No.47 (2007.4) / 紹介 / 「高次生体イメージング先端テクノハブ」

「高次生体イメージング先端テクノハブ」

伊藤 紳三郎

伊藤 紳三郎1.新プロジェクトの目的

京都大学では「健康社会」をキーワードとして医学と工学が連携し、大学がもてる知的資源を社会に還元するためのプロジェクトを積極的に推し進めている。近い将来において先進各国が確実に迎えることになる超高齢社会(65 歳以上の人口が国民総人口の1/3を超える社会)に備えるため、社会からの大きな期待が大学にもかけられているからである。そのような流れのなか、工学研究科の西本清一教授を最高執行責任者として、医学研究科、情報学研究科、その他の部局と工学研究科とが協力し、さらに協働機関としてキヤノン株式会社という強力なパートナーを得て、文部科学省の平成18 年度科学技術振興調整費「先端融合領域イノベーション創出拠点の形成」プログラムに「高次生体イメージング先端テクノハブ」を応募し、拠点形成課題として採択されるに至った(提案46 件のうち22 件がヒアリングに進み、採択されたのは9 件、また初年度は拠点を形成せず、実現可能性に向けた調査検討を要する制限付き採択は6 件であった)。採択が決まって間もない平成18年6 月10 日、キヤノンの御手洗冨士夫会長が桂キャンパスを訪問し、尾池和夫総長と協働研究の進め方について意見交換した(図1a)。採択から約半年の準備期間を経て、平成18 年10 月23 日に、京都大学からは尾池和夫総長、キヤノンからは小松利行先端技術研究本部長を迎えて、キックオフミーティングを開催した(図1b)。

高次生体イメージング先端テクノハブ

図1a: 尾池総長と御手洗会長が桂キャンパスで意見交換

高次生体イメージング先端テクノハブ

図1b: 高次生体イメージング先端テクノハブのキックオフミーティング

この京都大学-キヤノン協働研究プロジェクト(CK プロジェクト:http://www-gs.kogaku.kyoto-u.ac.jp/ck/index.html)は、疾病の早期発見と予防医療を実現するために、次世代を担う研究者・技術者の育成を図りつつ、医療分野における科学技術イノベーションと医工融合による新しい先端領域の創出、さらには10 ~ 15 年後までに新原理に基づく医療用画像診断機器の実用化・産業化を目指している。すなわち、生体の形態・機能・代謝を、疾病の予兆や原因となる特異的生体分子の動態も含めて、低侵襲性で人にやさしく、高感度・高分解能・高次元で計測し、画像化するための新規イメージング(疾病に深く関係した生体情報の計測・画像化)原理の探究や機器開発、さらに医療用診断機器の製品化に取り組むプロジェクトである。そのためには医学と工学のほか、情報学や薬学などの多元的な学問領域からの知恵を集結させる必要がある。例えば次世代のイメージング技術において大きな役割を果たすものと期待されている分子プローブでは、医学と分子生物学、化学が共同して、病巣に特異的に集積して物理的な生体信号を発する分子の設計と合成技術の開発がもとめられている。また光や磁気、超音波など画像診断に用いる生体信号を高感度、高分解能で得るためには、電気電子や精密機械などの工学を基盤とする知識と技術も合わせた集学研究が必要であり、得られた生体信号を如何に可視化して臨床現場に提供するかは情報学と臨床医学の共同研究が必須になる。このように京都大学が蓄積してきた科学的知識を融合し、さらに企業と大学が、従来の共同研究の枠を超えた融合的な研究開発を展開することにより、健康と生活の質(QOL: Quality of Life)の向上を願う社会の要請に応え、医療・健康分野における科学技術イノベーションをもたらすことを目的としたプロジェクトである。

