雑想記

副研究科長 横峯健彦

横峯先生 これまで5年間にわたって工学研究科執行部に入って運営に携わってきました。最初の4年間は,学生担当副研究科長および学生生活委員,保健室長として,学生のケアに務めてきました。学生ケアに関しては,苦心惨憺(日本語が適当か不明ですが)の日々で,私のこれまでの教員歴でも,トップ3に入るきつい期間でした。ただ,私よりも当事者はもっともっとつらい思いをされていますし,研究室やご家族など身近な方々,保健室や教務掛・総務掛など生の声を聴く方々ももっともっとご苦労をされていたのを肌で感じてきましたので,私がどれだけ役に立てたのか,まったく自信がありません。COVID-19の蔓延時期は,対人コミュニケーションが失われた時期でもありましたので,学生のケアのやり方も大きく変わり,保健室の先生方にはご負担をおかけしました。保健室は,学生の自死・自殺防止を最重要ミッションとしているため,保健室からの積極的声掛けやSNS用動画作成などを行ってきました。工学研究科・工学部のチームケアを行う保健室の重要性・機動性とその効果は,当事者にならないとなかなか十分に理解していただくことは難しいかも知れませんが,工学研究科・工学部にはかけがえのない存在ですので,これからも皆様のご理解とご協力をお願いし,また保健室の先生方にはこれからも学生および教職員のケアをお願いいたします。
 最初の4年間は,工学基盤教育研究センター(ERセンター)長も兼務させていただきました。ERセンターに関しては,センター長就任時に,センター教員の方々に,ルーチンワーク以外にも,“何かひとつ違ったことをやってみましょう”,というお願いをさせていただきました。そのお願いから,工学部共通科目の採点方法変更,フロリダ大学との学生交流,実践的アントレプレナーシップ教育(資金付きのビジネス発表会など),留学生のケア拡充など,多くのnewなことを実現していただき感謝しています。なかでも,Ed-Tech活用工学教育の一つとして,本多教授が中心となって開発・実施していただいている留学生向けの講義の日本語翻訳システム(ELSA)が軌道に乗っていることは,工学研究科の国際化・国際連携にとって次の一手に大きく貢献できる可能性を感じます。任期最後に,センター改組をさせていただき,安部新センター長に無事引き継ぐことができましたので,一安心です。
 昨年度からは,教育研究評議員および研究担当副研究科長として執行部に入らせていただいています。それまでの4年間とガラッと変わって,学生ではなく主に教員や技術職員の方々のサポートになります。まずは,2023年4月に発足し,10月から活動を開始した,次世代学際院の院長として,その立ち上げを行いました。次世代学際院は,その前年度から椹木前研究科長および鈴木前副研究科長を中心とする設置準備の運営委員会の方で土台を作っていただいていましたので,発足後行った次世代研究者の公募にも多くの若手研究者に応募していただきました。8月にはキックオフミーティングを開催しました。私は,一人で喫茶店やレストランに入れないくらい人見知りなので,初顔の大勢の若い方々に会うにはお酒が入った方がいいなと考え,ワイン付きのミーティングにしました。(飲み屋には一人でもいけるもので)立食パーティーによくある,ひとりぽつんという方がみられず,みなさん,盛り上がって交流していただいたように思えます。
 学際研究はすでに当たり前のことで,いまや,interdisciplinaryをtransdisciplinaryによって実装化にどうもっていくかが問われているかもしれませんが,若手研究者にとっては,自分の専門分野,基礎と応用,専攻どころか研究室といった垣根は,日常の業務の忙しさも加わり,まだまだ高いように思われます。異分野,他組織の研究者,ひいては官産との交流の場を提供するのが次世代学際院の重要ミッションですが,あくまで次世代研究者からボトムアップ活動を期待し,シニアは裏方サポートに回るというのが発足時の約束事になっています。私の居室のホワイトボードには,京大に移ってきたときから,ベタですが,好きな言葉として「学而不思則罔 思而不学則殆」と「学則不固」を貼ってあります。次世代学際院の目的理念には,これらは,結構しっくりするなと感じています。それぞれ,知の深化と知の探索を両立させないと独善的な狭義思考に陥ることになる,新しいアイデアやアプローチを探索し柔軟に問題に対処せよ,ということだと勝手に解釈しているのですが,次世代研究者には交流によって異分野研究と出会い,刺激を受けて“思而不学則殆”と“学則不固”を期待しています。昨年度は,今号の別記事に少し書かせていただいていますが,4,5人の異分野研究者からなるチームに分かれて活動してもらっています。そこでは,もちろん学際研究の種を見つけられれば最高ですが,例えば,異分野における最新測定技術や実験手法,計算手法,モデリングなどを知り,自分の研究への応用などに活かしてもらうことも立派な成果になります。