学生ケアを担当して

教育研究評議会評議員 副研究科長 鈴木 基史

鈴木 基史web.jpg 私は2013年8月に教授に昇任し、2014年度に代議員、2015年にマイクロエンジニアリング専攻長を経て、2016年度に北村隆行先生が研究科長に就かれたときに執行部(運営会議の構成員)の末席に加えていただき、2017年度からは副研究科長として今日まで努めてきました。思えば、初めて専攻長を仰せ付かった2015年度は大学院の入学試験でのトラブルもあり、私にとってはとても長い1年でした。年度末が近づいて次第に気持ちが晴れやかになっていく春先の昼食後、デザートを口にくわえて学生部屋から自室に向かって廊下を横切っているときに北村先生に呼び止められたのが運のつき?でした。教授としての経験の浅い私には、どのような仕事がまっているのか知る由もなく、実感を伴わないままに執行部に入ることになりました。当時の執行部では、研究科長が所属する系から学生のケアを担当する運営委員を出すことが慣例になっており、私は現研究科長の大嶋正裕先生の後を引き継いで、学生生活委員や高大接続科学教育ユニット(ELCAS)を担当することになりました。また、2018年度からは工学研究科附属工学基盤教育研究センター(ERセンター)のセンター長を仰せつかっています。おかげさまで、学部・大学院の教育制度委員会、国際交流委員会、新工学教育実施専門委員会などに関わることになり、教育や学生ケアに関する事柄がどのように議論されて進められていくのか、ようやく分かってきたところです。2019年から研究担当評議員を仰せつかることになり、執行部内での役割が少し変わることを機に、この3年間の学生や教員のケアについての私の拙い経験と、それに関連して思うところを述べたいと思います。
 学生生活委員会というのは学生担当理事のもとに組織されている全学委員会で、教育推進学生支援部と協力して、1) 授業料免除や奨学金など主に経済的な学生支援に関する事項、2) クラブやサークル活動など学生団体に関する事項、3) 学生の寄宿舎に関する事項、 を処理することが主な任務です。例えば、私が所属していた小委員会では入学料免除と授業料免除の対象者を決定しておりましたが、それらの予算は入学料免除については3800万円弱、授業料免除については1億6000万円あまりであり、いずれかの支給対象者は、半期で3500人を超えています。この数字だけ見ると、京都大学はかなり頑張っているように思いますが、それでも博士後期課程の学生への経済的支援は十分というには程遠い状況です。工学研究科においても独自に博士後期課程の学生に対して授業料相当額の支援をしていますが、残念ながら大学からは生活費の補助まではできていません。博士後期課程の充足率をあげて大勢の優秀な研究者が輩出するようにするためには、学振の特別研究員と同等とはいかないまでも、それに近いレベルの経済的なサポートが不可欠です。工学研究科では、産業界と連携して博士後期課程の学生をサポートしていこうという取り組みがいくつか芽生えつつあり、それらが学生サポートの大きな柱に育っていくことを期待します。
 工学の学生生活委員には、工学研究科・工学部内に設置された学生相談室(https://www.t.kyoto-u.ac.jp/ja/students/f-procedures/consultation)の相談員として学生のケアにあたるという重要な役割を与えられています。後述するように、文字通り工学の学生からの相談を受ける他に、学生総合支援センターとの協働や他部局の学生相談室との情報交換も行ってきました。残念なことに、京都大学の学生の中にはメンタルの問題を抱えて学習や研究に対する意欲が極端に下がってしまう人がいます。原因は様々ですが、成績不振がなんらかのかたちで影響していることが多いように思います。成績不振が最も端的に表に出るのが留年です。学生のみなさんは高校まではトップクラスにいた人ばかりなので、「恥ずかしい」とか、「親に言えない」と悩むのは当然のことです。しかしながら工学部の学生のおよそ20%が4年で卒業できずに留年することを知れば、留年することは特別なことではないと考えることができると思います。このことは、学生総合支援センターの杉原センター長のコメント(http://www.gssc.kyoto-u.ac.jp/counsel/ryunen.html) にも書かれていて、そのコメントが新聞にも掲載されましたのでご存知の方も多いと思いますが、ぜひ一度目を通していただき、教員の皆様には学生の指導に、学生諸君には悩んでいる友人へのアドバイスに役立ててもらえればと思います。
 悩みを抱えた学生には、一人でそれを抱え込まずに出来るだけ早い段階から他の人と相談してもらいたいと思います。そうすることで問題の解決に近づいたり悩みを和らげたりできると思います。近くに相談することのできる人がいない場合にはカウンセリングルーム(http://www.gssc.kyoto-u.ac.jp/counsel/) を頼ってもらえればと思います。吉田キャンパスのカウンセリングルームは平日の日中に、桂キャンパスの分室は月曜日と水曜日の日中に開室していて、予約制でカウンセラーが相談にのってくれます。最近はカウンセリングルームの認知度も高くなってきましたが、抱えている悩みが深刻な人ほど、カウンセリングを受けることに対する高い壁を作っているように見受けられます。近年のカウンセリングルームでは、全学で年間に700人が5000回ものカウンセリングを受けており、カウンセリングルームに行くことは決して特別なことではありませんし、恥ずかしいことでもありません。私が相談にのった学生の多くも、この数字を聞いて安心してカウンセリングを受けてみる気になりました。そしてカウンセリングを受けた学生は回復に向かうひとがほとんどです。また、昨年からインターネットを通じてオンラインでカウンセリングを受けられるサービスが始まりましたので、それぞれの立場でこういった情報を役立てほしいと思います。
