意識の転換

名誉教授 引原隆士

引原先生 工学研究科・工学部の教職員の皆様には,在学中,在職中大変お世話になりました。皆様からの教育・研究に対するご支援とご厚誼に対しまして心より御礼申し上げます。この稿の機会を借りて想うところを述べさせて頂きます。
 厄年に京都大学教授に昇任させていただいたことが理由か,その後次々と専攻長,全学委員会委員,工学研究科執行部委員,学科教務委員長,学科長,入試実施責任者,図書館機構長,情報環境機構長,副学長という責任ある役を経験させて頂きました。一つが終わると次の役が求められるという状況で,いつまで経っても厄(役)払いできないまま還暦を過ぎ,あろうことか工学研究科教授を辞した後に理事のまま定年を迎えることになってしまいました。工学研究科執行部の皆様には,主査を務める予定だった博士課程学生の指導に関しまして,大学本部の要請に伴う定年前辞職への例外的措置を認める内規の改正でご迷惑をお掛けしました。お詫びと共に感謝申し上げます。このことに研究科が博士の学生指導という意味で意識くださったことは受け入れた教員としての責任を果たせる意味で大きく,今後同様の役を担われる先生方の負担低減だけでなく, 自由度を高める例になれば幸いです。
 思い返せば,学生時代から慣れ親しんだ吉田キャンパスの喧騒を後にして桂キャンパスの静謐な環境に移った時,移転に伴う日常の不自由さから来る不平不満や嘆きがあるものの,教育・研究環境を新たに作り上げていく希望がありました。しかしながら,日常に精一杯の教職員,学生の振る舞いが,地域住民とのコミュニケーション不足による軋轢を招き,当たり前に研究に励む事が必ずしも認知され難いことを経験することもありました。そういう外部からのクレームに加え内部で生じる様々な問題が本務である教育・研究の活動意欲を削いでしまうこともあり,キャンパスを維持・管理していくことの難しさを初めて理解することになりました。個々の課題に対して工学研究科の執行部,教員,職員の皆様が辛抱強く丁寧に対応をして下さった結果,キャンパス移転の過渡期をなんとかやり過ごせたのではないかと思います。大学において研究の自由な営みは失われてはいけないものですが,それは研究者の権利として振りかざして認めさせるものではなく,周囲や関係者のサポートを受けて初めて保たれるものであるということも改めて理解しました。桂キャンパスに移転して20年の時を経て,吉田および宇治キャンパスで長い間継続してきた大学のあるべき形や展開を新しい場で再現する期間はとうに過ぎ,新たな形や流れを生み出し,これからの人に起点や環境を提供していく次の段階に来ていると感じています。
 さて,個人的には10年以上に亘って図書館機構長として京都大学の全学機能組織の運営に携わり,研究科,学部,特定のキャンパスだけでなく全国の国立大学の学術情報に関わる仕事に携わって来ました。当初から工学研究科・工学部の意識と全学の考えとの乖離があり,指導的立場の教職員から出る身勝手な言葉,被害者意識に根ざす意見を受けることが何度もありました。それは教職員が置かれている物理的な距離に由来する負担の多さ,大学本部との情報の粗密あるいは意識のずれ,大学の大勢の意見に対する受け身の応答,その連続による自律性の喪失に起因していたと思います。そして離れた場で開かれる会議の場に居ることでしか意見を出せないことが当たり前でした。しかしこの状況を大きく変化させたのがコロナ禍であり,zoomを始めとする遠隔会議システムの出現でした。誰もが大学の場から隔絶される中で,表情を見て資料を確認しながらリアルタイムで議論でき,移動を伴わず自室や自宅から参加して意見を言うことができるハイブリッドの共有空間が提供されました。これが,キャンパス移転以来避けられなかった物理的な距離の移動に伴う精神的かつ身体的苦痛を激減させたことは明らかです。コロナ禍真只中では,キャンパス間シャトルバスにはほとんど乗客は居ませんでしたが,情報空間では講義や会議を人が瞬時移動していました。一方,コロナ禍中に開館した桂図書館には,研究室から締め出された学生や教員が,また吉田の図書室から閉め出されて勉学の場を求めて来た近隣の学生が居ました。コロナ禍以前には当たり前と思っていたキャンパスや研究室運営の意識の中に,特定の時間と場所に制約を加えた教育や研究の課題を知らしめたと言えます。いわば不合理とも言える制約を理解した結果,誰もがもうコロナ禍以前に戻ることは無駄であるという意識にたどり着いたのではないでしょうか。効率の悪さだけでなく,運用してきた規則の傲慢さやサポート意識の欠如に気がついてしまったと言えます。例を上げるまでもなく対面が必須であった全学会議も接続場所に拠らず遠隔出席を承認し,講義も対面を重視しつつもハイブリッド講義が許容されるに至り,様々な時間と場所の制約が緩められました。さらには,教員・学生には研究用のソフトウェアの一部が全学でサイトライセンスされ,研究室でのみで研究に利用することに制限していた設定も,自宅や別のキャンパスで利用できるようにするということへの共通理解に辿り着いた結果,自宅でも大学でも,また移動しながらも研究を続けることができるようになりました。結果的に桂キャンパスの研究環境が避けられなかった,物理的距離に因る移動時間と日常の研究活動への制約を解き放ったと言えます。この理解はそのまま,今世の中が社会のあるべき姿として求めるダイバーシティ,インクルージョン,イクオリティの意識の重要性の気付きにつながります。権利を主張し維持することが逆に人の自由を失わせると同時に,いつ自分が逆の立場になるかわからないということへの気付きを生み,研究環境を時間と場所によらないものにできるという意識に高めたのではないかと思います。もちろん実験室という物理的な環境はまだ各キャンパスにあります。しかし,今やキャンパス間は必要な容量の通信ネットワークで繋がり,実験データもキャンパス間,他機関とも共有できます。その結果,場所や行動の制約を飛び越えてハードとソフトを併用し,共同で研究を進めるアプローチも可能になっていくことが容易に想像できます。
 すでに最初から桂キャンパスの京都大学大学院工学研究科に入学し,修了していく学生が育っています。これに対して,20年前に遡る教職員の吉田への郷愁が彼らに対する見えない制約として残っています。人に移動の負担を要求する指導や運営が,同じ時間と空間を共有して同期することを前提とするスタイルは,仲間内の暗黙合意への服従の要請に過ぎないのではないか,そしてそれを指導者への信頼の踏み絵と勘違いしていたのではないか,そういうことを考えるに至っています。京都大学の工学研究科,工学部に留まらず,京都大学が次のフェーズに向かうためには,自らが当たり前と思っている意識を転換してみることが大切なのではないでしょうか。
 無意識の制約を解くことが,教育・研究だけでなく人としての活動の自由や心の余裕を生み,例外を排除するではなく柔らかく取り込む前向きな対応をすることが,さらに創造的な場を生み出す切欠になるのではないかと思います。ぜひ工学研究科,工学部がそのような起点になるように転換していってもらいたいと思います。
 改めまして,長い間サポート頂き,ありがとうございました。

(電気工学専攻 2024年3月退職)