医療に役立つ高分子

山本 雅哉

山本先生写真学生時代から一貫して医療に役立つ高分子を研究している。不肖の弟子ではあるが、恩師・筏義人先生には、“教科書に記載されるような基礎研究、あるいは実際の医療に役立つ研究をやりなさい。中途半端は一番よくない。”をたたき込まれた。1993 年、高分子化学科の4 回生となった私は、高分子の合成や物性を深く理解することより、応用志向で医用高分子を研究されていた、筏義人先生の研究室を希望した。医用高分子の設計・合成から、細胞や動物を利用した機能評価まで、一連の研究ができる研究環境に魅力を感じた。当時、医用高分子研究は変革期にあり、人工臓器から、ドラッグデリバリーシステム(DDS)、組織工学(Tissue Engineering)、さらにそれらを利用した再生医療へ研究対象がシフトしつつあった。こうした研究動向から、私は、博士後期課程への進学を機に、当時、助教授の田畑泰彦先生が研究されていた、細胞増殖因子の徐放化とその技術を用いた生体組織再生に関する研究テーマをいただいた。私は、この研究テーマについて、田畑泰彦先生が教授に昇任され、私を助手として採用いただいた以降を含め、約10 年間、取り組むことになった。この間、医師、薬剤師、製薬企業の研究者など、様々な立場の皆さんと協働させていただき、研究成果が臨床応用されるという希有な機会に恵まれた。恩師の教えである、医療に役立つ高分子に関わる経験であるが、それと同時に医用高分子の実用化に対する難しさも学ぶことになった。

近年、再生医療では、iPS 細胞に代表される、幹細胞を用いた細胞治療が注目されている。私は、幹細胞研究に興味を持ち、2007 年、米国コーネル大学医学部幹細胞研究所へ1 年間、留学させていただいた。師事したShahin Rafii 先生は医師であり、臨床現場で問題となる課題を基礎研究で解決することを目指しておられる。医療に役立つ基礎研究が重要であることを改めて学ぶ機会となった。

私は留学を機に、治療に用いる従来の医用高分子とは異なり、移植細胞の調製、あるいは基礎研究に用いる、ツールとしての医用高分子に関する研究テーマに取り組んでいる。まず、帰国後、血液を作る造血幹細胞を移植用に体外増幅するための細胞培養技術に関する研究に取り組んだ。この研究では、造血幹細胞が維持されている体内のメカニズムを模倣し、必要となるNotch リガンド分子を造血幹細胞が認識しやすいように配向固定化した医用高分子を開発した。この研究を通じて、この材料表面が造血幹細胞を含む細胞群の体外増幅をサポートできることも明らかにした。

次に、血管構造をもつ培養生体組織を体外で構築するための技術を開発した。すなわち、図に示すように、糖刺激応答性高分子からなる鋳型を造形し、血管の細胞(緑)を接着させてコラーゲンゲル内に包埋することによって、コラーゲンゲル内に血管構造をもつ微小流路を作製することができた。この技術は、当初、創薬研究への応用を指向していた。ところが、最近、留学先の研究室によって、肝臓や肺にも幹細胞が存在し、それらの幹細胞は、臓器内の血管の細胞によってサポートされている、ということが明らかにされた。すなわち、血管構造を構築する技術に対して、当初には予想もしなかった、幹細胞の細胞培養技術としての可能性が拓けてきている。現在、創薬研究に加えて、幹細胞の細胞培養技術としての可能性も検討しているところである。

このように、現在、私の研究は、治療に用いる材料の開発ではない。しかし、最終的には、得られた研究成果が活用され、再生医療や創薬研究などの基礎研究が発展することを切に願っている。さらに、少しでも将来の医療に役立ち、病気で困っている人々を助けることに結実すれば幸いである。一方、最近、傘寿を迎えられた恩師に、“未知のことも沢山あるから、しっかり考えて研究しなさい。”というお言葉をいただいた。徹底した基礎研究と医療に役立つ研究、初心を忘れず、今後も研究と教育に精進するのみである。

(高分子化学専攻 准教授)

山本先生写真2