CK プロジェクトの名称である「高次生体イメージング」は、臓器の三次元形態のみならず、生体組織を構成する細胞の正常・異常、さらには疾病に特異的な分子や分子の高次集合構造に関係した代謝・血流・血管新生・低酸素状態・運動などの機能情報、時間軸に沿ったリアルタイムの動態等を高次元でイメージングするというコンセプトを総合的に表現している。また「先端テクノハブ」の名前には、すべてが集まる「中心」、「中枢」という意が込められている。もちろん「高次生体イメージング」という目標に向かって、多様な分野に蓄積された学理と技術、知が集まる拠点になる、という意味を表現しているが、それとともに、医工連携研究という新興の先端融合領域に貢献できる若手研究者・技術者を育成する融合教育の拠点、つまり人材が集まる拠点を形成することも目標に掲げている。京都大学では、すでに平成17 年度より、医学研究科、工学研究科、再生医科学研究所が連携して運営する新興分野人材養成プログラム「ナノメディシン融合教育ユニット」を設置し、医学領域と工学領域における大学院レベルの融合教育プログラムを通じて、新領域で実力を発揮し得る人材の育成に積極的に取り組んでいる。また、関連の研究組織として、平成19 年4 月に「先端医工学研究ユニット」が設置された。このイメージングプロジェクトでは、融合教育ユニットや先端医工学研究ユニットとも相互に連携して、医工分野における研究と教育の拠点を京都大学に形成することも重要な成果の一つと考えている。

2.プロジェクトの期間、規模、研究組織

このプロジェクトには、当初3 年間は約3 億円/年(間接費を含む)の科学技術振興調整費が交付される。3 年後の再審査により約1/3 の課題に絞込まれ、継続課題については最大10 億円(間接経費を含む)が残り7 年間にわたり交付される。協働機関であるキヤノンは、科学技術振興調整費のうち直接経費相当分以上の額(マッチングファンド)をプロジェクトのために支出することになっており、このプロジェクトには振興調整費の倍額を研究活動費に投入できる仕組みである。そのため順調に推移すると総額130 億円を上回る規模の一大プロジェクトが京都大学で進むことになる。これを成功させるためには何としても3 年目の再審査をクリアする必要があり、今後10 年間を見据えた壮大な長期計画と布陣を取るとともに、最初の3 年間(実質2 年半)は相対的に少ない経費と短い期間で再審査を乗りきるための実効的な成果を上げなければならないという、難しい舵取りを迫られている。

プロジェクトの組織図を図2 に示した。京都大学とキヤノンが企画から研究開発に至るまで1 対1 の対等の立場で協働して研究を推進するという、従来の民間との共同研究とは全く異なる方式で運営されている。運営部門では、尾池総長による統括の下、西本工学研究科長を最高執行責任者としてプロジェクト推進室が運営に当たる。推進室は諮問委員会、運営委員会からの助言を受け、また知財、契約、法務などの各コーディネーターからの支援を受ける体制で臨んでいる。研究部門は、以下の5 つのチームから構成されている。

高次生体イメージング先端テクノハブ

図2:プロジェクトの組織図

  1. 生体分子機能解析研究チーム:病因を生体分子のレベルで解明する研究を通して学内外に蓄積されたライブラリーの中から、形態画像診断におけるニーズの高い疾病に対応した分子マーカーの抽出作業と新規分子マーカーを探索・発見する。
  2. 分子プローブ合成研究チーム:病因に関連した特異的マーカー分子や細胞を標的として検出し、磁気、光、超音波等により可視化生体情報を発する多機能分子プローブの合成・開発を行う。
  3. バイオイメージングデバイス開発研究チーム:病態に関連した形態・機能・代謝情報を物理量の変化として検知するためのセンサーならびに生体イメージングデバイス創製技術の開発を行う。
  4. 生体情報画像化研究チーム:生体内情報を外部から非侵襲(または可能な限り低侵襲)で診断するための計測・画像化情報処理技術の開発を担当する。眼底OCT(Optical CoherenceTomography)・光、磁気、超音波機器の高機能・高性能化ならびに新原理によるイメージング技術の開発に当たる。
  5. 画像診断臨床開発研究チーム:臨床現場の診断医および治療医による生体イメージング機器の要素技術の評価、及びそれらを組み立てたシステムの評価、さらに画像診断モダリティに繋げるための臨床開発研究を行う。

