工学研究科・工学部の更なる発展に向けて
前工学研究科長・工学部長 立川康人

工学研究科長・工学部長を三年間,務めさせていただきました。この三年間,教職員の皆様とともに工学研究科・工学部のよりよい方向を目指して様々なことに取り組む機会を頂きました。あっという間の三年間でした。楽しく充実した日々を過ごすことができましたことを心より感謝申し上げます。国際卓越研究大学の認定・認可,さらにその先に向けて工学研究科がよいスタートを切る体制になりつつあることをとてもありがたく思います。今後に向けて,工学研究科・工学部が発展していく方向性について考えてみたいと思います。
三年目に行ったこと
研究科長の三年間,工学部や工学研究科全体に関連する教育システムを部分的に変えることは容易ではなく,学部から博士後期課程までの一連の教育システムとして議論することの重要性を痛感しました。三年間,拡大学科長懇談会を定例で開催して工学全体の教育の方向性を議論して参りましたが,三年目は特に,博士後期課程進学者を増やすための仕組みに焦点を当てて議論を深めました。背景には国大協の提言(令和7年3月)や京大の国際卓越研究大学の研究等体制強化計画で掲げている博士学位取得者数3倍増がありました。これまでも工学研究科では連携プログラム(高度工学コース及び融合工学コース)による5年一貫の教育プログラムの設置や博士学位取得後のロールモデルの紹介等を実施して博士後期課程への進学者を増やす取り組みを行なってきました。また,我々だけでなく八大学工学系連合会や文部科学省,経済産業省による様々な取り組み,経団連による提言(令和6年2月)など,国を挙げた取り組みが実施されてきました。しかし現状は日本の工学系大学院全体で,博士学位授与者数は修士学位授与者数の1割程度にすぎません。理学研究科と農学研究科の博士学位取得者数は修士課程学位取得者数の2割程度あり,医薬保健系の博士学位取得者数は修士学位取得者数の1.3倍あります。工学系の博士学位取得者の比率が少ないことは京大を含めて日本の工学系大学院に共通の特徴です。
京大工学部では,優秀な女性学生の入学増を目的として令和8年度入試から特色入試に女性募集枠を設けました。工学系の博士後期課程進学者と女性学生が少ないことは,背景は異なるものの日本の社会が影響していることは間違いなく,女性募集枠と同様に博士後期課程進学を促す何らかの仕組みを導入しないと,この状況を変えることは難しいと考えました。そこで,蓮尾昌裕副研究科長(機械理工学専攻教授)とともに議論の進め方を考え,全学の教育改革戦略本部で議論されている情報を共有しつつ,学部から大学院までを含めた教育制度の将来を拡大学科長懇談会で議論しました。議論のポイントは以下の様でした。
●学部から大学院博士後期課程までの一連の流れの中で,無理のない期間短縮によって,博士後期課程に優秀な学生の進学を促す仕組みを考える。
●その一環として学部の要卒単位を減らし,その分,修士課程の科目を学部で受講できるようにして,それらの修得単位を修士課程の修了単位として認める。所属する学科と異なる専攻の科目受講も認め,専門の異なる他専攻にも進学する道を拓く。
●修士課程では入学当初から研究活動に着手し研究時間を大半とする。修士課程の早期修了を可能とするとともに,研究の魅力を伝えて博士後期課程への進学を促す。優秀な学生は期間を短縮して博士学位を認定し,早期にポスドクとして雇用する。
これらの工夫により,優秀な学生は最短7年で博士学位の取得が可能な仕組みについて議論を進めてきました。これが実現すれば現行の学部・修士を合わせて6年間よりも1年増えるだけで博士学位取得が可能となります。現状でもこうした期間短縮は可能ですが,多くの学生に博士課程進学を促すためには学部教育の改革と合わせて進める必要があると考えます。10年先に博士学位を取得する学生は来年学部に入学する学生です。ゆっくりと構えているわけにはいきません。20年先には18歳人口が70万人を切り,今の60%程度となります。高い研究レベルを維持するためには博士後期課程進学者を増やすしかありません。拡大学科長懇談会の議論をまとめて報告書を作成しました。次年度以降の議論の参考としていただき,工学の明るい未来を築いていただけますとありがたく思います。
