わたしの WINDING ROAD ~京大の研究者になる~ #04 どんな回り道も、思い出深い道!

みなさんこんにちは!
京大工学「わたしの WINDING ROAD ~京大の研究者になる~」編集部、インタビュアーAです。

京大工学には、様々なターニングポイントを経て「京大の研究者になる」ことを選んだ、女性研究者が数多くいます。
工学に興味を持った学生生活から、現在の研究生活まで、これまでどんな道を歩んできたのでしょうか。
工学研究科の若手職員が直撃インタビューしてきました!

本インタビューは、先生との会話をもとに読みやすく編集しています。

建築学に進みたくて、苦手な科目も頑張りました

インタビュアーAがお話を聞いた女性研究者は、建築学専攻の伊庭千恵美先生。

伊庭先生は、修士課程修了後に一度就職。10年間の社会人生活を経て、大学教員としてのキャリアをスタートしました。どのような経緯があったのか聞くべく、先生の研究室へ押しかけました!

伊庭先生①

「バスケットボールを触ってると落ち着くんですよ」と伊庭先生。※今回のインタビューはこの体勢でお話してもらいました。

 

――小さい頃から建築への興味があったのですか

「小学生の時に実家を新築することになったのですが、その頃に自宅の間取りをずっと考えていたことが、建築との出会いかもしれません。その後中学生のときにバルセロナオリンピックがあって、テレビでガウディの建築を見る機会が増えました。そのとき『自分が生きてる間に完成しない建物を作るなんてすごい』と感じたのを覚えています。」

 

――大学受験の際、工学部と迷った工学以外の学部はありましたか?

「スポーツで怪我をした経験からスポーツドクターに憧れを感じ、医学部へ進むことを考えたこともありました。ただ、血を見るのが苦手で医学部はすぐに諦めました。基本的にはずっと建築学志望でした

 

――工学部か医学部かで迷われてたということは、もともと理系科目が好きだったんですか

「いえ、実は高校時代は数学と物理が苦手で…(苦笑)、好きな科目は英語と世界史でした。自分は理系だという認識よりも、建築に進みたいという思いから工学部を目指したし、工学部を受験するために苦手だった物理を選択しました

 

――建築への興味から苦手な科目を選択されたんですね!京都大学に入学してからは、どのように過ごされたんですか?

「小学生の頃からずっとやってたバスケットボールを続けたくて、入学式直後に体育会バスケットボール部に入りました

 

――理系学生は授業や研究活動が大変で、体育会の部活動に入部する人はあまりいないイメージでした!

「部活も勉強も一生懸命頑張る子が周りに多くて、いろんな部活やサークルに入ってる人がいましたよ。私は部活と並行してアルバイトもしていて、学部生の間は部活とバイト、勉強はそこそこ、という感じでした(笑)。やっぱり回生が上がるにつれてどんどん忙しくなってきましたが、若さゆえ徹夜で課題をこなしたりしていました。でも部活の練習前にはできるだけ寝る時間を確保していました。」

 

――回生が上がると、どのように忙しくなってくるのですか?

「学部の建築学科では2回生になると設計演習が始まります。教員が設定したテーマに対して学生が設計提案をするというもので、自分の考えた建築の模型や図面を準備するのが大変でした。意欲ある学生が『印象的な空間』をデザインする中、自分は利便性を追求した現実的な建物を設計していたのですが、その結果当時の担当の先生に『凡庸すぎる』と言われてしまい、自分はデザインには向いていないと感じました。4回生に上がるときの研究室配属ではデザイン系ではなく、当時少し注目され始めていた環境系の分野へ進みました。」

選択の連続の結果、幼少期にあこがれた道に

――先生は修士課程修了後、一度就職されてますが、どのような経緯で就職したのでしょうか

「研究がおもしろかったので研究職に興味を持っていたのですが、経済的な事情もあり、ストレートで博士課程に進むのではなく、修士課程修了後はひとまず就職しようと考えていました。ちょうど4回生のときに、札幌にある建築の研究所を見学する機会があって、生まれ育った北海道で、建築の研究ができる場所を見つけたと思いました。その研究所はちょうど旭川への移転を控えていたのですが、研究所に入るために公務員試験を受けて、就職しました。」

 

――その後社会人として働きながら、京大の博士課程を取得されたんですよね?

「はい、研究所で働きながら社会人学生をして、トータル7年かけて博士号を取得しました。働きながらの博士号取得は大変でした。社会人学生だからといって仕事は待ってくれないし、仕事内容とは直接リンクしないテーマでの研究だったことと、途中で体調を崩して1年休学したこともあり、なかなか順調にはいきませんでした。職場の上司や先輩たちにも長い間心配をおかけしてしまいました(笑)。

 

――想像以上に大変そうです!

