No.47 (2007.4) / 紹介 / アジア太平洋地域の持続的成長と情報共有システムの構築

アジア太平洋地域の持続的成長と情報共有システムの構築

都市環境工学専攻 竹内 佐和子

竹内 佐和子1.はじめに

アジア地域、さらにはアジア太平洋地域における近未来の国際関係を構築するには、時代の要請やグローバルな経済構造の変化を読み取って、それを先取りした形の設計図を描く作業が不可欠である。国際関係の構築や外交という仕事は、法学部や経済学部のテーマとこれまで思われてきたが、特にこれからの国際秩序構築には工学的知見をもっと活用すべきであるとつねづね思っている。

1992 年1 月1 日欧州が統合に向かって大きく動き始めた頃、私はちょうどパリに滞在していた。フランス滞在は延べ8 年ほどに及んだが、その間、少数精鋭型高等専門教育機関のグランゼコールのひとつである国立土木学校(Ecole nationale des pontset chaussees)で教鞭をとっていた。1990 年代初頭の欧州は東西冷戦の構造が終焉を迎えていたが、東欧諸国や都市の活動を重層的に組み込んだ統合欧州の構想づくりにエンジニアたちが多数加わっていたことを思い出す。フランスの新聞は彼らのことをアーキテクトと呼んでいた。

新しい設計図によって10 数年の間に欧州の様相は一変し、統合された後の欧州共同体は世界経済の枠組みをリードする存在に生まれ変わった。国境を越えてモノとヒトが自由に往き来する空間が出来上がっただけではなく、EU 委員会が域内の情報共有システムを構築したことにより、グローバルな情報発信力は飛躍的に高まった。これにより、知の時代をリードする世界の力学構造が一変し、持続可能な成長を柱とする欧州と自由競争型の米国の間の対立軸が明確になったといえよう。

最近、私自身も外務省参与・大使として、ベトナム、中国、マレーシア、韓国などを歴訪しているが、複雑な国際関係が今度はアジアに波及し、それに中国の台頭が拍車をかける形で21 世紀のリーダーシップ争いが繰り広げられるのを、アジアという舞台で目の当たりにすることが多い。

これから数十年の間に、アジア太平洋地域は世界経済の多元的な軸のひとつに成長していくことは確実だろう。この地域の世界経済に占めるウェイトは、米国との連携を入れるとすでに5 割を超え、域内の相互依存度も急激に高まっている。また、中国やインドの成長は、世界のエネルギー需要の動向を左右するほどの規模に達し、地球温暖化問題にも直接の影響が出始めている。

このようなグローバル経済の構造が形成されつつある中で、日本は世界のなかでどのような位置づけを明示していくのだろうか。それを考えるためには、アジア太平洋地域の経済発展を支える構造がどのように変化しているのか、その実態を定量的に把握する必要がある。

こういった問題意識に立って、平成18 年初頭に、アジア・太平洋情報共有メカニズム(EconomicInformation Sharing of the Asia-Pacific : 略称EiSMAP)の構築を外務省に提案させていただいた。この提案を受けて、平成18 年11 月6 日、7 日には京都大学桂キャンパスにおいて、第1 回「アジア太平洋地域の持続的成長に向けて」と題する国際シンポジウムが開催された。このシンポジウムに参加した14 の国々とアジア太平洋地域に関わりのある国際機関の代表者が、EiSMAP の構築に協力することを約束してくれた。これ以降、京都大学と外務省の連携協力の枠組みのもとで、EiSMAP 構想の実現に向けた作業が進行している。これらの成果は、今年の10 月末に開催の第二回国際シンポジウムで議論される予定である。

2.EiSMAP の指標の特徴:情報と知識の共有

これまで統計情報は、経済成長率などの指標を用いて一国ごとに経済活動を時系列に比較したり、国家間の経済規模を比較するために活用されてきた。しかし、アジアのように先進国と発展途上国の経済が重層構造で共存し、加えて中国、ベトナム、インドなどのような新興経済が急成長を遂げている現状では、経済情報の共有には特別な工夫が必要である。