以上のようなプロジェクトの各組織に平成19 年4 月現在、運営部門では18 名の京都大学の教員が参画し、研究部門には各部局から42 名の教員、原籍を離脱してプロジェクトに転出した2 名の教員を含む3 名の特任教員、10 名の博士研究員、6 名の研究補佐員、学外からの特命教員3 名を加え、合計64 名もの研究者がプロジェクト研究を担っている。これに日常的に業務に参加しているキヤノンのスタッフ約30 名を加えると、このプロジェクトの社会的意義に共感した総勢約110 名もの人々がその成果に期待し、成功を信じて惜しみない努力を払っている。

3.プロジェクトの研究拠点

これらの研究者が活動する場として、京都大学の多くの部局のご協力を得ながらプロジェクトの研究拠点が以下のように着々と整備されつつある。

  1. 吉田本部構内   工学部8 号館に事務支援室、キヤノンオフィスが設置され、VBL にはデバイスグループの実験機器が置かれているほか、マイクロエンジニアリング専攻や情報学研究科の参加研究室で研究が進められている。
  2. 附属病院地区   病院内にOCT 実験室を設置し、医療現場で眼底・光イメージング技術の開発に当たる拠点が確保された。
  3. 医学部保健学科   保健学科地下実験室に動物用MRI(7 テスラ:図3)が導入され、核磁気共鳴を用いた新たなイメージング技術の開発と新規分子プローブによる高感度イメージングの研究が行われている。また保健学科のご協力で超音波実験室も今年度中に整備される予定である。

    高次生体イメージング先端テクノハブ
    図3:導入されたMRI 研究設備
  4. 吉田医学部構内
    生体分子機能解析のための研究室が設置され、分子マーカーの探索研究が行われている。
  5. 桂キャンパスA クラスター
    化学系の部屋を借用してプロジェクト研究室が設置されたほか、化学系から参加した多数の研究室ならびに電気系の研究室において、最新の実験設備を利用した分子プローブの合成研究や磁気センサーの研究が進行している。
  6. キヤノン先端技術研究棟
    協働機関のキヤノン本社の先端技術研究棟(東京都大田区下丸子)にプロジェクト専用のミーティングルーム及び実験室が設置され、協働研究の体制を整えている。分子プローブ、OCT、超音波デバイス及び磁気センサーの研究が進行している。

先にも述べたようにこれら研究拠点の整備には多額の費用と時間がかかるが、何よりも当該部局の方々のご理解とご協力がなくては実現できないことであった。

4.プロジェクトの課題

本プロジェクトは単なる研究プロジェクトではない。協働機関とのマッチングファンド方式による新たな枠組みのもとで行うものであり、大学にとってプロジェクトそのものが壮大な実験とも言える。既存の大学のシステムでは運用が困難な部分が多々あり、そのつど問題点を整理し改革を進める努力が求められている。人事制度では原籍を離脱した教員の処遇、能力ある人材を雇用するための年俸制の採用、プロジェクト採用教員・研究員のエフォート管理面における活動制限など、人材の流動化を促すといいながら制度が伴わない矛盾が数多く顕在化している。また知的財産の取扱いについても、民間企業と大学とが1 対1 の対等の立場で行う本プロジェクトでは、新しい枠組みの構築が必要である。このプロジェクトの役割は、単に医療イメージング技術の開発研究に留まらず、このような大学のシステムの改革ならびに新しい先端融合領域に対応した教育研究組織の創設を伴うものであり、その結果、真に医工連携の研究教育のための世界的拠点を京都大学に確立することが課題となっている。採択から1 年、発足からようやく半年が経過し、まだまだ地に足がついた状態とはいえないが、関係各位の献身的なご努力によりこの壮大な実験が一歩一歩前進している。

(教授・高分子化学専攻)