「想像以上に大変でした(笑)。若手で、ただでさえ少ないお給料の中から学費を捻出するのも大変でしたね。社会人ドクターを検討している学生さん、やるなら綿密な計画を立ててから入学することが望ましいですよ!」

 

――その後晴れて博士号を取得し、教員として京都大学に戻ってこられた伊庭先生。大学教員としての道を進むきっかけは何だったんでしょうか?

「研究所で10年働いて、ちょうど『この先はどういうテーマに取り組んでいこうか』と考えていたタイミングでした。その少し前に、東京の研究所の方が海外の遺跡保存プロジェクトにかかわっていると聞いて、興味をもって話を聞いたりしていました。一方で転職の情報を調べたりしていたところ、京大の助教のポストの話をお聞きして、出身講座でもある現在の研究室に着任しました。

 伊庭先生②

エネマネハウス2017でモデル住宅の建設に関わる作業を学生さん達と協力企業の方々と

――先生は今の研究室でカッパドキア岩窟教会の劣化状況の調査に携わるなど、文化財保存にかかわる研究もされていますよね!

「そうなんです。建築環境工学の立場から、高校時代に好きだった世界史につながるような、文化財にかかわる仕事ができることはとても嬉しいです。文化財保存は慎重に進める必要があり、自分が生きている間に結果が出るかどうかわからないこともありますが、責任を感じつつも非常におもしろいと感じています。

伊庭先生④

トルコ・カッパドキアの岩窟教会の保存プロジェクトで、地元の協力者に測定機器の使い方を教える伊庭先生

――同じ研究職でも、前職での働き方と大学教員としての働き方に違いはありましたか?

「前職では実際にものづくりをする民間企業の方や、経験を多く積まれた工務店の方などと現場で一緒になって検討することが多かったのですが、大学教員になると、当然ながら研究者や学生と接することが多くなりました。新しい視点を持った学生と話をすることで、自分自身も新しい観点に気づかされることが多くあります。若い学生と話すことが楽しく、やりがいに思う一方で、学生への言葉の影響力には責任を感じます。よく考えずにいい加減な言葉をかけると、学生がその言葉に引きずられてしまうことがあるので、伝え方には気を付けるようにしています。」

 

――忙しいイメージの「大学教員」という職業ですが、ワークライフバランスを保つ秘訣を教えてください。

「以前学生から『先生を見てると大学教員になろうと思わない。』と言われたことがありました。ずっと研究室にいるし、いつも忙しそうにしているし、あまり休んでないように見えていたんでしょうね。数年前から特に意識的に平日と週末を区切って、趣味にも時間を割くようになりました。週末にバスケ観戦(Wリーグ)に行くようになって、日本各地の試合を見て帰ってきたりと、趣味の時間を充実させることでバランスを取っています。観戦仲間ができて、住んでいるところも年代も違う友達も増えました。」

 

――自分自身の周りの「環境」も整えるということですね!

「そうですね。健康的に生活するうえで、仕事や学校のコミュニティだけじゃない、別のコミュニティをできれば複数持つことは大切かなと思います。コミュニティを形成する年齢層も、幅広い方が良いですね。一方でうまくいかなかったとしても、もう一方が支えになってくれるし、幅広い交流関係を築くことでいろんな考え方に触れることができて、自分自身のバランスを保つことができます。」

――研究者を目指す学生だけでなく、社会人としても、とても大切な観点ですね。(大きくうなずく社会人2年目のインタビュアーA)

 伊庭先生③

コロナ前は研究室の学生さん達とバスケットボールを楽しむこともあったそう

博士課程を目指す女子学生へメッセージ

――最後に、博士課程への進学を検討中の女子学生へのメッセージをお願いします!

「博士号を取ったからといって学問が完成するわけではありません。ただ、博士課程は教員のような雑務がなく、自分の研究に没頭して研究を高めることができる、一番幸せな時間ではないかと思います。興味があるのなら、あまり構えずに進んでみるのも良いのではないでしょうか。また、博士号を取得する方法がいろいろあるということも知ってほしいです。博士課程の途中で就職して社会人で博士号を取得する人もいるし、研究指導認定退学後でも一定期間内であれば課程博士の学位に申請できる制度もあります。あるいは経済的な問題で進学を迷う人もいるかもしれません。博士課程学生への経済的支援制度も今はたくさんあるので、いろいろ調べて利用してほしいと思います。」

ご自身の経歴を「流されるままに生きてきて、」と話された伊庭先生。ターニングポイントでのそれぞれの選択が、時を経て幼少期の興味を叶える仕事に導いたのだと感じました。
伊庭先生、ありがとうございました!

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