特に注視すべきは、第1にグローバルな経済の動きが科学技術の進歩とどう結びついているか、第2にそれによって都市や地域の環境がどのように変化しているかという点である。これらの点を科学的な方法論に基づいて可視化することができれば、アジア太平洋地域の経済運営のポイントはより鮮明に浮かび上がる。これをさらに発展させれば、域内の共通認識を醸成することにも繋がるだろう。

そこで、EiSMAP プロジェクトでは、経済成長率という単一の物差しで国家の政策や経済状態を判断するのではなく、つぎのような問題意識に沿って新しい指標の開発に取り組んでいる。
1) 統計を国の情報発信のツールとしてどのように活用するか。
2)政策運営における課題をどう可視化するか。
3) 持続可能な成長に関わる共通課題にアジア地域としてどう取り組むか。
以上を簡単にしめしたものが以下の図である。

アジア太平洋地域の持続的成長と情報共有システムの構築

図1 情報共有メカニズムの構成

こうした視点に基づき、3 種類の指標群を設定し、関連情報を収集している。
1) マクロ・経済データに関する指標群(NationalIndicators)
2) クロスボーダーに関する指標群(Cross-borderIndicators):国境を越えた投資・貿易活動   に関する情報、特に鉄鋼、家電、自動車などの品目を含む
3) 持続可能な成長(環境、エネルギー等)に関する指標群(Sustainability Indicators):エネルギー消費や河川の水質などの数値化された情報

次なる課題は、各国ごとに異なる概念や分類に基づいて開示されている情報をどのように統一的フォーマットに組み入れるかという点である。特に、アジア地域のデータは経済の発展段階が異なるため、指標の定義や分類が異なり、相互に比較が困難である。

以上のような問題意識に基づいて、低コストで迅速な情報共有環境整備のために採用したのが、XBRL(eXtensible Business Reporting Language)というソフトウェアである。これは、もともと財務情報を作成、流通、再利用できるように標準化された言語である。

この言語によるデータ処理方式により、各国統計局や研究機関によって収集された情報にタグをつけた状態で蓄積しておき、蓄積データから必要な情報を即時に取り出して、統一的なフォーマットで加工したり、比較するなどの処理が可能になる1。これにより、時系列的に蓄積する負荷を大幅に軽減することができる。

現在、このシステムを活用して、米国、日本、中国、韓国、ベトナムの5 カ国ベースのプロトタイプを作成中であり、15 カ国をベースとするEiSMAP システムを2007 年9 月までに完成させる予定である。

この情報収集作業の工程でわかったことは、日本の統計情報の開示方法には、問題が多く存在していることである。たとえば、英語版がない、時系列で並んでいない、省庁によって情報が散在しているなどの点を指摘できる。一方、中国、ベトナムなど、過去に統計情報が未整備だった国では、最新の情報処理技術の導入が早く、統計に現われる数字の信頼度を別とすれば、国際的なアクセス状況は飛躍的に改善している。

1 XBRL は米国公認会計士協会(AICPA)が主体となって開発を進めてきた。1998 年米国ワシントン州の公認会計士チャールズ・ホフマン氏(現・米国UB マトリックス社ディレクター)が、財務情報の電子的報告にXML を応用する調査を開始。その後、1999 年7 月にホフマン氏はXFRML(eXtensible Financial Reporting Markup Language) を発案し、その実験的プロトタイプを発表した。2000 年4 月、これをXBRL という名称の下、AICPA が普及活動を開始した。

