合金材料の結晶構造・原子配置と物理量

弓削 是貴

弓削 是貴私は2008年3月に材料工学専攻の田中功教授のご指導の下で学位を取得し、同年4月1日より同専攻の河合潤教授の下で助教を務めています。専門としているのは「計算材料科学」という分野であり、理論計算、特に経験的なパラメータを用いない量子力学計算に基づいた、材料設計のための理論手法の開発とその応用を行っています。

金属やセラミックスの合金材料の機械的性質・機能性の多くはその結晶構造や組成、原子配置に強く依存すると考えられます。例えば、炭素、窒素、ホウ素原子の化合物は、ある結晶構造と組成の下での特定の規則的な原子配置において、ダイヤモンドと同程度の硬さを示すことが知られています。新しい材料を開発する際に、望ましい特性を示す構造や組成・原子配置を実験面から先験的に予測することは極めて困難です。そこで、理論計算に基づいてそのような構造・原子配置などが網羅的に予測できれば、合理的・効率的な材料開発につながると考えています。

「網羅的に予測する」というのは実際にはそう簡単ではありません。例えば100ヶの格子点上に2種類の元素を配置する場合でも原理的には~1030ヶという天文学的な原子配置数になります。したがって、考えうる全ての結晶構造と組成・原子配置に対する物理量を量子力学計算から直接予測することは現実上ほぼ不可能になります。

量子力学計算との組み合わせにより最も高精度かつ高効率に物理量を予測できる手法の一つに「クラスター展開(CE)法」があります。この手法は比較的少数の(数十~数百個)原子配置に対する量子力学計算の結果を適用し、最適な基底関数をうまく選択することで、量子力学計算の精度をほぼ損なうことなく、より膨大な原子数を有する系の物理量を迅速かつ精確に予測できます。

万能の処方箋に見えるCE 法ですが、適用範囲は本質的に与えられた一つの結晶構造上の原子配置に限定されていました。この場合、原子配置・組成に加えて結晶構造も含めた網羅的な構造の予測ができません。また、結晶構造が組成・温度・圧力などに依存する系への適用が困難になるといった問題点もあります。

合金材料の結晶構造・原子配置と物理量そこで私は近年、CE 法の問題点を克服すべく可変格子クラスター展開(VLCE)法を開発しました。VLCE法では任意の複数の結晶構造上の任意の組成・原子配置を同時に取り扱えます。これはVLCE法では従来のCE 法に加え、物理量に対する結晶構造および結晶構造と原子配置のCouplingの寄与を取り込めたことに起因します。VLCE法の理論を現実の合金系に適用する際、従来のCE法には無かった、克服すべき困難な点がいくつかありました。例えば複数の結晶構造を同時に扱うので相互作用の対称性による分類はどうするのか、格子点のより多い系へ適用する場合、もとの基底関数のベクトル空間をどう拡張するのか…などなどです。

この原稿を書いているごく近日、それらの問題点も解決し、小さな系でのテスト計算もうまくいきました。これでようやくスタート地点に立った気がします。今後、より大規模な系への応用に際して新たな問題点・困難な点が見つかるかもしれませんが、それらを克服し、より合理的・効率的な材料設計に役立てていきたいと思っています。

(助教・材料工学専攻)