また,次世代学際院の目的の一つであるトランスファラブルスキルの涵養も兼ねています。トランスファラブルスキルとは,多様な情報の中から課題を捉え,研究の段取りを組み立てていく「対課題スキル」,課題に対して,主体的に取り組み,成果を上げるために自らをコントロールする「対自己スキル」,チームでのコミュニケーション力や交渉力など,研究で成果を出すための人間関係を構築する「対人スキル」です。対人スキルには,専門外の人に自分の研究の内容と意義をわかりやすく説明する能力が含まれます。執行部に入って,研究科内のいろいろな審査の場面に参加させていただいていますが,他専攻の学生,特に博士学生の研究内容を聞く機会が非常に多くなりました。ほぼすべての専攻にわたってですので,まさに異分野の話を聞けるのはこの歳になっても非常に刺激を受けました。ただ,そこで感じたのは,審査ですので,自分の専門分野でない人に対して自分をアピールすることが求められているはずですが,専門用語やその分野では常識的なことなどを説明なしに多用するため,その研究成果のすばらしさがあまりピンとこないことが少なくないということです。もちろん,教員の方々は学生とは違うとは思いますが,私自身,異分野,異業種,一般の方々に自分の研究を説明し,理解してもらうのにたいへん苦労した経験がありますので,そのスキルの重要性は身にしみて感じています。いま,大学でもアントレプレナーシップ教育やスタートアップ支援などが進められていますが,その際にもこれは重要なスキルとなるでしょう。また,対人スキルには,チームワーク(コミュニケーション)やメンタリングに関するスキルもあります。次世代学際院のチーム活動を通じてぜひそういったスキルも磨いてもらいたいと願っています。
 また,研究担当副研究科長の充て職として,工学研究科技術部長を兼務しています。2022年度より,全学の動きとして技術系職員による研究支援体制の再構築の検討・議論が進められています。上つ方の会議の議論には参加していませんが,降りてくる情報などを基に,技術室と共に工学研究科としての対応を考えています。工学研究科では,すでに技術部として組織化され,教育・研究・技術の支援と安全管理を第一義とする業務を行ってきており,各人の業務に対する評価方法も確立されています。(https://www.tech.t.kyoto-u.ac.jp/ja)過日,件の検討に関して,担当理事によるヒアリングが行われましたが,本研究科では,技術職員をリスペクトしており,今後の工学研究科の将来計画における技術職員の必要性と重要性を説明させていただきました。技術部長になったばっかりの頃,自分の専攻以外の技術室の活動を知らなかったため,いくつかの定例グループ会議にお邪魔させていただきました。その中で,若い方から「理想とする技術職員像は何ですか」と質問を受けました。私は,助教(助手)になったころから実験メインの研究になり,変わった実験装置ばかり作っていたので,技術職員の方には大変お世話になり,その方が理想だと答えました。その方は,教員のオーダー(設計図)に対して,その実験内容を十分に理解し,彼の知らない現象についてはレクチャーを求め,それをもとに的確なアドバイスをしていただき,ともに実験装置を作り上げてくれる方でした。その方には,機械工作,ガラス工作,溶接も教えていただきましたが,私ではできないような困難な工作に関しては,その現場に立ち会い,工作行程を考えた設計についても学びました。先述の次世代学際院がまさにそうですが,これからの研究はますます複雑化し,異分野融合の学際化が進んだとき,技術職員によるサポートは,異分野間の垣根を取り払い連携させる,すなわち学際的なアプローチを可能とする重要な役割を果たしてくると思われます。そのための,先端技術の導入や実験設備の最適化に対応できるように,技術職員は日々スキル向上にも取り組んでいます。教員の皆さんも,技術職員の方々と積極的にコミュニケーションをとっていただけると幸甚です。
 これまでの5年間で,研究科長も大嶋先生,椹木先生,立川先生と代わり,それぞれの研究科長がそれぞれの考え方,スタイルをもって運営をされており,非常に勉強になりました。また,教員としてはもちろんですが,副研究科長としての業務は,事務方のサポートがなくては成り立たないものです。その事務方も,事務部長をはじめ,たいへんお世話になった各掛の事務の方々が次々と代わられていきました。十分にお礼ができなかったため,改めて,ここに感謝の意を表します。今年度は,国際卓越研究大学制度への再挑戦や様々な改革に伴う工学研究科の対応が予想されます。皆さまのご協力をよろしくお願いします。

 雑記と称して,とりとめのないことを書き下しました。稚拙な文章がデジタルタトゥーにならないことを祈ります。

(原子核工学専攻 教授)