「アジア・メガシティの人間安全保障工学拠点」について

拠点リーダー 松岡 譲

松岡 譲1.プログラムの概要

京都大学大学院工学研究科の地球工学科系及び建築学のグループ、地球環境学大学院及び防災研究所は、2008年度から「アジア・メガシティの人間安全保障工学拠点」のテーマでグローバル・センター・オブ・エクセレンス・プログラム(G-COE)を実施しております。アジアのメガシティでは、ベーシック・ヒューマン・ニーズ、環境汚染、災害とそれらに対する自立的な対応能力をいかに確保するかが大問題となっておりますが、過去数十年間の改善状況は、失敗の歴史でした。都市の膨張が急激に起こってきたこともありますが、さらに重要なことは、そうしたリスクに対応する技術、制度の整備がバラバラに行われてきたこと、さらに技術や制度を取り入れても、それをマネージするコミュニティーや人材の整備に関心が払われて来なかったためであります。このような認識に立ち、このプログラムでは、土木工学・建築学・環境工学・防災学をベースとしながらも、徹底した現場主義に基づき、工学技術と都市経営管理と制度づくりの相補的な共進化の促進に力を注ぐことによって、これまで築いてきた要素的な学問を、人間安全保障の確保に向け都市の管理戦略や政策策定を含む総合的な学問に脱皮させ、それに基づいた教育・研究を行っております。具体的には、京都に置く本部拠点に加え、アジア地域の6都市(中国・深圳市、ベトナム・ハノイ市、タイ・バンコク市、シンガポール市、インドネシア・バンドン市、インド・ムンバイ市)に展開した海外拠点をベースに、各国大学・研究機関・民間企業などと共同研究を行い、年間20名余の博士課程学生を養成するなど、様々な活動を実施しています。

2.活動の紹介

活動開始以来、ほぼ1年が経過しました。これまでに行ってきたことをざっとまとめますと、1)博士課程教育プログラム「人間安全保障工学」分野の開設、2)都市の人間安全保障工学教育・研究センターの開設・運営、3)海外活動拠点・海外連携拠点の設置・展開、4)共同研究プロジェクト等の推進、5)関連シンポジウム・ワークショップの実施や報告書シリーズの刊行など、の5つになります。

1) 博士課程教育プログラム「人間安全保障工学」分野の開設

この教育プログラムでは、都市の人間安全保障工学を支えるコア領域と4つの学問領域(都市ガバナンス、都市基盤マネジメント、健康リスク管理、災害リスク管理)について、複数に跨がって確実な素養を獲得させ、それらを都市の人間安全保障確保に向け、目的に応じて統合化し適用する能力と、その技法を深化・進展しうる能力を持った研究者及び高度な技術者の養成を目指しています。工学研究科地球・建築系4専攻、地球環境学舎及び情報学研究科の博士課程学生を対象とし、研究科によって組織形態が若干異なりますが、工学研究科では融合工学コースの一分野として組織しました。米田 稔教授(都市環境工学専攻)が分野長をされており、今年度4月から21の科目構成(新設、全て英語講義、必要に応じ遠隔講義を使用)でスタートしました。留学生の志願を容易にするため、海外入試の実施や奨学生優先配置枠の獲得などといった工夫を行っており、平成21年4月段階の履修者は45名(内留学生28名)となっています。

2) 都市の人間安全保障工学教育・研究センター(HSE センター)の開設・運営

桂キャンパスC1 棟エントランス横に設置しました。平山 修久准教授、吉田 護助教、GCOE 特定研究員(PD)6名及びGCOE 特定事務補佐員2名の方々が常駐しています。このセンターは、後述する6つの海外拠点のハブオフィスとしての役割も担っており、遠隔会議システムによる海外拠点との密接な情報交換も可能となっています。毎週定期的にPD会議、拠点連絡会議等を行っており、教育・研究活動の進行状況、海外拠点運営状況などを確認し、事業推進者や共同研究者らによる各種活動のバックアップを行っています。

3)海外拠点の設置・展開

現在、中国、ベトナム、タイ、シンガポール、インドネシア、インドの6ヶ国に設置しています。今後も新たに整備する予定であり、こうした海外拠点を基地として、より緊密な国際研究・教育ネットワークの構築を目指しています。