工学研究科における国際卓越研究大学の実現に向けて
工学研究科では令和8年度から電気電子デジタル理工学専攻と化学理工学専攻が設置されます。地球系専攻でも令和9年度からの一専攻化に向けて準備が進められています。一専攻化の動きは,必ずしもデパートメント構想のもとで進められたわけではなく,それぞれの専攻の将来を考えた独自の取り組みとして実施されたものですが,結果としてデパートメント制に移行しやすい体制ができつつあります。デパートメント制はそれぞれのデパートメントの独自性をより発揮して研究力を高めるための柔軟な教育研究活動を可能とし,大講座制の実質化を進める有効な手段として機能すると考えます。一方で,工学研究科がまとまって運営することで効果を高める仕組みは,デパートメント制導入後も維持されるように組織を整えることが大事だと思います。その一つが,次世代学際院です。この三年間,横峯健彦副研究科長(原子核工学専攻教授)に院長をお願いしました。異なる専攻に所属する41名の若手研究者による活発な異分野交流が実現しており,ここで芽生えた共同研究による成果が国際学術誌に掲載されるまでになっています。工学研究科内の異分野交流だけでなく他部局との交流も始まりました。工学基盤教育研究センターや桂インテックセンターなどの附属センターも工学研究科の共通基盤としてなくてはならない教育研究組織です。これらの共通基盤組織を工学研究科共通のコア組織としてデパートメント制のもとに位置付けることが重要です。
国際卓越研究大学として魅力あるコアファシリティを桂地区に置くことも必須です。コアファシリティ構想は桂キャンパス将来構想と必然的に連動します。具体的な構想を描くためにコアファシリティ構想は安部武志副研究科長(化学理工学専攻教授)と横峯副研究科長にお願いし,桂キャンパス将来構想は小椋大輔副研究科長(建築学専攻教授)に検討をお願いしました。桂地区のコアファシリティとして企業中央研究所機能を桂キャンパスに実現し,共同研究の実質化,研究成果の社会実装によるイノベーションの促進,企業・大学の若手研究者・技術者のコンカレント育成を目的とする具体的な構想を立案するに到りました。また,確保すべき研究スペースについて具体的な検討を進め,建物整備計画について研究棟建設候補地とフロア構成の原案を作成することができました。研究棟が完成するまで研究設備の導入を待つわけにはいきませんので,必要な機器の候補と一時的な設置スペースについても検討を進めました。基本的な検討は終了しており,具体的な計画策定が開始されることが楽しみです。
デパートメント制に移行するに当たって,桂地区事務部の業務とデパートメントオフィスの業務とを調整し,デパートメントオフィスを具体化していくことが今年の最重要課題となります。デパートメントの独自性をより発揮して効果を高める業務と工学研究科の共通事項として実施することで事務効率を高める業務とを切り分けて,デパートメント制をうまく導入する必要があります。工学研究科執行部では桂地区での事務体制の具体的なイメージを構想し,本部に設置されたデパートメントオフィス検討WGで適切な事務体制の検討が進むように安部副研究科長と高橋良和副研究科長(社会基盤工学専攻教授)にこのWGでの議論をお願いしました。阪本卓也副研究科長(電気電子デジタル理工学専攻教授)には広報担当としてホームページや広報冊子の見直し,公開講座の企画をお願いしました。デパートメント制導入後,工学研究科・工学部全体の広報体制は一層重要となり,ここでも桂地区事務部とデパートメントオフィスでの業務の調整が必要となると考えます。
100年先の工学研究科・工学部に思いを馳せる
工学に関する教育研究は多岐に渡りますが,どの分野も科学的知見をもとに我々の生活の利便性を高める技術を追求し,実社会に活用して安全で健康な質の高い社会を構築することを目的とします。技術開発を通して持続可能な社会の実現に貢献する学術が工学です。令和7年8月に琵琶湖疎水の諸施設が国宝・重要文化財に指定されたというニュースに接して,明治中期の工学技術が今に至る持続可能な社会を築いていることに感銘を受けました。
