着任のご挨拶

工学研究科長・工学部長 立川康人

立川先生 令和5年4月から工学研究科長・工学部長を務めることになりました。微力ではありますが,様々な課題に対して全力で取り組んで参る所存です。教職員の皆様のご支援を賜りますよう,よろしくお願い申し上げます。

 簡単に自己紹介をさせていただきます。2020年度から2021年度の副研究科長・評議員の間は,元研究科長の大嶋正裕教授のもとで教育担当副研究科長を担当し,主として新型コロナウィルス感染症に関わる授業対応や入試対応に従事しました。その後も前研究科長の椹木哲夫教授(現在名誉教授)のもとで新型コロナウィルスに関する授業および入試対応を継続し,2022年度は研究科長補佐として工学研究科の男女共同参画推進アクションプランに関する業務を担当しました。

 私は土木工学の中で主として洪水の予測と治水対策に関する研究に取り組んでいます。我が国の人々の暮らしと社会は河川流域を中心に発展してきました。沖積平野を中心に発展してきた国土は度々水害による被害を受けてきましたが,明治中期以降に始まった直轄河川の改修や戦後の多目的ダム等の建設によって治水整備が進み,洪水氾濫による浸水被害が減少して土地利用の高度化が進みました。それらは我が国の経済発展と国際的な地位向上の礎となりました。しかし,気候変動による水循環への影響が確実視され,近年は治水整備の設計規模を越える豪雨や洪水が発生しています。これまでの治水の考え方を継続するだけでは,将来に渡って国土の安全性を確保することは困難な状況となってきています。

 政府は気候変動による降水強度の増大に対応するために,河川整備だけでなく流域のあらゆる関係者が協力して治水を考える「流域治水」という概念を打ち出し,2021年5月には流域治水に関連する法律が公布され11月に施行されました。この流域治水をそれぞれの河川流域に適用し実社会に活用するためには,これまでにない新たな技術を開発し,導入を進めることが求められます。その一例としてダム管理の高度化があります。ダム貯水池の目的は水を貯めて我々の生活や農業,工業,発電に利用し,水のないときにはその水を必要なところに補給することです。一方で,豪雨時に洪水を貯めて下流の被害を減じることもダム貯水池の役割です。台風や梅雨による大雨が予想されるときに,ダムに貯められていた水を事前に放流してダム貯水池の水位をより低くし,そこに洪水を貯めてダム下流の洪水氾濫を防ぐことができれば,ダムの効果は一層高まります。これを実現するためには,降雨とダムに流れ込む河川流量の予測時間を拡大することと合わせて,より予測精度を向上させる必要があります。また,最適なダム放流方式を瞬時に計算する技術が必要となります。気象予測情報を短時間で高解像度化し,ダム放流パターンの組み合わせ最適化問題を解くために,従来の気象・洪水予測技術に加えてAIや量子コンピューティングを組み合わせた技術開発が進みつつあります。今後,人口減少と共に技術者数も減っていくため,現在,現場担当者が行っているダム操作の意思決定を,AIなどを用いて支援するシステムの導入は必須です。また,その先にはかなりの部分を自動化していくことを真剣に考えていかねばなりません。大型構造物や地中構造物,地盤の維持管理に必要となるセンサーやロボット,高性能材料の開発も重要な課題です。

 京都大学の工学研究科では様々な分野に応用できる基礎研究が多数なされています。工学研究科で実施されている基礎研究と応用研究を,分野を超えて議論し理解し合う場があれば,様々な課題を解決する新たな共同研究が生まれ,ブレークスルーとなる技術開発が進むことと思います。幅広い分野への応用可能性を共有することで,斬新なアイデアが生まれそれが新たな科学的発見へと展開することも期待できます。令和5年度より,前研究科長の椹木哲夫教授(現在名誉教授),前副研究科長の鈴木基史教授,杉野目道紀教授,横峯健彦教授,桂地区事務部の梶村正治事務部長,および関係各位のご尽力により,工学研究科に次世代学際院(Interdisciplinary Research Institute for the Next Generation, iRING)が発足しました。次世代学際院は,「組織の壁をこえた協働ができる人材」を工学研究科から輩出することを目指して,「新たな総合知の修得と実践により次世代を担う研究者を育成する」ことを目的としています。そこは,若手研究者が,他分野・異分野との「知の互換性」を考え,「個別の専門性を他領域に展開して行くことのできる能力を涵養」する場であり,「政府,社会,経済の幅広いニーズとのマッチを見出せる能力」,「学術分野,文化,セクターの境界を越えて協働できる能力」,「一般の人々もしくは他セクターの人々に対して説得力ある話が構成できる能力」が身につくよう,分野を問わず工学研究科の誰もが参加できる場です。それぞれの専攻の研究者が集い,新たな価値や技術を生み出し,さらなる高みを目指すための協働の場が動き出そうとしています。次世代学際院の活動により,そこに集う若手,中堅,シニアの研究者による多様な「知」によって研究の幅が広がり,応用の場が広がり,工学研究科の輝きが一層増すことに繋がるのではないかと思うと,今からワクワクします。

