ナノメディシン融合教育ユニットの紹介 NanoMedicin Merger education Unit

小寺 秀俊

ナノメディシン融合教育ユニットの紹介1.はじめに

ナノメディシンとは、ナノテクノロジーとライフサイエンスを利用した高度医療技術です。近年、マイクロ技術からさらに微細化し、原子・分子自体を対象としたナノテクノロジーの研究分野および応用技術の開発が盛んに行われている。一方医学分野でも生体機能の直接計測やシミュレーション、さらには、細胞・分子レベルでの新規治療方法の開発など、先端医療の世界では工学的な研究成果が実際の医療や医学分野の研究領域で広く使われている。これまで、医工連携分野ということが言われてきたが、特に、ナノテグノロジーを先端ライフサイエンスおよび医療分野に応用することが重要な課題となってきた。

このナノメディシン領域の研究開発においては、工学・医学関連分野の研究者が相互に協力して研究開発に従事することが必要不可欠である。工学・医学の両分野の研究者が相互協力する場合には、互いの分野の技術内容および研究課題を理解し、また時には互いの技術を取得することが必要である。

平成17年度より、京都大学では科学技術振興調整費により、ナノメディシン領域の教育を本学の大学院生のみならず社会人に対しても教育する「ナノメディシン融合教育ユニット」を創設し教育と人材育成を開始している。本稿では、その概要と目的を紹介する

2.ユニットの背景および目標

大学における教育では、工学部では学部教育においてそれぞれ専門分野に必要な基礎科目および応用科目を習得するようにカリキュラムが構成されている。例えば、機械工学に入学すると、数学や物理や力学を学び、専門科目として材料力学・流体力学・熱力学や設計工学および加工学などの科目を学ぶとともに、実験・実習や演習および卒業研究や修士における特別研究を通じて、学んだ基礎科目をどのように使うのかまた、どのように考えるのかを習得するようにカリキュラムは構成されている。この専門教育の中において、工学部・工学研究科の学生が医学領域をはじめ工学部の中でも他の分野の基礎教育や先端教育をうける機会は少ないと言える。博士課程後期に進学した学生の場合、より広い視野で研究を行う機会があるが、他の領域および他の研究科の科目や先端研究内容を学ぶ機会は、学生が所属する研究室の研究内容によると言える。しかし、大学を卒業後就職した後に、自らが学んできた領域のみの知識が通じる場合は少なく、大学で専攻しなかった他の領域や他研究科の領域の基礎知識や先端技術を習得することを余儀なくされる場合が多い。

ナノメディシン融合教育ユニットの紹介

大学を卒業後、他の領域の基礎知識や先端技術の講義や実習を再度大学で受ける機会は、これまでは多くなかった。しかし、大学卒業後に必要になる知識や技術は多く、生涯学習の観点からも大学の先端領域を社会人に開放することが必要となってきている。

近年、産学連携が重要となっているが、大学で生まれた技術や知識がすぐに企業で実用化されることは、技術の成熟度の観点からも難しいといえる。特に先端医療の領域においては、大学の技術を臨床に応用するまでには、基礎研究で生まれた技術や装置は大学病院等で臨床実験しその結果をもとに、一般の病院での治療に利用される。基礎研究と臨床実験の間にはTranslational Researchが必要でありさらに臨床実験と実際の治療への適用の間には、Critical Pass Researchが必要である。

特に、近年の高度医療分野におけるこの重要な2つの研究の谷間を埋める研究を推進するためには、工学・医学両領域の研究者が協力するだけでなく工学・医学両方の先端知識と技術を習得した研究者・技術者が必要となってきている。

そこで、本ユニットでは、ナノテクノロジーとライフサイエンスの異分野融合により初めて実現できる、ナノメディシンという高度先端医療に関する基礎・応用研究を開拓できる研究者・技術者を育成するため、自らの専門としての基礎分野に加え、新たな専門分野の知識を講義・実習等により習得し、さらに、課題解決型実習により研究能力の開発を行う。これにより、新研究領域において基礎から応用までの問題解決能力を有する研究者・技術者を育成する機会を提供している。

3.ユニットにおけるコースの概要

養成すべき人材像と到達レベルの目標;ナノメディシンは多くの分野領域を含んでいることから、本学の現在の教育・研究の実態を元に検討した結果、次の4つのコースを設置している。いずれのコースも急速な発展がみられる分野でありながら、研究開発を遂行できる人材に極めて乏しいという問題を抱えている。

