41年間の研究を振り返って(人との出会い)

宮﨑 則幸

宮崎昨年12月に退職予定教授宛の工学広報執筆依頼を受け取りました。さて、何を書こうかと考えましたが、研究以外は余り能がないので、極めて平凡ですが、表記のような主題でこれまでの研究を振り返ることにしました。私は、東京大学で学位を取得後、日本原子力研究所(現・日本原子力研究開発機構)で6年間、九州大学で21年間、 京都大学で9年間過ごしました。このように、学生時代を含めて、三つの大学と一つの研究機関に籍を おきました。そこでの人との出会いと研究を中心に書きたいと思います。

さて、私は1年廻道をして、1968年に東京大学に入学し、1972年に東京大学工学部原子力工学科を卒業しました。その時いただいた卒業証書の日付は1972年4月28日となっています。履歴書を書くたびにこの1ヶ月遅れの学部卒業の事実が付いて廻ります。この理由は入学後に起こったいわゆる「東大闘争」の影響です。そのため、1969年の東大入試は中止となりました。1972 年の卒業者は、ある意味いい加減な学部教育で卒業した世代です。その反動かどうかわかりませんが、5年後の大学院博士課程の修了者は8名(原子力工学科の定員は36名) で当時としては非常に大きな割合でした。同期の多 くの卒業生はその後、原子力関連の仕事に就きました。日本原子力学会会長、原子力委員会委員に就い た同期生もいます。

さて、私自身の大学院時代に話を戻します。1972年に学部を卒業した後、東京大学大学院工学系研究科原子力工学専門課程に進学し、原子力推進工学研究室(故・安藤良夫教授、矢川元基助教授)に籍を置きました。研究室名の「推進」は“propulsion” のことで、当初は原子力を推進力に用いた船舶、ロケット等を研究の視野に置いていたことの名残のようです。実際、講座担当教授の安藤良夫先生は当時原子力船「むつ」の開発に深く係っていました。しかし、大学院生の研究テーマは材料強度、構造強度が中心でした。私が直接指導を受けた矢川元基先生 (現・東京大学名誉教授)は有限要素法を用いた破 壊力学解析で学位をとり、アラバマ大学(Oden教授)の留学先から戻られたばかりでした。当時、矢川先生は30才前後の新進気鋭の助教授であり、矢川先生から研究指導を受けた最初の学生の一人でした。この矢川先生との出会いがその後の研究の方向性を決めました。なお、矢川先生はその後、計算力学の分野で、「大規模・高精度計算科学に関する研究」 というご業績で2009 年に学士院賞を受賞されています。私自身は、有限要素法による非線形解析、特にクリープ変形を伴う座屈現象の研究で工学博士の学位を取得しました。矢川先生から指導を受けた当初は私を含めて3名の学生しかおらず、非常に密度の高い指導を受けたように思います。

大学院修了後、1977年~ 1983年までの6年間、 日本原子力研究所の構造強度研究室(故・宮園昭八郎室長)のもとで軽水炉の安全性の研究に携わりました。1979年に米国スリーマイル島原子炉の炉心 溶融事故が起こったこともあり、同所でも軽水炉の安全性研究が活発に行われた時期でした。研究室では原子炉配管の疲労強度および配管破断事故時の高温高圧水噴出に伴う配管の動的挙動の研究に係わり、前者に関連して三次元破壊力学解析、後者に関連して高温高圧水噴出に伴う流体噴出力を熱流体解析コードから推算するともに、配管の動的挙動の有限要素解析も行いました。

その後、1983年に九州大学工学部化学機械工学科に移りました。化学機械工学科は他大学では化学工学科と呼ばれる場合が多く、メインの学会としては化学工学会がありますが、そこでは固体力学を研究対象とすることはほとんどなく、研究発表等の学会活動は機械学会の計算力学部門と材料力学部門で行いました。九州大学に移ってからは、原子力関連の研究から離れ、当時大学院生であった現・佐賀大学教授の萩原世也氏と分岐座屈モードを考慮したク リープ座屈解析を、また、現・鹿児島大学教授(2012 年9月まで京都大学准教授)の池田徹氏と異種材界面き裂の応力拡大係数解析を行いました。さらに、 後者の研究の応用として、電子デバイス実装強度信 頼性評価に取り組みました。また、当時、熱流体解析が中心であった電子/光学デバイス用単結晶育成プロセス関連解析において、その品質、生産性の観点からは固体力学、材料強度に関連した研究が重要であるという認識に立ち、結晶異方性を考慮した熱応力解析、転位密度を含んだクリープ構成式を用いた結晶育成過程の転位密度の定量的評価、単結晶の熱応力起因割れ等の解析評価に関する研究を展開し、この分野における世界の研究をリードしました。 この研究においては、当時東北大学金属材料研究所で各種単結晶の育成研究を行っていた福田承生教授から大きな示唆を受けました。

