No.63 (2015.4) / 随想 / 建築と数理から学んだこと

建築と数理から学んだこと

加藤 直樹

kato.jpg京都大学工学部に入学したのは,実に46年前,1969年のことである.学生運動が全盛期の時代で,東大入試が中止になった年である.今は昔で,「全共闘」と言われても知らない学生は多いのだが,世の中が騒然としていた.4月の入学式も途中で中止になり,前期半年間は講義がまったくなかった.今となっては,ごく一部のグループを除いて,学生運動も影を潜めて,普通の学生は関心を持っていない.時代は変わったものである.

私は1997年4月から18年間,建築学専攻で教育研究に従事していた.しかし,46年前に入学したのは,数理工学科である.大学で学んだ学問,大学院時代におこなった研究のベースになっている考え方と建築学科,建築学専攻での教育研究をおこなってきた経験を対比させながら,広い意味での工学の研究のあり方についての雑感を述べたい.

大学時代の講義は,オペレーションズリサーチ,自動制御,計算機工学,非線形力学,応用数学が中心であった.また,工学部の数学,力学を担当する共通講座が数理工学科に配置されており,工業数学,工業力学の講座もあった.4年からの研究室配属では,実際の応用分野と近い位置にあるオペレーションズリサーチに興味があり,計画工学講座を研究室として選んだ.

計画工学講座では,三根久教授の指導の下でオペレーションズリサーチの研究が行われていた.数理計画,組合せ最適化,待ち行列,信頼性理論,ゲーム理論などの幅広い研究が行われ,研究室は自由な雰囲気があり,研究テーマも自由に選べた.多くの外国人訪問者があり,国内の研究者も自由に出入りしていた.

数理工学科全体がそうであったのであろうが,研究対象は,数学,物理学,力学を基礎にした方法論の研究が主体である.オペレーションズリサーチは,社会に現れるさまざまな問題を数理的に抽象化し,数学的な考察をもとに,最適な意思決定をおこなう方法,手法を開発する学問である.私は,茨木俊秀先生(後に情報学研究科長を歴任)の指導の下で数理計画,組合せ最適化の研究をおこなってきた.研究は,最新の論文を読み,そこで展開されている新しい方法論を理解習得し,そういう蓄積を基礎に新しい問題に取り組むというスタイルである.

したがって,対象の問題がすでに十分抽象的であり,実社会の経験のない学生にとっては,応用分野への知識を持っていないこともあり,興味は数学的な構造を理解し,どうやって対象問題を効率よく解くのかという方法論やアルゴリズムの開発を主として研究した.

そのような背景の下で,組合せ最適化アルゴリズムに関する研究(Studies on Combinatorial Optimization Algorithms)という題目で学位論文をなんとかまとめることができた.学位論文では,抽象的な研究だけではなく,実際の応用からスタートさせた研究成果も含まれている.当時問題になっていた公害問題と関連して大気汚染観測装置の最適配置問題から出発した最適資源配分に関するアルゴリズムに関する研究を論文としてまとめることができた.また,議員定数配分問題にも取り組んだ.当時の衆議院議員の選挙制度は,中選挙区制と呼ばれるもので,選挙区間の一票の格差が社会的問題になり,違憲訴訟が行われていた.現在では,小選挙区制であるが,違憲訴訟は続いている.各選挙区への議員定数をどのように配分したら一票の格差を最小にできるかという問題に資源配分問題の立場で取り組んだ.この二つの研究を元に,後に茨木先生と「Resource Allocation Problems: Algorithmic Approaches」という書物をMIT Pressから出版できたことは幸いであった.多くの研究者に引用してもらったが,専門書であるので,たくさん売れたわけではなく,印税の小切手が送られてきても,銀行の手数料を差し引くとマイナスとなり,どうしましょうと銀行から言われたこともあるくらいである.そして,兵庫県立神戸商科大学管理科学科へ講師として採用してもらい研究者としての道をスタートさせた.