 一方、工学の学生相談室は、教員として教育担当評議員と学生生活委員が、これに加えて桂と吉田にそれぞれ3名ずつの事務職員が相談員として配置されています。メンタルケアの専門家はおりませんので頼りなく感じるかもしれませんが、教務関係のアドバイスや人間関係がうまく行かない場合の調整など、カウンセリングルームの機能を補完するための人員が配置されています。工学の多くの専攻・学科・コースでは各教員がアドバイザーとして個別に学生を指導していますし、4回生以上の学生は研究室に配属されて指導を受けるため、他部局の学生相談室とは違って履修相談や成績不振に関する相談など、学業に関する相談については各学科・専攻にお願いしています。一方、調整役が必要な人間関係に関わる相談については学生相談室の教員が対応することもあります。工学の学生は学部の低学年から教員と密接に接して指導を受けるために、中には教員の指導を強いプレッシャーに感じてしまう学生もいます。あるいは、指導教員や研究室の学生との人間関係に悩む人もいます。こういった場合も、早い段階で教員や友人、あるいはカウンセラーと相談できれば良いのですが、学生相談室に相談が持ち込まれる案件の中には、本人の健康状態や人間関係まで大きく損なわれてしまっていることもあります。そこに至るまでの原因や経緯は様々ですが、教員と学生の間のコミュニケーションが十分になされていれば、どこかに解決の糸口があったものばかりだと考えます。学生から指導教員に直接悩みを訴えることは簡単ではないと思います。それでも頑張って指導教員に相談した学生もいますし、そうでなくても態度や行動に何らかのサインが出ていたはずですが、必ずしもその段階で救われなかったことも実際にあるのです。教員の皆さんには、学生と丁寧にコミュニケーションをとることを心がけていただくことに加えて、日頃の学生の表情や声、行動などにも気を配り、早い段階で悩みの種を見つけていただきたいと思います。また、学生は、直接指導教員に相談しにくいことがあった場合には、学生相談室を頼ってもらえればと思います。
 以上のように、カウンセリングルームや学生相談室などの相談窓口は整備されているとはいえ、よほど状況が悪くならない限りは敷居が高いでしょう。工学研究科では2017年度に当時の北村研究科長の発案で、カウンセリングルームの全面的な協力を得て、「学生指導のためのコンサルテーション」と銘打った出前カウンセリングを実施しました。あらかじめ工学の各系の世話人から相談の希望を問い合わせることと、各系のゼミ室や教員の居室にカウンセラーを派遣することで、少しでもカウンセリングをうける敷居を下げて、潜在的な悩みを発掘しようという試みでした。初めての試みであったにも関わらず各系から平均4件程度の相談の希望があり、コンサルテーションを受けた教員からは好評をもらいました。このような取り組みは各系それぞれに半年に一度のペースで継続したいところですが、上述のようにカウンセリングルームのカウンセラーへの相談件数は現在飽和状態であり、工学のためだけに時間を割くことはできない状況です。残念ながら2018年度には実施することができませんでした。大学の状況をよくわかっているカウンセラーをどのように確保するかが大きな課題です。
 また、学生や教員が気軽に相談できる窓口として、2018年度に材料工学専攻の主導で工学部物理系校舎内に「保健室」が設置されました。ここには、養護教員の経験のある看護師が毎日在室しており、予約なしで相談したり休養したりできるようになっています。開室直後から多くの学生や教員が利用しており、物理工学科は年間を通じて保健室に大変助けられました。折しも大学本部から高度専門職等重点戦略定員の募集があり、2019年度から桂キャンパスのBクラスター内に新たに保健室を開室するための養護教諭の資格を持ったスタッフを配置してもらえることになりました。学生や教職員が、気軽になんでも相談できる窓口になってもらえればと期待しています。工学の学生数を考えると、桂と吉田に保健室が1室ではとても足りません。保健室を適切な数まで増やすとともに、全学的な取り組みに広げていく努力が必要だと考えます。
 以上のように学生ケアの取り組みは、組織の観点から見ても、あるいは教員職員の皆さんの努力の観点からみても、私が学生の頃に比べて極めて手厚くなりました。しかしながら、ニーズに対する体制の整備は追いついておらず、今後も一朝一夕に解決する見込みはありません。繰り返しになりますが、教職員の皆さんには学生との丁寧なコミュニケーションを心がけてもらうこと、学生諸君には困ったことや悩み事が生じた時にはできるだけ早い段階で誰かに話を聞いてもらうことが大事だと思います。教職員の皆様には、ご自身が学生のケアに力を割いていただくことはもちろんのこと、工学や大学の体制を整える取り組みにご理解とご協力をお願いして巻頭の言葉に代えさせていただきます。