不易流行
名誉教授 乾 晴行

大阪大学大学院工学研究科の藤田廣志教授が主宰される研究室で研究者として歩み始めました。結晶の塑性変形を記述する「転位論」の講義で憧れ,学部から博士後期課程修了までお世話になりました。藤田廣志教授は「転位論」だけでなく,原子サイズの結晶欠陥である転位を観察するための電子顕微鏡法の大家でもあり,結晶の変形を原子の動きに遡って実験研究する基礎を教授いただきました。退職するこの日まで大切にしてきた実験研究発想のベースとなりました。大学院生の頃,原子が解像できる透過電子顕微鏡が市販されるようになり,興奮・感動とともに原子像を撮影していた当時を懐かしく思い出します。まだ,原子像を拡大観察するモニターのない時代でしたので,顕微鏡の乾板を覗き込んで肉眼で原子像を確認する必要があり,毎晩深夜過ぎに精神統一をして実験していたことを昨日のことのように覚えています。昭和63年工学博士を取得し,米国ペンシルバニア大学で博士研究員として金属間化合物の結晶塑性に関する研究に従事することになります。金属間化合物はジェット・エンジン部材など新たな高温構造材料として世界的に注目されつつあった材料です。転位のアトミスティック・シミュレーションの世界的一人者Vaclav Vitek教授と実験研究を行うDavid Pope教授が,共に金属間化合物の結晶塑性を研究されていました。Ni3Alはジェット・エンジンのタービン翼Ni基超合金の主要構成金属間化合物相で,普通の金属材料とは正反対に,温度上昇とともに強度が増大する「異常強化現象」を示すことで知られていますが,そのメカニズムは十分に解明されていませんでした。Vitek教授がこの実験から明らかになった「異常強化現象」を説明する理論を世界に先駆けて提唱し,その結晶方位依存性など詳細をPope教授が実験検証し,系統的な理解が確立されました。このように,理論計算と実験の研究者が如何に刺激しあい,その先の研究へのインスピレーションを生み出すことができるのか,その過程を間近で見せていただく幸運にも恵まれました。また,在籍したペンシルバニア大学のLRSM(Laboratory for Research on the Structure of Matters)研究所は,金属材料のみならずセラミックス,半導体,高分子など広範囲の材料を扱う研究所で,毎日午後3時から講堂でコーヒーブレークがあり,異分野の研究者とも自由に交流が持て新たな刺激を受けることも多々ありました。現在,世界の一線で活躍するGreg Rohrer教授(カーネギーメロン大学),Linda Schadler教授(ベルモント大学)など,当時知り合った多くの研究者と今でも交流が続いており,至宝の時間を過ごすことができました。
平成元年に帰国し,京都大学に奉職しました。山口正治教授のもとで金属間化合物の結晶塑性に関する研究を続けることになりました。山口正治教授は,金属間化合物構造材料研究の世界的権威で,海外からも多くの研究者が集まり,研究室は国際色豊かな金属間化合物研究の一大拠点でした。自分で研究室を主宰するようになった後も金属間化合物研究の一大拠点としての研究室を維持するよう努めました。山口正治教授のもとでは,当初,Ni基超合金を代替する軽量高温構造材料としてのTiAl基金属間化合物が主要研究トピックでした。結晶塑性の方位依存性を調べるため単結晶を必要としましたが,単結晶成長装置の前でモニターを見ながら融液の量を一定に保つ必要があり,単結晶1本得るのに十数時間を要しました。今日では学生に与えるテーマとしてはブラックと言われ不適切なものかも知れませんが,当時の多くの学生諸君の頑張りにより多くの業績を積むことができ,研究室をTiAl基金属間化合物研究の最先端研究室にまで押し上げることが出来ました。
