有機合成におけるブレークスルーを目指して

中尾 佳亮

中尾 佳亮私たちの豊かな現代生活を支える医薬や農薬、香料、化粧品、プラスチック、液晶テレビなどに使われる電子材料など、有機合成がもたらしてくれる恩恵は計り知れません。このことは、昨年の鈴木先生、根岸先生のノーベル化学賞受賞で、多くの国民が知るところとなっています。両先生の「パラジウム触媒によるクロスカップリング反応」に代表されるように、炭素と炭素をつなげるための有機合成反応、C-C 結合形成反応は、有機合成の中でも最も基本的かつ重要な反応です。クロスカップリング以外にも、多くのノーベル化学賞が新しいC-C 結合形成反応の開発にこれまで与えられてきました。これは、有用な有機化合物のほとんど全てが、C-C 結合を骨組みとして成り立っているからです。しかしながら、これら有用物質が大量生産されるにしたがって、現代有機合成が抱える負の側面も見逃せなくなっています。有機合成は、化学構造が分かれば何でも作れる水準に現在達していますが、その効率は依然未熟です。C-C 結合形成反応をはじめ多くの有機合成反応は、ほしいものと同じ量の廃棄物を出してしまう問題があります。クロスカップリング反応の解説で、反応させるベンゼン環の双方にそれぞれ金属元素とハロゲン元素をつなげたものを用いることをご記憶の方は多いのではないでしょうか。これらは、ベンゼン環につなげる作業も別途必要ですし、クロスカップリング反応と同時に不要になって、廃棄物になります。同じような問題が、多くの有機合成反応に残されています。人間は、現代の便利な生活を捨てることは決してできないでしょうから、有機合成はこれからもずっと必要になります。したがって、エネルギー消費や廃棄物を最小限に抑え、持続可能社会の実現に貢献するためには、有機合成の効率化、特にC-C 結合形成反応の高効率化は喫緊の研究課題です。

そのような背景に鑑みて、我々の研究室では有機分子にありふれた炭素-水素(C-H)結合やC-C 結合を新しいC-C 結合に変換する有機合成反応の開発に取り組んでいます。こういった有機合成反応が当たり前になると、有機化合物の事前の修飾工程が不要になり、これに由来する廃棄物も生じないので理想的です。そんなC-C 結合形成反応を実現するために、クロスカップリングでも話題になったパラジウムのような重金属の触媒の利用が大きな鍵を握っています。実は、多くの有機化学者が世界中でこの研究課題に取り組んでいます。その中で我々は、性質の異なる複数の金属触媒にそれぞれ役割分担を与えて、これらが協働的に働くことで単独の金属触媒では実現できないC-C 結合形成反応を開発しました。金属触媒に限らず、有機合成には金属を含まない有機触媒や酵素触媒など、いろいろな触媒がそれぞれ大きく発展して利用され、そのメカニズムも明確になっています。これら触媒の協働作用をキーワードに、革新的なC-C 結合形成反応を開発して、有機合成に次のブレークスルーをもたらすべく研究・教育に取り組んでいます。

(講師・材料化学専攻)