  1. 深圳:拠点リーダーは、田中 宏明教授(工学研究科附属流域圏総合環境質研究センター)。清華大学深圳研究生院内にオフィスおよび実験室を設置し、八十島 誠准教授が常駐しています。インターン研修学生受け入れや高度機器分析講習会といった教育・研修活動、及び、深圳市周辺地域を中心とした環境保全技術の開発、フィールド調査、ならびにリスク評価及び環境管理に関する研究を展開しているほか、本GCOE に参加する各教員、学生が個別に設定する研究についても幅広く支援しています。
  2. ハノイ:拠点リーダーは、藤井 滋穂教授(地球環境学堂)。ハノイ工科大学環境理工学研究所内にオフィスおよび実験室を設置し、Nguyen Pham Hong Lien 助教が常駐しています。インターン研修学生受け入れやハノイ市およびその周辺を研究フィールドとする水環境、都市衛生、廃棄物、大気、建築、気候変動と防災、環境ガバナンス、住民参加型環境改善など、様々な観点からの研究を推進中です。
  3. バンコク:拠点リーダーは、大津 宏康教授(都市社会工学専攻)。アジア工科大学(AIT)内にオフィスを設置し、環境会計、インフラ・アセットマネジメント、都市水資源・食糧供給、交通・ロジスティックスなどをメインテーマとする共同研究を推進中です。アジア工科大学(AIT)や近隣他大学の大学院生を対象としたG-COE 集中講義も実施しています。
  4. シンガポール:拠点リーダーは、谷口 栄一教授(都市社会工学専攻)。国立シンガポール大学(NUS)内にGCOE‒NUS CMS 共同研究センターを設置し、ポストドクター研究員を常駐させています。交通及び物流の人間安全保障的側面、例えば自然災害への対応を想定した物流システム、有害物質の輸送、輸送におけるセキュリティ問題、物流における交通面での安全、住民へのリスクを考慮した拠点配置・配車配送計画などに焦点をあてた共同研究を遂行しています。
  5. バンドン:拠点リーダーは、松岡 俊文教授(社会基盤工学専攻)。バンドン工科大学(ITB)内にオフィスを設置し、ジャカルタとその周辺域における地球温暖化影響、二酸化炭素の地中隔離(CCS)、エネルギー関連の人間安全保障に関する研究と、それに関連したデータ収集を行っています。
  6. ムンバイ:拠点リーダーは、多々納 裕一教授(防災研究所)。ムンバイ市役所庁舎内にオフィスを設置し、ポストドクター研究員を常駐させています。ムンバイ市政府及びSchool of Planning and Architecture(SPA、本拠はデリー)と共同し、ムンバイ市の災害・環境破壊に対する脆弱性分析を実施すると共に、そこから得られた分析結果をベースとして、処方的政策の立案、ステークホルダーらを巻き込んだワークショップを遂行し、実際政策へのフィードバックを行っています。

「アジア・メガシティの人間安全保障工学拠点」について

プログラム「アジア・メガシティの人間安全保障工学拠点」でアジア各都市に展開している海外拠点

4)共同研究プロジェクトの推進

都市ガバナンス(領域リーダー:門内 輝行教授、建築学専攻)、都市基盤マネジメント(領域リーダー:大津 宏康教授、都市社会工学専攻)、健康リスク管理(領域リーダー:田中 宏明教授、工学研究科附属流域圏総合環境質研究センター)及び災害リスク管理(領域リーダー:多々納 裕一教授、防災研究所)の四領域を中心に、上述した海外拠点等をプラットホームとする共同研究プロジェクトを推進しております。平成20年度には36本の国際重点共同研究プロジェクトを実施し、それらに加え若手研究者育成を目的とした14の若手・萌芽研究プロジェクトを行いました。本年度もそのほとんどを継続中です。

5) 関連シンポジウム・ワークショップの実施や報告書シリーズの刊行

平成20年度は、平成20年12月、船井哲良記念講堂においてオープニングシンポジウム(参加者約350名)を開催したほか、桂キャンパス、吉田キャンパスに加え、中国・西安、シンガポール、インドネシア・バンドン、インド・ムンバイなどにおいて全29 回にわたるシンポジウム・ワークショップを主催・共催したほか、全37巻に及ぶ報告書を刊行し、「人間安全保障工学」の国際的展開に向けての人的ネットワークの確立、相互連携を図ってきました。ニューズレーターやホームページ(http://hse.gcoe.kyoto-u.ac.jp/)を使い、こうした活動の広報・宣伝などにも努めております。また、今年度は、「都市の人間安全保障工学」に関するテキストシリーズ刊行なども準備しています。

「アジア・メガシティの人間安全保障工学拠点」について

平成20年12月に船井哲良記念講堂において行ったオープニングシンポジウムでの記念写真

3.今後の活動に向けて

以上のように、平成20年度については、事業推進担当者や教育・研究担当者の皆様方のご支援に支えられ、どうにか乗り切ってきました。しかるに、プロジェクトの目標である「アジア地域における人間安全保障の確保に向け、これまで築いてきた工学技術を道具としながらも、徹底した現場主義の洗礼を受けさせることによって、都市の管理戦略や政策策定を含む総合的な学問に脱皮させ、それに基づいた教育・研究を行う世界的拠点を確立する」ことに対しては、まだまだ工夫しなければならない点も残っています。

現在、大学における教育・研究のグローバル化への潮流には、極めて強いものがあります。そうした中で、本G-COE のようなグローバルではあるものの現場の多様性を本質的に取り込もうとする試みが、大学本来の役割である知的創造の営みの中心部まで入り込めるか、そうした営みに必須のものとなりうるかは、グローバル化の波にどのように付き合うのかと言った消極的あるいは皮相的な観点からのみならず、地球工学、建築学の将来にとって本質的かつ死活的な課題であると考えております。

工学研究科・工学部の諸先生方のご指導とご鞭撻を期待してやみません。

「アジア・メガシティの人間安全保障工学拠点」について

アジア工科大学にて行った大津宏康教授(都市社会工学専攻)が中心となって行ったGCOE 集中講義での受講者との写真

(都市環境工学専攻)