神戸商科大学はその名前からして経済・経営を中心とする文科系の大学である.そこでは,工学とは異なる学問を研究対象としている同僚がたくさんおり,自然と新しい考え方も身についた.しかし,依然として研究の主体は,組合せ最適化アルゴリズムの研究が中心であった.その後,計算幾何学やデータマイニングの研究をおこなうようになり,研究の幅を広げていった.

その様な中で,1997年から工学研究科建築学専攻建築情報システム学講座の専任教授に着任した.どのような貢献ができるかについて,私なりの考えはあったのであるが,建築学の知識が乏しい中で,新しい分野に取り組むことを決めたのは,大きな挑戦であった.実際,見るもの,聞くものが未知の世界であった.今まで,取り組んできた分野とは異なり,建築学が目指すところはすぐに理解できなかった.学部教育では,設計教育に重点を置いていて,卒業設計に熱心に取り組んでいる学生を見るのは,新鮮で強い印象を受けた.学生は,最適化や情報科学の考え方を身に付けているわけではないが,研究指導を通して, 室配置やメッシュ生成など,さまざまな新しい課題に取り組み,最適化理論の適用,計算幾何学によるアプローチを行ってきた.

しかし,まだ建築学の問題に数理的手法を適用するということが主であった.その後,徐々に建築学の目指すところの理解も進み,中心課題を見据えて究をおこないたいと思うようになってきた.建築学において解決が求められているさまざまな問題への取り組みをおこなうという風に自然に変わっていった.解くべき重要な問題が目の前にあり,その問題を解くにはどうしたらよいかという考え方である.企業などとの共同研究も積極的に行いながら,手法指向型から問題指向型に徐々に方向転換を図ってきた.その中には,膜構造物や防水シートの劣化状況を画像データから診断するシステムの開発,京都府警からのデータ提供による車両犯罪(自動車盗,部品盗,車上荒らし)が多発する場所の空間的特徴抽出,オフィスビル管理に関するデータ分析などさまざまな応用も手がけてきた.

また,2005年くらいから,組合せ剛性理論の研究に着手した.これは,トラス構造の安定性を,グラフ理論を基礎に論じる学問分野である.当時大学院生だった谷川眞一君(現在,数理解析研究所助教)等と研究を進め,静定構造列挙のアルゴリズムを開発し,メカニズム生成の新しい手法を開発した.この理論は,構造力学分野だけではなく,たんぱく質などの剛性を理解するのに用いられている.谷川君とともに,この分野で重要な未解決問題であった分子剛性予想の解決を導くことに成功したのは,望外な成果であった.その後,この成果をもとに,組合せ剛性理論をたんぱく質の機能解明に用いる試みが始まっている.

ところで,工学研究科の博士学位審査調査報告書の論文内容の要旨の最後に「学術上,実際上寄与するところが少なくない」という文章を加えることになっているが,この言葉の深遠な意味を,研究を通して理解することになった.

工学は,現実的な解決が求められている課題に挑戦し,現状の改善をおこなう,これまで不可能とされてきた状況の打開を図る(たとえば,新しい材料の開発,新技術の開発など),これまでと違うアプローチによって新しい知見を得るなどによって、よりよい社会を築いていくことに貢献することが求められている.まさに、問題指向型の学問であろう.工学的問題に対するアプローチはまず対象の問題への深い知識を持ち,どのような場でその問題解決が必要とされるのかについて十分な知識を持つことが重要である.その上で,適切な問題解決の方法を選択することである.実際の問題に動機付けられた研究は,その問題の実際的な解決につながる研究を追求するので,実践的な研究スタイルといえる.方法論を主たる対象とする研究は,対象となる問題群を抽象化した上で,より一般的に対象の問題を考察し,その問題構造を解明した上で,問題解決のアプローチを構築しようとするものである.抽象化する段階で,いろいろな問題タイプによって,アプローチの仕方が異なってくるので,それに応じた問題解決の方法を構築する必要があり,研究の深化が進む.場合によっては,深化にしたがって,現実との乖離が生じることもあるが,それによって,普遍的なアプローチが見出されることもある.

両者の研究スタイルはどちらがよいのかということを論じるつもりはないが,両者の立場を理解し,研究を進める必要があると考えている.

 (名誉教授 元建築学専攻)