム、つまり学科や学科内のコースなどを対象として認証評価が行われる。また、大学機関別認証評価の方は日本独自のものであるが、 JABEE の認定基準は、技術者教育認定の世界的枠組みであるワシントン協定などの考えに準拠しており、認定プログラムの技術者教育は国際的に同等であると認められ、海外において仕事をする際に(稀に?)認定プログラムの修了生であることが求められるケースもあると聞く。このため JABEE の評価基準には日本の大学における対応が困難と思われるものも若干含まれているが、今後、国際的な履修単位の相互認定制度などへの応用なども模索されている国際的な規格である。また、JABEEによる認証・評価を受審する利点として、JABEEが最も強調するのは、認定プログラムの修了生は、国家資格である技術士の第一次試験が免除されることであり、実際、技術士試験の合格者における JABEE 認定プログラム修了生の割合は明らかに増加している。JABEEによる認証・評価は平成13年度から開始され、京都大学も含め、多くの大学の工学系プログラムが受審を検討したようだが、平成16年に大学機関別認証評価の受審が法律で義務づけられ、また同年の国立大学の法人化とともに国立大学法人評価の受審が義務づけられると、法律で義務づけられていない JABEEへの対応は、JABEE認証を維持するために要する経費や教員らの評価制度への対応疲れなども関係してか、京都大学においてはすっかりトーンダウンしてしまったように思われる。しかし、私が所属する地球系においては、初期に JABEE 認証評価への対応を目指した際に導入したポートフォリオや講義日誌、シラバス記載内容の改善などは、大学機関別認証評価への対応においても非常に役立っている。
 実は私は現在、JABEEの土木・環境工学分野別審査委員会の委員長を務めている。私とJABEEとの関係は、JABEEの環境工学分野の審査区分が作られる際に、土木学会の環境工学委員会の幹事であったことから、関連する学協会が審査チームを結成する JABEE の認証評価において、土木学会が環境工学分野を主に担当する根拠の資料作成や、その分野別評価基準の策定のための仕事をさせられたことに始まる。その後、自らの FD(Faculty Development)のため、といった意識もあって、いくつかの大学の JABEE 審査チームに審査員や審査長として参加したため、地球系が JABEEへの申請を見送った後もJABEEから抜けられなくなってしまった。JABEEの審査は、自己点検書の精査と評価書の作成に数日を要し、また、実地審査においても3日ほどを要する大仕事であったが、各大学の土木工学や環境工学分野の教育プログラムの内容を精査させて頂いたことは、教育システムのあり方やその改善を考える上での貴重な経験でもあり、また楽しい思い出ともなっている。ちなみに最近は分野別審査委員会の委員や委員長となったため、実際の審査チームに加わることがほとんど無くなってしまい、また各種会議なども原則、大学の業務に影響しないように土日などの休日に開催されるため、JABEEに関与することの楽しみが減ってしまったことが不満ではある。守秘義務などもあって、審査を行った各大学の具体的な審査内容などについては書けないが、ここまで学生のケアを行うのか、と関心させられたプログラムや、教員と学生との距離が非常に近い状況をシステム的に達成しているプログラムなど、印象に強く残るプログラム、うらやましくさえ感じるプログラムもいくつかあった。総じてどのプログラムも学生の教育に対し真摯に向き合い、各大学の状況に応じて、常に教育改善のための PDCA(Plan Do Check Action)サイクルを回す工夫を模索していたように思う。しかし、各大学の教育プログラムにおいて実施されていた工夫を、そのまま京都大学へ適用することには様々な障害があり、また、必ずしも他大学で成功した試みが京都大学でも成功するとは限らないことは認識している。 JABEE 上層部からは、日本では東大と京大だけはJABEEに見向きもしてくれない(実際、東大と京大には認証を受けているプログラムは存在しない)との批判を受けることもあるが、JABEEの認証基準が教育プログラムの内容を縛ってしまい、大胆な改革のためにはより大きなエネルギーを必要とさせてしまうケースもあると考えている。これ以上のことは、JABEE 分野別審査委員会委員長としての立場上、文章にすべきでない領域に入りそうなので、書かないことにするが、JABEE 認証評価制度の良いところは良いところとして、我々の部局においても吸収・応用していけば良い。
 JABEEの審査長講習会などでまず私が強調することは、審査チームの第一の使命は、受審校と協力して受審校の教育改善に貢献することであるということである。JABEEの審査が審査のための審査にならないように、つまり、評価基準への適応レベルを重箱の隅をつつくようにしてあら探しすることがないようにとお願いしている。JABEE審査の学生面談において、先生方が JABEE 対応のための会議ばかりで、学生の面倒を見てくれる時間が減ってしまった、という学生の不満を聞くことがある。また、教員面談においては、JABEE 対応などのための雑務の増加と疲弊で、実際の教育に十分に時間を割けない、という不満を聞くこともある。このような不満に対しては、システム改善のための産みの苦しみと捉えましょう、といったコメントをすることもあるが、良い教育システムを運営するためには、まずは教員が生き生きと教育研究に没頭できるような環境を整備することが大切だと考えている。これは大学機関別認証評価や国立大学法人評価においても同じことが言えるであろう。やらされているという感覚での自己点検書の作成や評価基準への対応ではなく、より良い人材の育成のために、積極的に活動するという意識の醸成が必要だと考えている。どうせやらねばならない各種評価への対応なら、そこに喜びややり甲斐を感じられるよう工夫が必要であろう。教育制度委員会副委員長としての立場では、このことを意識しながら会議などに臨んでいきたいと考えている。
 最近、産官学が参加する会合などで、様々な分野で活躍する我々の専攻・部局の OBOG にお会いする機会が増えたこともあり、人材というのは我々が作り出している本当に大きな財産だなと感じるようになった。また、このような日本、あるいは世界において中心となって活躍できる人材を育成する場に教員としての職を得ることができたことの幸運も感じている。自らも楽しみながら、そして他の先生、職員の方々にとっても仕事の喜びが感じられる機会を作ることを意識しながら、教育担当評議員としての職を全うしていきたいと考えている。

(教授 都市環境工学専攻)