質問と回答による対話

副研究科長 西山 峰広

巻頭言_西山峰広_web.jpg「コンクリートが圧縮より引張に弱いのはなぜですか?」
「コンクリートは,骨材を接着剤であるセメントペーストで固めたものであるためです。圧縮に対しては,骨材同士が押しつけられるため
に大きな力に耐えられますが,引張の場合は,小さな力で接着剤と骨材の界面で剥がれてしまいます。」

「実験で鉄筋が少ないときはひび割れが一本だけで,ひび割れが,鉄筋が多いほど多くなるのはどうしてですか?」(注:講義中に行った鉄筋コンクリート梁のモデルに対する載荷実験を観察して)
「よいところに気付きましたね。鉄筋が少ないとひび割れが生じた瞬間にひび割れた位置で鉄筋が降伏します。そうするとひび割れ位置だけで鉄筋が伸び,破断してしまいます。そのため,ひび割れが生じたときの曲げモーメントよりも大きな曲げモーメントにはなれません。ひび割れは一本だけになります。これに対してある程度鉄筋が配置されている場合は,最初のひび割れ位置で鉄筋が弾性範囲なので,さらに曲げモーメントは大きくなっていきます。そうすると他の位置でもひび割れを発生させることができます。」

 これらは,鉄筋コンクリート構造の講義において学生から提出された質問票に記載の質問とそれに対する私の回答である。ひとり少なくともひとつの質問を提出させているので,前期の最初,多くの学生が出席しているときは,100 以上の質問が集まる。これに対して,回答を書き,次回の講義において資料として配布する。質問の打ち込みは TA に任せて,私は回答に集中する。それでも1 週間以内にすべての回答を用意するのは,なかなか大変で,講義の前日にやっと完成ということもある。このような質問票をはじめて 10 年になる。講義中に直接質問させればよいし,それも歓迎しているのだが,実はこの質問票には後に記すように別の効果もある。

 現在,私は副研究科長を務めている。それで巻頭言を書かないといけない立場におかれてしまったのであるが,どうも私はもともと戦略的に物事を考えるのは苦手で,戦術に走ってしまう。これまでの方々が書かれた巻頭言のように工学部や工学研究科を大所高所から俯瞰したような論説は書けないため,自分自身が実行している講義など身近なことを書こうと思う。巻頭言というよりも随筆と呼ぶのがふさわしいものなので,気楽に読んでいただきたい。

 学生の質問に回答することは,こちらにとっても大変勉強になる。今まであやふやであった知識をいろいろと調べて確かにした上で,回答を作成する。質問というのは質問をした人が疑問を解決できて終わりになるのではなく,質問された人にとってもためになることを強調したい。全部に回答しなくても,主立った質問に対してだけ回答すればよいという考え方もある。実際,質問票を始めた頃は講義の初めに前回の講義において提出された質問からいくつか抽出して口頭で回答するという方法をとっていた。しかし,これだと学生はあまり聞いていない。学生は配布された一覧資料に,自分が書いた質問が絵などもいっしょにそのまま記載されているのを見るとやはり喜んでいるようである。
 よい質問への回答は,「とてもよい質問です」という枕詞から始める。一方,講義で何度も強調して説明したことを質問された際には「何度も講義で説明したように」と少々苛立ちが感じられるような出だしとなる。質問票を読んでいると,私の話したことのわずかしか学生に伝わっていないことに愕然とすることもある。私の話し方,説明の仕方が悪いのか,それとも,学生が集中していないのか,たまたま聞き逃したのか。やはり教えることは難しい。

 質問票に記載された内容を読み,この学生はこれだけしか出席していないのでやはりこういう質問をするのだろうか,この学生は後半になって出席するようになったな,あるいは,この学生は,最初数回は出席したのに出てこなくなったな,などと考えながら出席を記録する。顔が思い浮かぶ学生もあれば,ずっと出席していて顔を合わせているはずなのに顔が思い出せない学生もいる。
 学生の名前と顔はなかなか一致しないのだが,それでも「先生が時折生徒の名前を名簿も見ずに指名されているのを見て,生徒の名前を覚えてらっしゃる生徒思いの先生なのだと感じました。」「指名されるときは名前を呼んでもらえるとうれしいという意見が以前あり,なるべく皆さんの名前を覚えるように努力しています。座席表はそのために書いてもらっていますし,出席も自分でエクセルに書き込むようにしています。そうすると,この学生はずっと出席しているとか,しばらく来なかったがまた出席するようになったとか,考えながら出席を記録しています。」
そうだろう,そうだろうとほくそ笑みながら回答を書いたりする。