3.クロスボーダー取引の動きからみた国際関係

次に、クロスボーダーの貿易額を主要な製造品目で作成し、これを時系列で追っていくことにより、域内のモノの動きと生産技術の発展段階を把握する試みを行っている。2005 年のデータでは、中国、 米国、および日本の域内貿易ウェイトが圧倒的に大きくなり、取引が集中化する傾向がある。このことをソフトウェア上でグラフ化したものが図2 である。今後、これに四半期ごとのデータを加えて、ベトナム、インドの急成長振りをハイテク製品等の指標を使って時系列で示すことができれば、新しい動きを抽出することができるようになるだろう。

データベースの運営主体については、各国のコンタクト主体をネットワークで結びつけ、現地で情報をチェックする分散型の方法で運営することを想定している。したがって、データベースのメンテナンスを小規模の運営主体が集中管理するだけでいい。

アジア太平洋地域の持続的成長と情報共有システムの構築

図2 アジア太平洋地域の貿易額をクロスボーダーでグラフにしたもの

4.持続可能な成長と科学的方法論

国境で区切られた統計を横断的にリンクし、国や地域の階層構造から共通課題を抽出するアプローチは、アカデミアの世界や研究分野で今後どのように役立つだろうか。

第1 に、遠隔地で発生している現象を数値化したデータとしてプールすれば、研究テーマの設定やリスク発生の度合いをリアルタイムで追うことに役立つ。気候変動や環境リスク等、通常目に見えない形で進行する構造的な変動に対しては、国際的な対応が手遅れになりがちだが、数値化によって共同行動をとりやすくなる。

たとえば、現在私が専門家としてかかわっている世界銀行のGFDRR(Global Facility for DisasterReduction and Recovery:世銀防災ファンド)の調査によれば(図3 参照)、1985 年以降、地震の発生件数がほぼ横ばいなのに対して、洪水と豪雨など水に関する災害の件数が増加していることがわかる。この傾向はアジア地域で顕著であり、アフリカにおいては干ばつ件数の増加という形で顕在化している。

アジア太平洋地域の持続的成長と情報共有システムの構築

図3 1950-1999 年までの自然災害の発生数(世界銀行作成)

つまり、アジア地域では、経済活動の急成長がなんらかの環境変化をもたらし、それがアジアの水災害のリスクを増大させているという仮設も成り立つ。北海道大学の低音研究所の河村公隆教授の研究によれば、アジアの都市地域で発生する有機エアロゾルが大気環境に影響を与え、それが水循環に重大な影響をもたらしていると指摘されている。教授の測定結果は、中国大陸のエアロゾルの数値は高く、光化学反応によりそれが水溶性になり局地的な集中豪雨などをもたらしているという可能性を示唆している。アジアの都市の経済活動の急成長と環境面の変動要因を、科学的知見によってさらにモニタリングすることができればリスクの可視化に役立つだろう。

第2 に、グローバルな生産活動の動きと都市環境の変化を相互に結び付けて把握することができれば、インフラ投資の優先順序を絞ってODA 資金をもっと機動的に投入する知恵が生まれてくるだろう。アジア地域の経済活動が河川下流地域の大都市に集中しているという事実を踏まえれば、災害リスクおよびそれへの政策的対応は、アジアの経済成長を安定化させていくための必須課題としてとらえることができる。

このように、EiSMAP 指標は、マクロ経済情報を土台として、経済分野から持続可能な成長をめざす新しい環境・エネルギー分野へと発展するように設計されている。将来、国境間のクロスボーダーな経済活動を環境・エネルギー面の動きとリンクして理解するようになれば、国や地域の構造を複眼的に把握することができるだろう。

5.おわりに

EiSMAP のような情報共有システムの構築により、日本の「知」による貢献が加われば、日本の外交路線は飛躍的に変化していくだろう。また、アジア太平洋地域の国境を越えた連関的な動きを把握することは、グローバルな経済の進展と、それに対応する諸課題を抽出することにつながるはずである。このような情報ツールの開発によって、工学系の人材が将来、アジア太平洋地域の持続可能な成長を支えるエキスパートとして活躍できるような時代が到来することを大いに期待している。

(客員教授・都市環境工学専攻)