平成16年に研究室を主宰するようになってからは,金属間化合物研究を更に発展させるためナノ・ミクロンサイズの微小体積の結晶塑性の研究にも着手し,全く塑性を示すことがないと考えられていた多くの脆性金属間化合物,セラミックスの変形機構の解明に成功しました。微小体積の力学特性評価の精密測定が可能となったのは幾度にもわたる試験機の改良の賜物で,従事していただいた研究室スタッフや卒業生には頭が下がる思いです。平成30年には科学研究費新学術領域研究「ハイエントロピー合金」の領域代表として採択いただき,国内外から多くの研究者を迎え,構造材料としての金属材料研究の拠点の役割を果たせたことは幸いなことでした。定年を迎えるにあたりこれまでを振り返れば,恩師,数多くの共同研究者,研究室のスタッフ・卒業生との幸運な出会いがあったことが今更ながらに実感できます。この方々との出会いがなければ今日を迎えることはできなかったと思います。深く感謝申し上げます。
政治の世界でも政権の枠組が変わったように,いろいろなものは常に変化しています。その変化の速度は年々指数関数的に増加し,コロナ禍の収束以降は特に顕著になっているように思います。私も,体を動かすことが昔は億劫でしたが,コロナ禍の収束以降は,鴨川の川岸を歩いて帰ることが普通になりました。歩き始めた当初は良く知られる「鴨川等間隔の法則」に従ってカップルが佇むのを良く見かけました。しかし,昨今は訪日外国人がわんさか押しかけ,ビールを飲んでごみを撒き散らかしてどんちゃん騒ぎ,水着で遊泳を楽しむなど,日本人のカップルを見ることは殆どなくなり,「鴨川等間隔の法則」は完全に破綻・崩壊しています。800年以上前,鴨長明が「方丈記」の冒頭「ゆく川の」の一節で世の移ろいやすさ・無常観を川の流れに例えて表現しました。「世の中の人々の運命や住まいは,行く川を流れている水が同じではないように常に変化し同じであることは出来ない」と。この一節の「行く川」は鴨川を詠んだものではないでしょうが,「鴨川等間隔の法則」の破綻・崩壊は正にその通りとの感を抱かずにいられません。大学を取り巻く環境も大きな変化の波に飲み込まれているように思います。これまでの学術体系にとらわれない新学部創設など大きな変化・変革が諸大学で実行されつつあります。ファンドによる大学経営など変化・変革の例を挙げればきりがありません。京都大学でもデパートメント制の導入など新たな変化の試みがなされつつあります。私の所属する専攻の教員の専門分野もここ数年,大きく変化したように思います。もともと金属系の専攻・教室でしたが,金属学を専門とする研究グループはもう2,3グループしかありません。変化の常,時代の流れなのかも知れません。学術雑誌や国際会議でも機械学習,AI(人工知能)などを駆使した材料開発に関する研究発表が増加傾向にあります。米国,中国の研究者に顕著な傾向があります。日本ではこの傾向はまだそれ程顕著でないように見受けられますが,それを喜ぶべきか,憂うべきか判断しかねます。国際会議でそのような発表に対して材料基礎の観点から質問しても質疑応答は噛み合いません。勿論,研究の観点が違いますので当然のことではあります。新しい学問体系ですから大切にしないといけないと思いますが,基礎学問の体系から言えば少し憂うところがあるかも分かりません。個々の学問もそれらを系統化した学問体系も当然変化しています。AIなどを取り入れた研究発表ができるレベルにまで新たに勉強しなくても良いタイミングで退職できることは,正直幸いだったと思います。京都はしばしば「伝統が息づく街」と形容されます。変わり続けることで変わらないもの,すなわち伝統を守ってきたと言えるでしょう。京都大学もそのようにして発展してきたように思われます。古いものを大切にしながら,新しいものも大事に極めていくことが肝要なのでしょう。古いものを知らずに新しいものを追い求める研究者も大勢います。それを一瞬でも嘆かわしいと思うのは老婆心なのでしょう。若い研究者たちのエネルギーと創造性に期待したいと思います。工学研究科の益々の発展をお祈りして,筆を置くことにいたします。
(材料工学専攻 2026年3月退職)
