コロナ禍の前期4か月間を振り返って

副研究科長 立川 康人

No.74_工学広報_ページ_03_画像_0001.jpg 今年4月から教育担当の副研究科長を仰せつかった。工学研究科・工学部の運営会議の構成員となるのは初めてで,これまでの工学研究科・工学部の運営に関する経験は,平成27年度工学研究科教育制度委員会委員,平成28年度社会基盤工学専攻長,令和元年度工学部教育制度委員会委員である。経験が不十分な中,遠隔会議を中心として新型コロナウィルスに関する様々な対応に追われることになった。大嶋研究科長が陣頭指揮を執って工学研究科としての指針や対応をまとめられ,部局対策室で内容を確認し,本部からの要請に先駆けて工学研究科・工学部の指針や対応を発出することが迅速に行われてきた。その中で,私は主として入試関連業務への対応を教務課の方々と進め,教育制度委員会において意見交換をしながら様々な対応を行ってきた。この原稿を書いている7月末時点までのコロナ禍対応を,主として教育制度委員会での業務をもとに振り返り,何が問題となってどのような対応を行ったかを記録に留めることで,今年度後半および次年度への対応の備えとしたい。また,主として社会基盤工学専攻・都市社会工学専攻が実施している「大学の世界展開力強化事業」について,その一端を紹介したい。

 4月7日に新型コロナウィルス感染症緊急事態宣言が7都道府県に発出された。4月16日には緊急事態宣言の対象が全都道府県に広がり,講義や学内会議は原則インターネットによる遠隔での対応となった。入試についてはコロナ禍でも実施できる方式を整えて,募集要項を出す必要があった。高専編入学試験について,英語はこれまでTOEFL試験の成績による評価を実施してきたが,5月までのTOEFL試験がすべて中止となった。新型コロナウィルス対応として自宅受験用TOEFL試験が開始されたが利用実績がなく,受験生の受験機会の公平性を確保するために,筆記試験により英語を評価することとした。同様の問題は大学院入試でも発生し,受験生の受験機会を奪わないこと,公平であることを基本としてそれぞれの専攻で対応がなされ,5月の連休前までに募集要項を出すことができた。
 募集要項の発行以後,入試実施に向けた具体的な業務運営に議論が移った。4月後半から大きな問題となったのは入学試験問題の作成に関わる業務である。入学試験問題は,機密性3情報とされており,複製禁止,送信禁止,書き換え禁止に加え,ネットワーク非接続環境という取扱制限が追加された,もっとも高い機密性の確保が要求される情報である。これまで対面を前提として実施してきた院入試に関する業務を,コロナ禍でどのように進めるかが問題となった。これには,平成21年3月に示された京都大学情報格付け基準が,その後の情報通信システムの進展と必ずしも適合しないという点も問題を複雑にした。幸い,大嶋研究科長を初め附属情報センター,総務課,教務課の方々の各種方面への迅速な働きかけと調整により,工学研究科としての対応を正式に決定するとともに,情報通信システムの進展と合わせた新たな方式を提示することができた。工学研究科が抱える問題点は他研究科も同様であり,7月になって京都大学情報環境機構から,機密性3情報を扱う会議のオンライン開催の検討事項や情報格付けの考え方が整理され,ホームページで公開されている。
 入試問題作成の後で議論してきたことは,当日の入試に向けた準備である。大学院入試では,桂キャンパスに合計1,000人近い受験生が集まることになる。コロナウィルスに罹患した可能性により試験当日の受験が困難となる受験生の受験機会を確保すると同時に,入学試験時に新型コロナウィルスの感染拡大を防止するために,各専攻では追試験の実施準備も行われることになった。7月末の時点で第2波と思われるような感染者数の増加が報じられている。予定通り入試が実施できることを祈るばかりである。