琵琶湖疎水を設計し施工にあたったのは,東京大学工学部の前身の一つである工部大学校で学んだ田邉朔郎博士です。彼は工部大学校を卒業後,京都府に着任してこの事業に関わりました。その後,帝国大学教授に就任するとともに我が国のインフラ整備に従事します。明治33年(1900年)には京都帝国大学理工科大学教授となり,大正5年(1916年)には第2代目の京都帝国大学工科大学長(現在の工学部長)を務められました。琵琶湖疎水を通して供給される水資源は都市用水および発電を中心に今も利用されています。琵琶湖疎水は京都市街地の景観に溶け込み良好な環境を構成する重要な要素にもなっています。技術が未来を拓き,今も利用されて持続可能な社会を実現し,さらに国宝・重要文化財に指定されたことに心を打たれます。
蹴上にあるインクラインのすぐ近くに琵琶湖疎水記念館があり,そこに通じる疎水分水の放流口の上に「夢之年百楽」(見た通り左から記載)という扁額が掲げられています。田邉朔郎とともに琵琶湖疎水の建設を推進した当時の京都府知事の北垣国道が百年先の京都を思って読んだものだそうです。吉田キャンパス本部構内にある旧土木工学教室の中庭には,田邉朔郎が植樹したとされるヒマラヤ杉があります。杉の横には石標が置かれていて「田邉朔郎寄・・大正元年 ヒマラヤ・・」と記載されています。100年以上,吉田キャンパスで生きてきた「田邉杉」は4階建ての校舎を大きく超える巨木となって京大工学の歴史を物語っているようです。年月の経過とともに科学技術は次々と新しいものに置き換わっていきますが,京大工学の理念と目標には変わることのない普遍的な内容があります。国際卓越研究大学は25年先を目標に研究組織や教育プログラムの改革を掲げています。それを進める中で時代を超えて発展する100年先の京大工学の姿にも思いを馳せ,どうありたいかを考えたいと思います。
新たな研究科長・執行部のもとで工学研究科・工学部が一層発展していきますよう,引き続き教職員の皆様の一層の協力をよろしくお願い申し上げます。
(社会基盤工学専攻 教授)
濱中裕之部長をはじめ,桂地区(工学研究科)事務部・技術室の皆様に工学研究科・工学部の運営が支えられています。令和5~7年度の執行部体制は以下のとおりでした。
○研究科長・工学部長・教育研究評議会評議員
立川康人(社会基盤工学専攻)全般,組織改革WG主査
○副研究科長・教育研究評議会評議員
蓮尾昌裕(機械理工学専攻)教育担当,教育改革WG主査(令和6~7年度)
岸田 潔(都市社会工学専攻)教育担当,教育改革WG主査(令和5年度)
安部武志(物質エネルギー化学専攻)研究担当,コアファシリティ構想WG主査(令和7年度)
横峯健彦(原子核工学専攻)研究担当,次世代学際院長,技術部長(令和5~6年度)
○副研究科長
高橋良和(社会基盤工学専攻)学生担当(令和5~7年度)
小椋大輔(建築学専攻)評価・財務・施設・男女共同参画担当,桂キャンパス構想WG主査(令和5~7年度)
横峯健彦(原子核工学専攻)国際担当,工学基盤教育研究センター長,次世代学際院長(令和7年度)
阪本卓也(電気工学専攻)研究倫理・研究公正・図書・広報・情報担当(令和7年度)
川上養一(電子工学専攻)研究倫理・研究公正・図書・広報・情報担当(令和5~6年度)
安部武志(物質エネルギー化学専攻)国際担当,工学基盤教育研究センター長,コアファシリティ構想WG主査(令和5~6年度)
○桂地区事務部
事務部長 濱中裕之(令和7年度),
梶村正治(令和5~6年度)
総務課長 服部和枝(令和7年度),
大野広道(令和5~6年度)
管理課長 芳倉清紀(令和7年度),
松井芳樹(令和6~7年度),
馬場 勉(令和5年度)
経理課長 白神照広(令和7年度),
道上吾朗(令和5~7年度)
教務課長 廣瀬泰子(令和5~7年度)
学術協力課長 中川憲一(令和6~7年度),
南口敬司(令和5年度)
○工学研究科技術室
技術室長 日名田良一(令和7年度)
⼭路伊和夫(令和5~6年度)