機械工学とは異なり、化学工学の学生の教育においては材料力学の教育は充分行われていませんでした。そのため、計算固体力学/材料力学分野の研究に対応できない大学院生に対しては複合材料の固体粒子衝突エロージョンに関する研究を行ってもらいました。これは複合材料中の強化材の形態、マト リックス材と強化材との界面強度等の特性がエロー ジョンに及ぼす影響を実験的に明らかにする研究でした。複合材料に関する研究の主流は材料強度に関するものであり、この種の研究はこれまで体系的に行われていませんでした。近年、複合材料が構造材料として多用されるようになり、複合材料の固体粒子衝突エロージョン挙動も重要になるにつれて、本研究の被引用数も増加しています。

九州大学に21年間在籍した後、2004年に池田助教授とともに研究室を京都大学の機械系に移すことになりました。京都大学において大きく進展した研究は、以下の4つです。⑴異方性異種材界面破壊力学、⑵電子デバイスの電気的信頼性評価に関する研究、⑶デジタル画像相関法による微小領域のひずみ計測、⑷水素脆化現象の原子シミュレーションによる検討。⑴については池田准教授が中心になり、応用数学と固体力学の素養に富んだ永井政貴氏(現・ 電力中央研究所)他の大学院生の努力により大きく研究が進展し、異方性異種材界面き裂だけでなく、異方性異種材角部の二次元及び三次元の応力拡大係数解析が、機械的負荷だけでなく熱負荷に対して解析できるようになりました。また、通常の弾性体だけでなく圧電材料についても取り扱うことができるようになりました。⑵については社会人として博士課程に在籍した福岡県工業技術センター機械電子研究所の小金丸正明氏が行った研究であり、応力負荷に伴う電子デバイスの電気特性変動に関する実験を行い、このような電気特性変動を表す物理モデルをデバイスシミュレーターに組み込み、定量的評価を可能にしました。⑶に関する基礎的な研究は博士課程の学生であった宍戸信之氏(現・名古屋工業大学 特任助教)が行い、光学顕微鏡、走査型共焦点レー ザ顕微鏡を用い測定システムを開発し、これらを用いて電子デバイスの微小領域のひずみ測定に適用し、50μm 程度のバンプ内のひずみ分布の計測に成功しています。⑷の研究に関連して、九州大学/産総研のプロジェクト研究「水素先端科学基礎研究事業」に2006 年度~ 2010 年度までの5年間にわたって参加し、水素脆化の素過程として重要な水素原子と転位等の欠陥の相互作用の原子シミュレーションを担当しました。この研究を主体的に担ったのは京都大学の私の研究室に所属する松本龍介助教および武富紳也特定助教(現・佐賀大学准教授)でした。 彼らの努力により大きな成果をあげることができたとともに、この研究テーマで、武富特定助教は日本機械学会奨励賞を2011年に、また松本助教は2012年に日本材料学会学術奨励賞を受賞し、若手の人材育成に大きな寄与をすることができました。

このように、これまでの41年間の研究を振り返ると、何か一つの課題を追求してきたというよりは、 その時々の制約条件(所属した機関、学科等)下で、 計算固体力学、材料力学という分野に立脚して研究テーマを見いだし、研究を進めてきように思えます。上記に示したような研究業績をあげることができたのは、ここで名前をあげることができなかった多く の日本原子力研究所の研究者の方々、九州大学、京都大学の大学院生の方々のお陰でもあります。記して感謝の意を表したいと思います。また、京都大学の機械系に移ってからは、九州大学在籍時のように自身の研究分野と学科/専攻の建前とのミスマッチに苦しむこともなく、研究室のスタッフおよび優秀な大学院生と9年間の本当に楽しい研究生活を送ることができました。京都大学工学研究科の今後の一層の発展を祈念して筆を置くことにします。

(名誉教授 元機械理工学専攻)