 私が関連している教育プロジェクト「大学の世界展開力強化事業(気候変動下でのレジリエントな社会発展を担う国際インフラ人材育成プログラム,平成28年度~令和2年度)」も新型コロナウィルスの影響を大きく受けている。大学の世界展開力強化事業は,国際的に活躍できるグローバル人材の育成と大学教育のグローバル展開力の強化を目指し,日本人学生の海外派遣と外国人学生の受入を促進する事業である。これまでASEAN地域の大学やこの地域に展開する日本企業と連携して,単位認定を伴う修士課程学生の双方向短期留学プログラムや学部生の海外インターンシップを実施してきた。現在,学部生から博士後期課程学生までをカバーする以下の5つのプログラムを実施している。1)学部生対象の海外派遣インターンシップ,2)修士課程学生対象の双方向短期留学プログラム,3)修士課程学生対象の双方向中長期留学プログラム,4)博士後期課程学生対象のサンドウィッチ教育プログラム,5)博士後期課程学生対象の気候変動適応を対象としたウィンタースクール。残念ながら 1)の海外インターンシップは,夏季休暇中に学部生を現地に派遣することが困難な状況であり,今年度は断念せざるを得なかった。一方,2)の修士課程の双方向短期留学では,インターネットを通じたグループ討議の準備を進めるなど,新たな教育モデルを模索している。例年,このプログラムでは,我が国およびアジアの災害,防災・減災を学ぶことを目的として,8月に京都で2週間,バンコクで2週間のサマースクールを実施している。講義の中で設定された課題に対する学生同士のグループ討議を連日実施して,課題の理解を深めるとともに,語学能力の向上や人的ネットワークの形成を図ることを目的としている。
 この遠隔グループ討議をいかに効果的に実施し教育効果を高めるか,今年の3月以降,連携大学(チュラロンコン大学,カセサート大学,アジア工科大学,ベトナム国家大学ハノイ校)の教員と議論し準備を重ねてきた。例年と異なる利点は,遠隔システムを導入することによってプログラム設定の時間的な制約が少なくなることである。毎年,8月の1か月に集中してサマースクールを実施するが,インターネットを利用すれば,この期間にこだわる必要がない。今年は1か月早く,7月4日の土曜日に全員参加でZoomを利用したガイダンスを実施した。1グループ5名からなるグループを設定して日本人参加者にグループリーダーとしての役割を与え,7月を準備期間として,グループごとに課題を与えてスタートした。バンコクで実施予定であったASEAN連携大学が提供する講義は,7月からビデオで提供されている。受講生は各自ビデオ講義を受講し,8月のサマースクール期間は,その講義をもとにしたグループ討議に集中することになる。
 幸い,例年とほぼ同じ45名(京大20名,関大6名,海外連携大学19名)の申し込みがあった。その内訳は日本人18名,留学生27名である。ガイダンス後に各グループに分かれたブレイクアウトセッションを実施し,7月10日にガイダンスで与えた課題の発表会を実施した。例年,グループに分かれると,英語でのコミュニケーションに慣れた留学生にリードされてしまい日本人学生は黙ってしまうことが多いが,今年は,例年と異なり日本人学生がコミュニケーションを先導しており,好スタートを切ることができた。
 この準備を通して,短期留学に何を求めるか,改めてその意味を考えた。今年度の取り組みのように,学生同士の国際的な遠隔コミュニティを構築し,インターネットでのグループワークによっても,語学能力の向上や人的ネットワークの形成が期待できるならば,今回の方式の方が,予算を心配することなくより多くの学生に機会を与えることができる。一方,できないこともある。今の海外旅行は危険や不便は少ないが,それでも実際に海外に行くときの旅の緊張感や,海外連携大学の教員,海外の仲間と初めて会うときの緊張感,また,ともに食事をしたり現地訪問したりする交流はインターネットでは経験できない。日常から離れた状況で知らない人々と交流し,いつもと違う目で見て学ぶことで得るものは大きい。
 遠隔での学生コミュニティを形成し議論する場を構築した後で,実際に現地を訪問しあって顔を合わせて議論したり現場を見たりする機会を作ることができれば,より効果の高い新たな国際教育モデルを考えることができる。できれば来年3月に学生を現地に派遣する機会を作りたい。こうした事業を実施するためには,海外連携大学の教員との信頼関係がもっとも重要となる。海外連携大学との人的ネットワーク構築は,昨年度まで本事業の事業推進責任者を務めて来られた大津宏康名誉教授に負うところが大きく,そのご功績に感謝申し上げたい。

 来週から8月の大学院入試を迎える。大学の世界展開力強化事業もこれからが本番である。また,後期の授業の実施方法や2月の大学院入試の実施方法も,早急に検討を開始する必要がある。この工学広報が発刊される10月には,まずは8月の大学院入試が無事終了し,後期が順調に始まっていることを願う。

(社会基盤工学専攻 教授)