  1. バイオマテリアルコース
  2. ナノデバイスコース
  3. 生体イメージング・ターゲッティングコース
  4. 生体機能シミュレーションコース

i. バイオマテリアルコースの内容

新たな未知の分野であるバイオテクノロジー・材料科学をベースにしたナノマテリアル。さらに、組織工学・再生医学の基礎の修得を可能にするコースである。このコースの特徴は実習に重点を置いていることで、バイオテクノロジー実習と組織工学・再生医学実習を通じて、実際に手を動かしながらそれぞれの学問の基礎を学ぶことができる。基礎分野としては、有機化学・無機化学さらにはバイオテクノロジー等の、バイオ研究および医療に役立つバイオナノマテリアルの研究・開発ができる研究者・技術者に必要な分野を習得できるようにしています。

ii. ナノデバイスコースの内容

ナノデバイス・マイクロデバイス・MEMS・マイクロTASなどのデバイスの研究開発と設計・作製に関する基礎知識を講義を通じて学ぶとともに、演習実習を通じて、実際にデバイスの設計および作製を行うコースです。具体的には、MEMSやマイクロTASを支える成膜とエッチングおよびホトリソグラフィーに関する基礎知識や、マイクロ加工方法一般と設計に必要な数値解析理論および生体材料やたんぱく質やDNAを実験するためのマイクロシステムに関する基礎知識を学びます。また、生体計測を目的としたデバイスの要件を課題解決型授業のテーマとして与え、その要件を満たすデバイスを設計し計算機上で試作実験するとともに、実際に試作も評価します。

ナノメディシン融合教育ユニットの紹介

iii. 生体イメージング・ターゲッティングコースの内容

イメージングは、20世紀に大きく発展し、X線CT、MRIという代表的なイメージング機器の開発が有名であるが、21世紀においては、形態を観るだけでなく、生体内で起こっている遺伝子発現から細胞機能・組織の代謝情報といった重要な生命現象を可視化する生体イメージングへと更なる進化を遂げようとしている。この技術は生命科学・医学研究、更には創薬のための協力なツールとしてではなく、革新的な診断技術として医療に大きな革新となると期待されている。現在この分野の基盤技術としては、PET・MRなどのイメージング機器と可視化しようとする生命現象に特異的でイメージング機器にシグナルを発信する分子プローブの2つがある。そこで、本コースでは、イメージングおよびターゲッティングの現状とそこで用いられている技術の全体を講義するとともに、実際の計測などを実習・演習を通じて体験する。

iv. 生体機能シミュレーションコース

システムバイオロジーは細胞を構成する極めて多くの分子の相互作用を捕らえ、それによって生体の活動を理解しようとするものである。コンピュータ上にそれら分子の相互作用を記述して計算し、細胞の働きを仮想空間上に再現するもので、計算機および計算科学の知識と生理学や細胞を構成する酵素反応や膜輸送・筋収縮・シナプス伝達などの素過程に関する知識および臓器に関する知識が必要となる。生体シミュレーションでは、バイオシミュレーションの基礎となる科目を講義するとともに、上述の医学応用を目指したシステムバイオロジーについて、具体的な例を挙げて説明し、バイオシミュレータを理解すると同時に、自らの目的に合わせてバイオシミュレーターを開発することができるように実習し、それによりバイオシミュレーションのソフト開発技術を習得する。

上述の4つのコースにおいては、講義による知識獲得と実習・演習による技術習得に加え、臨床現場の医師やライフサイエンスの先端研究者およびナノマテリアルやナノデバイスの先端研究者から最先端の研究課題を提供し、受講する社会人と話題提供者および学生が1つのチームを構成し提供された研究課題の解決方法を考案するという課題解決型実習を実施する。この実習の中では、特許調査から特許の提案さらには、アイデアに基づいた材料開発やデバイス試作などもコースを超えて行う。

各コースの受講期間は1年としており、前期は講義および技術習得のための演習・実習が主体であり、後半の半年を課題解決型実習の期間に当てている。

おわりに

現在、医工連携分野として急速に発展しているナノメディシン融合領域の研究者・技術者の養成を目的とした教育ユニットを本学では開始しており、大学院生のみならず社会人にもこのユニットを履修できるように公開している。現在60名を超える履修生がおり、基礎知識の獲得と実習を行っている。平成18年4月には第二期の履修生を募集しているので、下記のWWWサイトを参照されたい。

この教育ユニットの受講者が次世代の新たな生命科学や医療分野の研究開発の担い手と育つことを期待している。

ナノメディシン融合教育ユニットのURL
http://www-gs.kogaku.kyoto-u.ac.jp/nanomed/index.html

(教授 マイクロエンジニアリング専攻)

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