 工学研究科を横断する研究テーマとして,具体的にどのような研究が実際に行われているか,桂図書館が提供する研究カタログ「桂の庭」で紹介されている研究シーズを見てみました。たとえば,気候変動が引き起こす様々な課題解決を目的として,多様な研究が数多くの専攻で行われています。現在掲載されている研究シーズとして,以下のような研究が紹介されています。

• 脱炭素社会の実現を目指す温暖化政策や水災害リスクの最小化に関する研究:温室効果ガスゼロ排出といった目標を達成するための削減シナリオや投資の分析(都市環境工学専攻)。気候変動下での水害リスク評価や被害を最小化する適応技術の開発(社会基盤工学専攻)。
• 再生可能エネルギーやクリーンエネルギーの生成に関する研究:エネルギーの効率利用と二酸化炭素排出量の大幅削減を実現する燃料電池の性能向上に関する技術開発(機械理工学専攻)。水から水素を製造する新たな技術開発やアンモニアから水素製造を実現する触媒の開発(物質エネルギー化学専攻)。バイオマスの科学エネルギーを電気エネルギーに変換する技術開発(化学工学専攻)。
• エネルギーシステムの分析と制御や持続可能な資源の利用に関する研究:数理科学と実社会をデータでつなぎ,エネルギーの安定供給を実現する技術開発(電気工学専攻)。水資源の持続的な利用や地熱エネルギーの活用に関する技術開発(都市社会工学専攻)。

 他にも脱炭素社会に向けた技術開発や気候変動適応に関連する多数の研究が工学研究科で行われています。次世代学際院では,気候変動に対する緩和策や適応策に貢献する科学と技術をテーマとして,複数の専攻の研究者をつないで「総合知」を生み出す場を設定できそうです。超スマート社会を支える科学・技術や超高性能材料の開発なども,「総合知」を生み出す研究テーマになるものと思います。
 このような様々な分野を横断して活躍する次世代研究者や技術者の育成を目的として,工学部や工学研究科の教育がこれまでも行われてきました。今後もより一層、これを進めていく必要があると考えます。伝統的な教育体系を尊重しつつ知を継承し,世の中の動きや社会からの要請に応えられるように,「将来どうありたいか」を考えながら,教育の姿を変えていくことが重要と考えます。大学院重点化に伴う改組によって,現在の工学研究科と工学部の体制が作られてから25年以上が経過しました。この間,工学研究科は複数の融合工学コースを設置し、既存の工学分野を横断する融合領域の連携教育プログラムを実施してきました。また、桂インテックセンターでは専攻の枠組みを超えた応用研究が進められており、融合工学コースと桂インテックセンター高等研究院では,すでに連携した教育・研究が行われています。これに次世代学際院が連携し,さらに工学基盤教育研究センターが連携して,学部生,修士課程学生,博士課程学生の教育と研究がスムーズにつながるような体制を構築することが重要と考えています。

 工学研究科にとって,将来を担う若手研究者や博士課程学生を育成することはもっとも重要な課題です。工学研究科の博士課程前後期連携教育プログラムには高度工学コースと融合工学コースがあります。さらに博士課程教育リーディングプログラムや卓越大学院プログラムが運営され,多くの先生方や職員の皆様のご尽力のもとで,数多くの大学院生が育ってきました。これらの大学院教育にスムーズに繋がるような学部教育をどう考え実現していくかが重要な課題と考えます。工学研究科・工学部の魅力を高め発信して女性の学部生、大学院生を増やし、女性教員比率を高めていくことも喫緊の課題です。工学研究科や工学部の将来を我々はどうしたいか,どうあってほしいか,そのために高校・学部・大学院の接続を含めて,今何ができるかを皆様と共に考え,工学の輝きが一層増しますよう,様々な課題に対して全力で取り組んで参る所存です。

 教職員の皆様のご支援を賜りますよう,よろしくお願い申し上げます。

(社会基盤工学専攻 教授)