 学生も質問がうまく思い浮かばないことがあるようで,「質問が思い浮かばないのですが,どうすればよいですか?」
という質問も出てくる。これに対しては,
「何もないということはすべて理解したということですので,次回講義で私から質問します。しっかりと回答してください。」
 質問票を講義の最後に書こうとすると難しいので,途中疑問に思ったことをメモ代わりに書くよう学生には伝えている。そのうち講義中に解決した疑問は,消しゴムではなく横線で消して,残ったものが提出される。しかし, かなりの量の板書をしながら,疑問を質問票に記載するのも大変なようで,そのような過程が見える質問票が提出されることはほとんどない。
 また,
「鉄筋コンクリート構造はどのように始まったのでしょうか?」
というような漠然とした,回答するのが面倒くさい質問もあり,
「教科書 p.20 に記載がありますし,インターネットで調べてみましょう。」
とインターネットに投げてしまうこともある。ときには以下の様なやりとりもある。
「西山先生の眼鏡はラーメン構造であるとお聞きしたのですが、そこまで建築にこだわる理由はなんでしょうか?」(注:ラーメン (rahmen) 構造とは,柱梁骨組のこと)
「眼鏡を選ぶ際,醤油味にするか味噌味にするかかなり迷いました。結局,とんこつにしました。」
 まじめに正面から答えるのも面白くないので,このようにかわすことも度々ある。
 このようなたわいもない問答を続けていると学生はだんだん私の嗜好を理解するようになる。
「のどが乾燥してカラッカラになったときは先生はどうしてますか?」
「やっぱりビールですね。鶏の唐揚げがあるともっとよいですが。毎年このように書くので,4 回生は皆わたしの好物を知っています。」

「ラグビーワールドカップの試合はスタジアムに見に行く予定ですか?」(注:スタジアム建築を紹介し,ラグビーファンであることを説明した。)
「まだ決めていません。できれば行きたいですね。」

「夏になりましたね。海は好きですか?」
「好きですね。夕暮れの波の音が特に好きです。」

 講義内容の質問を超えて,進路相談,人生相談になることもある。
「先生は大学生のとき暇な時間は何をしていましたか?」
「もう昔のことなので覚えていません。そんなに特別なことをしていた記憶はありません。おそらく本を読んだり,音楽を聴いたりしていたと思います。」

 講義中に,学生を指名して答えさせるのも私の講義スタイルである。そうすると,以下のような感想も出てくる。
「先生が生徒に投げかける質問は分からないものも多くていつも当たらないかドキドキしてしまいます。」
「ドキドキしている方が眠気を催さなくてよいのではないですか。わからないときは,わからないと言ってください。それによって皆さんの理解度を測っています。」

「授業中に当てられると、自分の勉強不足を露呈してしまいそうで緊張します。」
「実は他の人もわからず,自分が当たらなくてよかったと思っているはずです。答えられなくても気にする必要はありません。しかし,あとでしっかりと調べて,同じ質問を受けたら,次回はちゃんと答えられるようにしておいてください。」
 SNS に慣れた学生はメッセージを交換しているように思っているのだと私は推察する。

 7 月 27 日(土)午前中に一般の方を対象とした工学部公開講座,午後に中高生とその保護者を対象としたオープンセミナーを開催した。私は副研究科長として公開講座委員会委員長を務め,当日司会をする。3 名の先生方から講演いただき,公開講座ではそれぞれの講演後に 10 分ずつ質問時間をとり,オープンセミナーでは 3 名の講演終了後にまとめて質問会を開催する。オープンセミナーの質問会では講演内容に対する質問だけでなく, 大学生活はどのようなものかなど,どのような質問でも受け付けることになっている。中高生だけでなく,保護者からの質問もある。とは言え,200 人くらいが見守る中で挙手し,質問することは中高生にとって勇気の要ることであると思う。何回か促すと最初に保護者から質問があった。ひとつ質問があると手を上げやすくなるのか, いくつかの質問が続いた。「先生方のモットーは何か?」という質問があった。これは難しい質問である。特に日頃戦略的に生きず,問題を先送りしている私にとって,
「座右の銘」だとか「モットー」は何かとたずねられると, 回答につまってしまう。司会なので私は答えなくてもよいのだろうが,「何を目標にして研究しているのか?」という質問にすりかえて回答した。回答になっていないことは承知しているのだが。

 鉄筋コンクリート構造の講義では,かなりの数の質問と回答が蓄積されてきたので,分類して Q&A 集にまとめようとは思っている。が,思っているだけで実際にはなかなか手が動かない。学生には昨年の質問票を
KULASIS 上で配布して,各自関連する質問と回答を確認するようにとは言っている。
 質問票を介した学生との対話は今後も続く。
 最後に,
「テストは難しいですか?」
「毎年この質問があります。皆さんがしっかりと勉強すれば 100 点がとれる問題です。私は皆さんが 100 点とれるように教えています。」

(建築学専攻 教授)