No.71 (2019.4) / 随想 / 素晴らしい人に出会えて

素晴らしい人に出会えて

名誉教授 長谷部 伸治

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 生まれ変わったら就きたい職業(将来なりたい職業ではない)で、「大学教授・研究者」が一位という新聞報道があった(朝日新聞2019年1月26日付)。そのような職業で定年を迎えられたことは、ありがたいことだと思う。思いつくままに感じていることを記すことでご容赦願いたい。

化学工学科入学
 私が大学に入学したときは、公害華やかりし頃で、高校生時に訪れた四日市市などは息をするのもためらわれるような状況であった。工学部の紹介パンフレットに「公害問題解決のために化学プラントの最適な運転法などを研究しています」というような学科の説明文に惹かれ、化学工学科を志望した(高校生には「化学工学」という学問など想像できるものではない。その時代の高校生の心を捉えるキャッチコピーは重要である)。今と違い工学部は24学科からなりそれぞれ入学者を選抜していた。学科定員が少ないことから前年度に最低点が低い学科は次の年は高くなる、と言うような傾向もあり、高校生にとっては志望学科選定は一つの賭けであった(一定の比率で点数を差し引いての第二志望も受け入れていた。個人的にはこの制度は、点数の減点をせず第二志望で受け入れる現在の制度より望ましいと感じている)。賭けに勝ち入学できた。

博士課程に進んでしまった
 教養課程の1年間は期末試験はストライキで延期されたりしたが、学生運動も治まってきており、3回生まではそれなりに勉強し、単位を取ってきた。4回生で研究室に配属され、始めて研究に向き合うこととなる。まず始めに、「この論文を読んで、研究テーマを考えなさい」というようなことを指導教官から言われた。「えっ!」という感じであった。それまで「教えられて学ぶ」ということはしてきたが、「自ら研究する」ということはしたことがない。さてなにから手を付けて良いのやら、うろうろしているうちに時間は経ち、けれども研究は全くものになっていない。このとき、始めて勉強と研究に違いに気づいたと思う。考えてみれば、教科書は学生にわかってもらえるように書かれている(はずである)。京大に合格すると言うことは、私も含めそのような教科書の内容を理解する能力に長けていたということである。この能力は研究する能力とは全く違うと痛感させられた。この時の刺激的な印象は、40年以上経った今でも鮮明に覚えている。4回生の12月頃、まわりの同級生が着実に研究を進めている中で、まともなレポートも書けず本当に不安であった。今思えば、卒論で成果が出なくても、一定の努力をしていれば卒業はさせてもらえたであろう。ただ、悩んだことはその後の私の研究する力の基になったと思っている。
 現在教授になり、歎異抄の「善人なほもつて往生をとぐ。いはんや悪人をや」という教えを、いつも卒業生に対するはなむけの言葉としている。私はこの教えを、「良い研究成果の得られた学生はおめでとう。残念ながら思っていた研究成果が得られなかった学生はもっとおめでとう」と拡大解釈している。学生時代に成功体験を得ることは素晴らしいことであるが、研究がスムーズに進みすぎると考えることが少ない。一方で良い結果が得られない場合も、卒論、修論は書かねばならない。様々な検討を行い、悩みに悩んでどうにか卒論、修論の体裁を整えたという経験は、良い研究成果に勝るものがあると感じている。良い成果が出なかった学生諸君、どうか悲観せずその経験をひっさげて社会で活躍してほしい。
 なんとか、卒論を書き上げるうちに、まわりの先輩たちのように研究力をもう少し身につけたいという気になり、博士課程進学を決めていた。

共同研究の勧め
 私は京都大学入学後、ずっと京大でお世話になってきた。海外の学会などで、京都大学卒業、京都大学大学院修了、京都大学助手、京都大学助教授、京都大学教授、と経歴が紹介されると、違和感をもつ研究者もいるようである。欧米では、卒業大学と進学大学院が異なり、また職を得るのも学位を取った大学ではないケースが多い。京大にすっと居られたことは、今思えば良い面も多くあったが、視野が限定されてしまっていたのではと危惧する。
 海外の大学・研究機関との共同研究に基づいて発表された論文は、多く引用される傾向にあり、大学でもそのような共同研究が推奨されている。共同研究から良質な論文が生まれる理由の一つは、複数の異なった観点で問題を検討できていることにあるのではないかと思う。そうであれば、海外であることは必須ではなく、国内の他の大学・研究機関との共同研究でも成果があがるはずである。他大学でなく、京都大学内の他研究科、他専攻、他研究室との共同研究でも構わない。私事になるが、教授就任前後から1つのプロジェクトで他専攻や他研究室の先生方と共同研究を行ってきた。同じ問題でも全く見方が異なることに大いに刺激を受けている。さて、どのようにしてそのような共同研究を行う仕組みを作っていったらよいか・・・。最も実現可能性のある案は、博士後期課程学生(修士課程学生でも良いが)の指導を通じてではないだろうか。「副指導教員の1名は必ず他専攻から選ぶ」というような規則を設ける。工学研究科に限定せず、「他専攻、他研究科、他大学から選ぶ」の方が良いかもしれない。現在でも融合工学コースでは他専攻から副指導教員が選ばれているが形骸化している気がする。数ヶ月に一度副指導教員を含めて議論すれば、院生のみならず指導教員の視野も広がる。また、インテックセンターを媒体として「実質的な」共同研究を進めていただければと思う(先生方、ご検討下さい)。
 最後に、私は大学入学以来多くの尊敬できる諸先生方に指導いただくことができ、幸せな研究生活を送ることができた。特に、恩師の故高松武一郎先生、橋本伊織先生、布川昊先生、冨田重幸先生から受けた指導は私の研究姿勢の礎となり、それがあってこれまで研究を続けてこられたと思う。この場を借りて心から謝意を表したい。また、研究室の同僚や共に研究を行ってきた学生さん、ありがとうございました。

(名誉教授 元化学工学専攻)