ダイニングテーブル

名誉教授 藤田静雄

藤田先生 京都大学とのご縁は1974年3月3日の入学試験の日から始まったと言えるでしょうか。以来47年間にわたり学生,そして教員としてお世話になり,2021年3月31日をもって定年退職いたしました。振り返ると,実に長い期間です。一方で,入学試験1時間目の国語の試験のことをいまでも鮮明に覚えています。なんといっても「京大の国語」ですので,例年難問揃いで,手に負えるものではないと覚悟していたのですが,意外と素直に解答でき,試験後の昼休みに友達に「やさしかったなあ!」と思わず叫んでしまいました(しかしさすがに「京大の国語」で,点数は思っていたのと大違いでした…)。それを起点に考えれば,47年間は実にあっという間の時だったかなとも感じています。ただ最後の1年はコロナ禍という予想できなかったものに襲われ,自分の教員としての総括は想像できない形で迎えることとなりました。ただこれも何年かすれば,忘れられない1年として自分の心に残るのかなと思っています。
 さて,この1年は実家の片付けにも時間を要した年でした。2012年に母が,2018年に父が他界し,寝屋川市にある実家が空き家となってしまいました。大阪で夜遅くなった時に泊まるところとしてそのままにしていたのですが,人が住まない家は傷みが早い,草木が伸びる,不届きものの被害にあうと困る,といった訳で処分することを決めました。そうなると,家財を整理しないといけません。業者に任せればそのままですべて処分してくれますが,祖母,両親,私と弟が過ごした思い出が詰まっていますので,自分が片づけられるところまでは自分でやろうと決意しました。およそ月に2-3日を実家に通い,父の給与袋,母がつけていた家計簿,私が作ったデジタル時計など,一瞬思い出に浸ったらあとは捨てる,という作業が続きました。これも今年の5月になるとほぼ落ち着き,6月16日を業者による最終処分と決めた後のある日,少しがらんとした実家に残された家具の前に座ってみました。自分の部屋の机に向かい,「京大の国語」の過去問を勉強していた思いに馳せました。そしてダイニングテーブルに向かった時,長く続いた年月をタイムスリップした思いにかられました。いつも同じ場所に家族が居て,正月には総勢9人で周りを囲んだものです。自分がいつも居た場所に1人だけで座り,ダイニングテーブルに刻まれた家族の「時」を感じました。
 わが家のダイニングテーブルは,いまの場所に引っ越した1997年に購入したもので,幅が210 cmあります。私と妻の前に3人の子供たちが座り,騒がしく過ごしていました。少しずつダイニングテーブルを囲む人数が減り,いまは2人となりましたが,ここで交わしたたわいのない会話の数々が,各人にとって育ちの糧となっているように思います。嬉しい時,悲しい時,誕生日や記念日のイベント,いつも囲むのはダイニングテーブルであり,ダイニングテーブルは家族の思いと歴史が凝集しています。実は,3月から室内のリフォームをして,キッチンの配置を大幅に変えましたので,この大きなダイニングテーブルの行き場に悩みました。使い勝手とデザインを考えると小さなものに買い替えることが一番なのですが,いろいろ工夫して置く場所を作りました。
 大学の研究室のダイニングテーブルといえば…これは研究会を行う会議室の机でしょうか。私の研究室は人数が少なかったために,平机をみんなで囲みました。各人が座る場所はほぼ決まっていて,新しいデータに議論を重ね,雑誌会で新しい論文に触れ,学会そして公聴会の発表練習を行いました。そして多くの卒業生が巣立って行ってくれました。もう一つ重要なダイニングテーブルは,コンパを行うお店のテーブルでしょう。たわいのない会話でも盛り上がり,お互いの親交を深め,卒業する人はここでプレゼントを受け取るという,研究と並ぶ大切な研究室活動の場と言えます。
 しかし、このコロナ禍において,研究室のダイニングテーブルは大きくその姿を変えました。というより,ダイニングテーブルを囲むことができない状況となってしまいました。研究会のダイニングテーブルは,互いに雑談のできない距離に座ったり,背中合わせでPCを介するようになり,またコンパのテーブルは消滅しました。実験・研究はほぼコロナ禍以前の状況となり,研究室の活動は一見順調に進んでいるようですが,研究室のダイニングテーブルが元に戻るには相当時間がかかりそうです。みんなでテーブルを囲んで会話をし,議論をし,飲食をすることが当たり前だと思っていたのに,それがなくなったことが学生の育みや思い出に影響を与えていないことを願いたいです。オンライン会議やテレワークへの違和感が薄れ,国際会議や学会もこれからはハイブリッド形式となることが予想され,人の集まりが新しい形で行われるようになって,時間とコストの節約をもたらすことが期待されています。その一方で,ダイニングテーブルを囲んで輪になることは,昔の人が火を囲み食事・談笑をしていた歴史を引くもので,人と人との関係の根底はこの「輪」にあるのかと最近ひしひしと思うようになりました。研究室におけるダイニングテーブルが一時も早く復活することを願ってやみません。

(元光・電子理工学教育研究センター,電子工学専攻)

モロッコのダイニングテーブル。元研究員であるNouneh博士のモロッコのご自宅にて
モロッコのダイニングテーブル。元研究員であるNouneh博士のモロッコのご自宅にて

ローム記念館で研究を行っているメンバーの交流会
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